政治家たるものどんなことがあったって泣いちゃおしまいだ。

2000年の加藤(紘一)の乱の時、国会に向かおうとする加藤を泣いて止めた谷垣禎一、あれですっかり株を落とした。谷垣が自民党総裁になりながら、総理の座に届かなかったのも、あの時、流した涙のせいかもしれない。

5月19日、国民に向けて談話を発表した朴槿恵大統領、友人を助けるため海に飛び込んで亡くなった生徒のことに話が及んだ時、涙で頬を濡らしているところをTVカメラに撮られてしまった。

韓国内では「涙を政治的に利用した」と批判する向きもあるそうだが。

朴槿恵大統領、涙を流す前にやるべきことは父の著作、朴正煕選集(日本語訳は鹿島研究所出版から刊行)を読み直すことだ(まさか一度も読んでいないわけはないだろう)。

とくにその第1巻。韓国と韓民族の進むべき道を読むことをすすめる。第2章「わが民族の過去を反省する」の章。

たとえばこんなことが書いてある。

事大主義。

「事大主義が儒教の慕中思想を知識人の中に深く食い込ませ、すべての社会制度、生活様式までそのまま真似る『模倣文化』が形成された。したがって価値判断の規準が自己の判断力とか自民族の文化にあるのではなく、『中国でどうしているか?』に照応して受動的に決定してしまい――」

開拓精神の欠如。

「逞しく立ち向かっていこうとする西欧的な悲劇意識が韓国にはなく、軟弱な涙と安っぽい同情があるだけで……力強い人生の勇気や逞しい開拓精神を生み出すことはできない」

名誉観念の欠如。

「わが民象には名誉観念が薄弱であり、したがって責任観念が希薄である」

「嘘をいい、他人を偽り、人の金を搾取するのはすべて名誉感の欠如と関係が深い。したがって法律上の『名誉毀損罪』というのは、西欧人の生活意識の産物であって、われわれには実感が出ないのである」

で、人間改造の民族的課題として、朴正煕氏はこう書いている。

「他人がどうなろうと、民族と国家が亡びようとそれはどうでもいいことになり、自分自身だけいい暮らしができて、自分の家族だけがぜいたくができて、自派のみが有利であろうと構わないということになり、それがいつの間にか普遍化して、またそれが当然のようになってしまうのである。

兵役忌避者は利巧であり、それのできないものは馬鹿扱いされてきた。収賄をしない公務員は公務員の異端者として冷く見られた。情実人事、猟官運動、貪官汚吏、不正蓄財が当然と見られ、そうしたことのできない人間は冷遇を受けてきた。(中略)

かかる非正常的な社会を矯正して、新しい正常的な社会を作らなければならない。社会正常を回復し、正統をわきまえる社会を建設しなければならないのである。今日われわれは社会のすみずみにまで満ちている過去の不正と不法を果敢にえぐり出す大手術を加えなければならない」

朴正煕元大統領がこう書いてから既に40年以上の歳月が経っている。

なのに今回のセウォル号沈没事故を見ても韓国社会はいっこうに変わっていない。

朴槿恵大統領が今やるべきことは慰安婦問題、徴用工問題、歴史認識などで日本に無法な言いがかりをつけることではあるまい。

まず、韓国の国内改革。韓国国民人間改造だ。

そのためにも朴正煕選集を読み直せ。