ホモセクハラ

『週刊文春』(5月8・15日GW特大号)が歌手氷川きよしのマネージャーの内部告発をスクープした。題して「氷川きよしの『ホモセクハラ』『暴力』『創価学会強要』地獄」。

氷川きよしがどんな性癖をもとうが、自由である。世の中、女性が好きな男もいるし、男を好きな男もいる。犯罪にでもかかわらない限り、咎められるいわれはない。

言いたいのはそんなことじゃない。

自慢じゃないが、この「ホモセクハラ」という言葉、ぼくの造語なのだ。

『週刊文春』の編集長をしていた一九九三年、角川書店、角川春樹社長の息子太郎が、社内で新入社員の若い男の子に言い寄り、セクハラまがいの行為があった。当のその若い男性社員からの内部告発。

言うことをきかなかったその部下の青年を太郎は左遷したという。

で、特集記事にしたのだが、セクハラと言えば当時は男性が女性に対してというのがふつうの認識だった。

「男が男に対してねぇ。これを何と言うべきか」

で、思いついたのが「ホモセクハラ」。その後すっかり定着して今や、略して「ホモハラ」と言われたりする。

余談だが、この時、角川書店は東京地裁に『週刊文春』当該号の販売差し止めを請求した。

販売差し止め請求は普通、雑誌が発売になってから出される。

週刊誌は発売一、二日で大方は売れてしまうから、請求しても「実効性がない」ということでたいてい却下される。

ところが、角川書店もさるもの、この時は販売前に請求を出してきた。万一認められればその号が販売出来なくなる。広告を頂いているスポンサーにも言い訳ができない。返金どころか罰金まで取られかねない。文藝春秋にとっては大変な痛手だ。

文藝春秋では深夜に担当役員などが集って鳩首協議して対抗策を練った。

差し止めの請求がされた場合、地裁に双方が呼び出され、裁判官によって「審尋」、つまり事情聴取が行われ、結論が出される。

結局、この時も、「実効性がない」ということで角川書店の差し止め請求は認められず、事無きを得たが、編集長としてはヒヤ汗ものだった。

ホモセクハラ男・角川太郎、その後、消息を聞かないがどうしていることやら。

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