11月25日(土)、26日(日)に、技能五輪全国大会が栃木県で開催されます。

技能五輪は概ね23歳以下の若手技能者が技能を競う大会です。所属する企業や学校で厳しい訓練を重ね、本番に臨みますが、訓練と本番の環境が違うことや、大きな期待をかけられ失敗が許されないというプレッシャーなどから、必ずしも全ての選手が実力を発揮できるわけではありません。今回の記事では、その理由として感情の役割に注目し、実力を発揮する選手と残念ながらそうならない選手の違いをみていきます。

開始前や作業中、選手には様々な感情が生まれます。

例えば、開始前は、自分が訓練したことを発揮できるか、大きな失敗をしないかなどに不安を感じるものです。また、作業中は、作業時間が予定よりも遅れていたり、作業ミスが起こったりすると、不安になったりイライラしたりします。

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こうした感情が持続したり、増加したりすると、作業の仕方に影響します。不安を感じながら行動する時、トンネル・ビジョン(認知的視野狭窄)と呼ばれる状態になることが知られています。こうなると人は状況を冷静に捉えにくくなり、安易な選択をしやすくなるため、より大きな失敗をまねくこともあります。例えば、時間に遅れていることがわかり、「終わらないのでは?」と不安になると、不安を解消したくて必要以上に速く作業し、結果的に必要な作業を忘れたり間違えるといった新たなミスが増えてしまいます。

このように本番の作業にネガティブ感情は付きものであり、しかも作業の仕方に影響するので、選手は感情を制御する技能を身につける必要があります。

上位を争う熟達選手の多くは、こうした技能を訓練の中で獲得していきます。例えば、一般的なリラックス方法として知られる深呼吸を、上記のようなネガティブ感情が生じた場面で、自動的にスイッチが入るよう訓練する選手もいます。また、自分の感情を言葉で効果的にコントロールする技能を身につけ、訓練を通してネガティブ感情を抑えたり、切り替えたりする精度を高める選手もいます。

こうした技能は、ストレス対処の分野ではコーピングと呼ばれます。

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実力を発揮する熟達選手は、上記の点を訓練で意識的に取り組みます。こうした意図的努力の反復により、行動とその行動を始発すべき状況は一連の流れとして記憶され、無意識で自動的に発揮されるようになります。その結果、状況に適したコーピングを、あまり意識することなく実行できるようになるのです。

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例えば、急がなければいけないが同時に丁寧な作業が必要な時に、無意識で深くゆっくりした呼吸を繰り返しています。これらは心拍計の測定結果や口元の動きで観察されますが、こうした観察を選手本人にフィードバックしても、選手本人は、気づいていなかったりします。

一方、実力を発揮しにくい非熟達選手は、本番で起こる感情変化を過小評価していたり、普段の訓練では十分に感情をコントロールできていたりすることが理由で、上記のような水準のコーピングを訓練していません。いざ本番で感情が大きく変動し、「なんとかしなければ」と思っても、効果的な対処方法をその場で思いつくことは難しく、実力を発揮できない要因となります。

ここまで紹介したコーピングは、「感情を抑える」ことを目的に実行されますが、「感情を情報として利用する」目的で実行されるコーピングもあります。

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例えば、一般的に不安は、その先に良くないことが起こる可能性を知らせるサインと言われます。サインは、不安の回避や解決のために対策するきっかけとなりますが、同時に焦りなども生まれ、その焦りが作業ミスにつながることもあります。したがって、不安は感じないほうが望ましいと思われることがあります。

ところが、熟達選手の中に、不安などのネガティブ感情も「意味のある情報」として利用する選手がいます。

例えば、金メダルを獲得したある選手は、作業ペースを維持するために、不安を利用していたそうです。

作業が順調な場合、「このままで大丈夫」と思うものです。しかし、実は少しずつ遅れていたり、後で予期せぬミスが起こり、その修正に時間を要することがあります。また、人間には将来必要となる時間を過小評価する傾向があると言われており、今「時間が足りる」と思っても、後になって実は足りないことがわかるケースがあります。競技の終盤でこれらに気づくと、不安が高まり、さらにミスを重ねる要因となります。

熟達選手は、このような時間感覚の特性を理解していて、進捗が順調だと判断したとき、「でもこうなったらまずいかも」と能動的に不安を生み出すことで、気づかないレベルの油断などを排除して、作業のペースを維持していきます。

加えて、作業ミスや遅れで不安を感じても、「急いだ方がいいというサインが出た」などのように、不安の情報としての側面に注目し、「その上でどのくらい急げばよいか?」といった合理的な判断につなげていきます。

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感情のような目に見えないものは、自ら能動的に「情報化」しなければ、コントロールすることが難しいという側面があります。技能五輪選手は見えないものを情報化し、そうした情報を最大限に利用することで、プレッシャーのかかる本番でも、実力を最大限に発揮することができるのです。