「緊張感が足りないんじゃないのか」

大事な場面で目の前のことに集中していなかったり、失敗が増えたりする人を見ると、こんなふうに思うことがあります。そんなとき、叱ったりしてもっと緊張感を持たせた方がいいこともあるでしょう。緊張感は集中力を高め、作業の効率の向上などに役立つ面があるからです(ここでは緊張感の意味するものについては詳しく取り扱いません)。

しかし、緊張感がありすぎることで、むしろ集中力が低下し、作業効率が落ちることもあります。

ある看護師さんがしてくれた注射についてのお話です。決して太くない血管に極細な注射針を差し込むという、高精度な作業を求められます。看護師さんによれば、経験の浅い人ほど「失敗をしてはいけない」と考え緊張感が高まります。しかしそのことによって体に必要以上の力が入り、指先が震え、針先は右へ左へと細かく震えてしまいます。「ちゃんとしなきゃ」「血管が見えない」「待たせちゃう」「失敗したら申し訳ない」などの考えで、頭のメモリ(ワーキングメモリ)はいっぱいです。

ある程度の緊張感は作業効率を高めますが、ある程度を超えると作業効率は横ばいになります。そして緊張感が強すぎると今度は逆に作業効率が下がると言われています。その様がUをひっくり返したようにみえることから、逆U字モデルとよばれます(あるいはヤーキス・ドットソンの法則と呼ばれます)。

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大事な場面で目の前のことに集中していなかったり、失敗が増えたりする人は、緊張感が足りないのではなく、むしろ緊張感が高すぎるのかもしれません。頭のメモリが圧迫され、普段できることもできなくなるからです。もしそうなら、緊張感を持たせるやり方は、残念ながらが期待とは逆の結果につながってしまいます。

かといって、「緊張するな」と口で言ってもなかなか難しいものです。

先ほどの注射の話を聞かせてくれた看護師さんは、新人のころ先輩からこう言われたそうです。

「うまく注射できている場面をイメージしながらやりなさい」。

この言葉を実践するうちに、緊張しながらも自信を持って注射できるようになっていったそうです。動作イメージの研究によれば、「こうできている」というイメージが明確なほど、正確な動きにつながります。「できている」イメージが安心感も生み、緊張感を程よいレベルにとどめると考えられます。

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経験の浅いうちは、どのくらい緊張感を持てばいいかわからないものです。「もっと緊張感を!」とひたすら自分を追い込み、結果として自分の力を半分も出せない、ということもあります。経験を重ねた熟練者は、そんなときどのくらいの緊張感が程よいのか、伝えてあげることができる立場にあります。

見た目では緊張感が足りないのか強すぎるのか分かりにくいものです。緊張感が本当に足りないのであれば、緊張感を強めるやり方が重要でしょう。しかしもし緊張感が強すぎるのであれば、それを安心させてあげるやり方が重要でしょう。成功している場面の具体的イメージを共有するなど、緊張感と有効に付き合う方法を学んでいけるといいですね。