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失敗に価値をみつけるこころの仕組み

羽田野健技能習得コンサルタント/臨床心理士/公認心理師/合同会社ネス

「本気の失敗には価値がある」

マンガ『宇宙兄弟』の主人公、ムッタのセリフです。失敗にとても前向きな態度があらわれていて、好きなセリフのひとつです。誰もが失敗を経験するものですが、ムッタのように「本気の失敗には価値がある」と思う人もいれば、「失敗したら全て無駄」と思う人もいます。なにがこの2つを分けるのでしょうか。

マインドセットで違いがうまれる

「本気の失敗には価値がある」と思えるのはどんな人でしょう。スタンフォード大学の心理学者キャロル・ドゥエックによれば、「努力すれば能力は伸びる」と考える人ほど、失敗に前向きなようです。ドゥエックは、こういう考え方を成長マインドセットと呼んでいます。努力に失敗はつきものです。成長マインドセットを持つ人は、そうした失敗を「新しいことを知る機会」と考えます。そして失敗の中に成長のヒントを探します。たとえば全力で走って転んだとすると、「こうやって走ると転ぶんだとわかった。次は違う走り方をしよう」と考えるわけです。成長マインドセットを持つ人にとって、失敗は「良くなるためのヒント」をくれる、価値のある経験なのです(マインドセットとは考え方のようなものです。ドゥエックの研究についてのわかりやすい説明はこちら)。

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一方、「失敗したら全て無駄」と思うのはどんな人でしょう。成長マインドセットと反対に、「能力は生まれながらのもので変わらない」と考える人ほど、努力や失敗を避けるそうです。こういった考え方を、ドゥエックは固定マインドセットと呼んでいます。成長マインドセットが「失敗は成長のヒント」と考えるのに対して、固定マインドセットの人は「失敗=自分に能力がないことの証明」と考えます。先ほどの走る例でいえば、「転ぶなんて、自分はどれだけ運動ができないんだ。ダメで能無しだ」と受けとります。固定マインドセットを持つ人にとって失敗は脅威です。自分の価値を傷つける経験であり、そうした経験を避けられなかった努力を無駄なものと感じるのでしょう。

では、どうすれば失敗の中に価値をみつけられるようになるのか。ドゥエックの研究をみると、中学生対象のケースですが、「脳科学的に、失敗しても努力すれば能力は変わります」という説明を受けた生徒は、努力の仕方が変わっていくそうです。

失敗に価値をみつけるサポートも

「能力は変わる。失敗を通して成長する」と知ることに加えて、「安心して失敗を支えてくれる人や環境」も大事ではないでしょうか。『宇宙兄弟』にはシャロンという人物が登場します。シャロンは迷ったり悩んだりするムッタにさまざまな助言をし、勇気づけてくれる存在です。おそらく失敗したムッタをシャロンが励まし、勇気づけたことが何度もあったのだろうと想像します。本気で失敗するには、シャロンのように失敗しても変わらない信頼を示し(想像ですが)、失敗の価値を見つける手伝いをしてくれる誰かも必要なのかもしれません。実際、筑波大学の櫻井茂男は著書で、「安心して学べる人や環境の存在が、自ら学ぶ意欲を高めるのに必要」と指摘しています。また、失敗を怖がらずに安心してアイディアが出せるよう配慮した取り組みをしている企業もあります(例えばピクサー社のプラシング活動)。もちろん厳しい環境もときには必要でしょうが、「本気で失敗しても大丈夫」と安心できる環境は、失敗への前向きさに必要なものだと感じます。

「あなたが本気でする失敗には価値があるよ」。失敗に価値をみつけられる人は、そう考えてくれる人が周りにいる中で、いつも本気で失敗していたら疲れてしまうかもしれないのでときには失敗を避けながら、失敗を「新しい発見のチャンス」と考え、自分の力を伸ばしていくのでしょう。

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参考にした主な文献

・宇宙兄弟-11巻 小山宙哉著 講談社

・「やればできる!」の研究−能力を開花させるマインドセットの力 キャロル・S・ドゥエック著 草思社

・自己調整学習:理論と実践の新たな展開へ 自己調整学習研究会編 北大路書房

・自ら学ぶ意欲の心理学 櫻井茂男著 有斐閣

技能習得コンサルタント/臨床心理士/公認心理師/合同会社ネス

技能の習得・継承を支援しています。記憶の働き、特にワーキングメモリと認知負荷に注目して、技能の習得を目指す人が、常に最適な訓練負荷の中で上達を目指せるよう、社内環境作りを支援しています。主なフィールドは、技能五輪、職業技能訓練、若者の就労、社会人の適応スキルです。

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