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UEFAを辞めた理由と、エクストリームスポーツへの情熱をお金に変える方法(インタビューPart2)

後藤陽一株式会社Pioneerwork 代表取締役
©Mikio Hasui/KLEE INC.

Nicolas Hale-Woods

プロフィール

エクストリームスキーやビッグマウンテンスキー、フリーライドスキーとも呼ばれる、ありのままの自然を滑るスタイルのスキーとスノーボードの世界選手権「Freeride World Tour」を20年前にスイスの山岳リゾートVerbier(ヴェルビエ)で始め、世界3500人が参加し、100大会以上の予選が行われる大会に育てた。現在その運営会社であり、競技連盟の機能も持つFWT Management S.A.(本社・スイス)のCEOを務める。

ここ数年よく耳にする「バックカントリー」とは、リフトの無い、自然のままの雪山や、そこを歩いてスキーやスノーボードをすることである。もともとは山岳スキーという一部の人だけが楽しむアクティビティだったが、ここ数年国内外で人口が急増し2015年の始めくらいから、「コース外滑走」などとも言われ、遭難事故が頻繁にニュースで取り上げられるようになり、一般の人にもよく知られる言葉になった。

インタビューPart1に引き続き、バックカントリースキーとスノーボードの世界選手権「Freeride World Tour」(以下FWT)の創始者、Nicolas Hale-Woodsへのインタビューを掲載する。

彼は、ヨーロッパでは「フリーライド」とも呼ばれるバックカントリーの安全な楽しみ方や「アバランチギア」という遭難救助用具の使い方をジュニア選手の育成や動画のコンテンツを通じて世界中に広めている。

2016年1月に視察のために長野県白馬村を訪れた彼に、バックカントリー・フリーライドの楽しさについて、また、過去にはUEFA(欧州サッカー連盟)などでサッカービジネスの中心にいたこともある彼に、「エクストリームスポーツ」とも呼ばれるスポーツの世界から見た、現代のスポーツビジネスについて、意見を聞いてみた。

白馬にて ©Mikio Hasui/KLEE INC.
白馬にて ©Mikio Hasui/KLEE INC.

後藤:FWTの原型となった「Xtreme Verbier」というイベントを立ち上げた後、一度UEFA(欧州サッカー連盟)で働いていた期間があると聞きました。

Nicolas:そうですね。前回お話ししたVerbierのイベント「Xtreme Verbier」はそれだけで生活出来るだけの収入にはならなかったので、一緒にやっていた仲間はインターネットの会社を起業して、私はUEFAで働くことにしました。UEFAで1年働き、そのあと電通とアディダスの創業者が共同で設立した、スイスのISLというスポーツマーケティングの会社で働きました。FIFAワールドカップやUEFAの大会のマーケティングを担当して、2002年の日韓ワールドカップの際には韓国でスポンサーワークをやっていたんですよ。

実はその間も、Verbierのイベントのために人を一人雇ってそちらも続けていました。ただ、サッカービジネスを3年間やってみて、もう一度自分が本当にやりたいことをやろうと思い、32歳の時にISLを辞めてエクストリームスキーのイベントに集中することにしたんです。

後藤:何故サッカービジネスのようにスポーツの世界では誰もが憧れる仕事を辞めて、まだマイナーなフリーライドの大会の運営を仕事にしようと思ったんですか?

Nicolas:一番の理由は、自分でビジネスをするという自由を手に入れたかったということですね。

ISLはもう倒産してしまいましたが、当時は世界最大のスポーツマーケティングの会社でした。私はマーケティングマネージャーとして責任ある仕事を任されていましたし、スポーツの仕事で世界中を飛び回るのはとても楽しかったです。ただ、私の目にはサッカービジネスの世界や、ISLという会社はあまりにも巨大で、政治的側面が強い場所でした。私は政治は得意じゃありません。1日の半分を、昇進のためのロビーイングに使うのはバカバカしいと思ったし、そうやって人にポジションを用意してもらうんじゃなくて、自分で仕事や立場を切り開いていきたいと思っていました。

もう一つの理由は、「Xtreme Verbier」にとても可能性を感じていたことです。なので、片手間で続けることで後悔したくなかった。やるなら今しかないと思ったんです。

再開時のチームはたった2人でしたが、再びエクストリームスキーの事業を始めて、まずXtreme Verbierの予選をオーストリア、フランスとスイスの別のリゾートで開催しました。夏にはアウトドアゲームスという、カヤックなど複数のエクストリームスポーツのイベントをやる別の企画を実施したり、アクションスポーツの映像コンテストをやったりもしました。

2005年に日産がスポンサーについて、「Nissan Xtreme Verbier」になったのが大きな転機です。2007年、彼らにNissan Xtreme Verbierを世界ツアーにしようという提案をしたところ、やろうと言ってくれました。2008年からはVerbierで行われていた単独のイベントからMammoth Mountain(アメリカ)、Sochi(ロシア)、Tignes(フランス)、そしてVerbier(スイス)の4大会を一つのシリーズにした「ワールドツアー」になったのです。予選の数もかなり増えてきて、徐々に「イベント」ではなく、ランキングのピラミッドを備えた「世界選手権」になっていきました。

それから地元のリゾート・企業スポンサー・マーチャンダイジング・放映権からの4つ収益をベースにした今のビジネスモデルが出来上がってきて、社員も22人まで増えました。2015年が私がVerbierで大会を始めてからちょうど20周年でしたが、今の課題はよりビジネス面を強化していくことです。私がCEOを務めるFWTの運営会社FWT Management S.A.は、現状はパートナーからの協賛金でイベントを実施する「イベント会社」になっていますが、今後は選手から取れるデータの活用や、FWTのコンテンツ制作ノウハウの横展開で、新しいビジネスにチャレンジしていきたいですね。私も来年からはオペレーションを離れて、ビジネスデベロップメントに集中しようと考えています。

Xtreme Verbier 2014 選手スタートゲート
Xtreme Verbier 2014 選手スタートゲート

でも、今もこれからも全てのベースにあるのは、私を含めこのスポーツの全てに関わる人達の情熱です。22人の社員と、イベント時にスタッフとしてチームに加わってくれる100人以上の人達、そして選手のこのスポーツに対する情熱が、FWTをとてもユニークで魅力的なコンテンツにしている根源だと思っています。

スタッフと選手は一つのチームとして冬のシーズンの間じゅうヨーロッパ各国からアラスカまで飛び回り、最高にエキサイティングなコンテンツをファンに届けます。もちろん選手はチャンピオンになるために来ていますが、みんなFWTのチームで旅することを楽しみにしているんです。チーム全員がエキサイティングな気持ちでこのイベントに参加しているというのが、私たちが「パートナー」と呼んでいるスポンサー企業が長期的にサポートしてくれている大きな理由だと思っています。

後藤:選手・スタッフの情熱がコンテンツに注ぎ込まれているんですね。

Nicolas:それからファンですね。FWTのファンのコミュニティはFWTチームの一員です。9月になると一緒に初雪が降るのを喜び、FWTのシーズンが始まると一緒にライダーが山を滑るスピードに興奮してくれます。

AudiやSWATCHその他のFWTのスポンサーが長くサポートをしてくれているのは、このFWTのコミュニティの価値を理解してくれているからだと思っています。

Xtreme Verbier 2014 女子スノーボード表彰式
Xtreme Verbier 2014 女子スノーボード表彰式

後藤:「Passion=情熱」を強調していましたが、あなたが3歳のときからずっと関わって、FWTのスタッフ全員が強い情熱を向ける、フリーライドスキー・スノーボードの魅力は何なのでしょうか。

Nicolas:このスポーツが私たちのチームをこれだけ惹きつける、つまり全員に「Passion=情熱」を持たせるのにはいくつか理由があると思っています。

一つは、「Freedom=自由」。山は無限に広がっていて、雪も毎日変化して、同じ日は一日もありません。スキーヤー、スノーボーダーは、どの山に、誰と行くのか、どこを滑るのか、どういうラインを描くのか、山から降りてきて何を食べるのか、全てが自由です。非常にクリエーティブなスポーツであること、これがフリーライドの大きな魅力の一つなのは間違いありません。

もう一つは「Nature=自然」です。言うまでもありませんが、自然は美しく、自然の中にいることはとても健康的です。山で見る夜明けや夕暮れの景色は常に特別な瞬間です。

当然「Athletic=運動」の要素も忘れてはいけません。歩いて人のいない自然の中に行く体験や、スキーで斜面を下る体験は友人や家族とのコミュニケーションを生む格好の話題になります。

「Opportunity=機会」。例えばサッカーは既にスポーツとして完成されていて、あなたがいくらサッカーが好きで、コーチやクラブのオーナーになっても、自分の力でサッカー界そのものを変えていくことは難しいかもしれません。しかし、フリーライドの世界では、スポーツそのものの発展に大きく寄与する機会があります。これはFWTチームのモチベーションに繋がっています。

最後が「Travel=旅」です。アラスカから白馬まで、世界中を旅しながら、ソチの市長、チリの山岳ガイド、アウトドアブランドの社長、選手、メディアまで、色々な人に会うのは貴重な経験です。

もちろん楽しいことばかりではないです。スポンサーの契約更新は毎回頭が痛いですし、雪が少ない年は大会直前まで中止・延期・会場の変更などあらゆる可能性を検討しないといけません。個人的には、フリーライドの大会運営・コンテンツ制作はサッカーワールドカップの決勝より難しいと思います。サッカーなら、夜9時に試合開始して、10時45分に終了。スタジアムは天気も関係ないですからね。3000m以上の氷点下の雪山に、選手と撮影機材とスタッフを安全に運ぶのは本当に大変です。天気や気温、積雪など私たちにコントロール出来ない要素が全て咬み合わないと良いイベントにはならないし、小さくてもイベントを台無しにしかねない要素がほんとうにたくさんあります。そのぶん、うまくいった時の喜びも大きいですが。

2015年 Haines(アラスカ)大会スタートゲート
2015年 Haines(アラスカ)大会スタートゲート

後藤:なるほど。ただ、いくら情熱に溢れているアスリートとスタッフが良いコンテンツを作っても、それをお金に変えて収益を上げていくことが、スポーツとしての発展には不可欠だと思いますが。

Nicolas:そうですね。私は、企業にコンテンツを買ってもらうには、2つの指標を使い分けることが必要だと考えています。一つは定量的なもの。メディアの放送量やブランドロゴの露出量といった無機質な指標です。

そしてもう一つがそのFWTのコミュニティのもつ熱量です。近年SNSでファンとのコミュニティが可視化出来るようになったことで、この熱量もクライアントに見せることが出来るようになりました。例えば私たちのパートナーのAudiは既に世界で誰もが知っているブランドです。彼らが求めているのはブランド認知の拡大ではなく、「ライフスタイル」や「クール」といった彼らのブランドイメージを体現しているコミュニティとの強いパートナーシップなのです。FWTの映像や写真のコンテンツはそういった価値観を、伝統的なスポーツとは違う、圧倒的にエキサイティングで新しく、エッジの効いたやり方で表現している。それが彼らがパートナーとなってくれた大きな理由だと私は思っています。

いま世の中で「マーケティング」と言われているものには嘘が多すぎる気がします。広告代理店やPRエージェンシーは大都会の大きなビルのオフィスでマーケティングのコンセプトを作っていますよね。デジタルの時代になって情報が溢れ、消費者はそうやって作られた嘘を見分けることが出来るようになってきているのではないでしょうか。

もちろん自分の作ってきたものだけが優れていると言うつもりはありませんが、FWTは選手・スタッフの情熱がコンテンツに注ぎ込まれている紛れも無い「Real=本物」だと思っています。

(Part3「エクストリームスポーツに光を当てた、デジタルメディアの進化」に続く)

株式会社Pioneerwork 代表取締役

電通を経て、フリーライドスキー/スノーボードの国際競技連盟Freeride World Tour(FWT)日本支部マネージングディレクター、2019年11月に株式会社Pioneerwork創業。日本が誇るアウトドアスポーツカルチャーとそのフィールドの価値を爆上げすることをミッションにしています。ヤフーニュース個人では山岳スポーツ・アクションスポーツ・エクストリームスポーツをカバーします。

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