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問われる「甘利幹事長」の説明責任、なぜ「特捜OB弁護士名」を明らかにしないのか

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

自民党総裁選挙で、河野太郎氏らを破って当選し、総裁に就任した岸田文雄氏が、幹事長に選んだのは、甘利明氏だった。

「生まれ変わった自民党を、国民に示す」と宣言した岸田氏が、カネと人事を握る党の要の幹事長に、「政治とカネ」問題、あっせん利得の嫌疑を受けて、説明責任を果たしていないと批判されている甘利氏を就任させたことが、大きな波紋を呼んでいる。

これに対して野党側は強く反発し、野党3党の合同調査チームを来週設置する方針を明らかにしている。近く開かれる臨時国会でも、甘利氏の参考人招致や政治倫理審査会開催などを求めていくとのことだ。

私は、2016年1月21日発売の週刊文春が、当時、経済財政担当大臣だった甘利氏のUR都市機構の土地売却への「口利き」をめぐる金銭授受疑惑を最初に報じた際、同誌の取材に、「あっせん利得罪が成立する可能性がある」とコメントし、記事で事案の詳細を確認した時点で、「絵に描いたようなあっせん利得」と表現した(【甘利大臣、「絵に描いたようなあっせん利得」をどう説明するのか】)。

 「あっせん利得罪」というのは、政治とカネ問題を報じる週刊誌が飛びつきやすい罪名であり、その犯罪の成否についてコメントを求められたことは多数あるが、構成要件に絞りがかけられており、刑事事立件のハードルはかなり高い。殆どの件では、私は消極コメントをし、記事にならなかったか、記事に別の識者コメントが掲載されている。あっせん利得罪について私が「成立の可能性」をコメントしたのは、この甘利氏の件の一回だけだ。

2016年2月24日、衆議院予算委員会の中央公聴会で公述人として、「独立行政法人のコンプライアンス」を中心に意見を述べた際にも、甘利氏の事件に言及し、「この問題が、大臣辞任ということだけで、何ら真相解明が行われず、うやむやにされるとするとすれば、国会議員の政治活動に関する倫理感の弛緩を招くことになりかねない。」と述べた(【独法URのコンプライアンスの視点から見た甘利問題】)。

その後も、甘利氏の問題について動きがある度にブログ等で取り上げ、刑事事件としての立件の可能性について積極的に解説してきた。

今回、甘利氏が自民党の幹事長に就任したことで、5年前の同氏の「政治とカネ」問題が改めて注目されることになった。

この問題が、どのような問題であり、刑事事件がどのような経緯をたどり、「説明責任」への甘利氏の対応にどういう問題があったのかを、改めて解説しておきたいと思う。

報道等で明らかになった事実と甘利氏の大臣辞任、その後の国会欠席

当初、週刊文春で報じられたのは、当時経済再生相だった甘利氏の秘書が、道路用地買収をめぐって独立行政法人都市再生機構(UR)と建設会社(S社)との補償交渉に介入し、秘書が建設会社側から多額の報酬を受け取ったり接待を受けたりしたほか、甘利氏自身も大臣室等で合計100万円の現金を受領したという疑惑だった。

甘利氏は、2016年1月28日に行った記者会見で、大臣室でS社側と面談し、その場で現金50万円、その後地元事務所で50万円を受領し、合計100万円の現金を受領したこと、秘書がS社からURとの補償交渉についての相談や依頼を受け、500万円を受領したことを認めた上、大臣辞任を表明した。

同会見において、甘利氏は、「特捜OBの第三者の弁護士」が秘書や経理担当者などの関係者から直接聴取し、関連資料等を確認した結果というものにもとづいて、URへの「口利き」や現金授受の疑惑についての説明を行った。

「URへの口利き」も「金額交渉への介入」もないとした上で、秘書が、S社側から政治献金として現金を受領しながら一部を使い込んでしまったり、多数回にわたって現金を受領したり、飲食の接待を受けていたことなどについて、「秘書が疑惑を招いていることについての監督責任をとって辞任する」という説明だった。

甘利氏が、記者会見で最大の拠り所としたのが、この「特捜OBの第三者の弁護士による調査」だったが、その弁護士が、どこの誰なのであるのかは、一切明らかにしなかった。

そして甘利氏は、大臣辞任の記者会見以降、公の場には一切姿を見せず、「睡眠障害で1カ月間の自宅療養が必要」との診断書を提出して、同年6月1日の通常国会閉会まで4ヵ月にわたって国会を欠席し続けた。

「権限に基づく影響力」についての法解釈

この事件については、甘利氏本人や秘書に多額の現金が渡ったこと、少なくとも秘書がUR側と多数回接触していたことは明らかで、甘利氏自身もそれを認めている。そこで、あっせん利得罪成立のポイントとなったのが、「甘利氏にURに対する“国会議員としての権限に基づく影響力”が認められるかどうか」だった。

この点について、私は、当初から、国会議員の「権限」とは、議院における議案発議権・評決権・委員会における質疑権等であり、国会議員の「権限に基づく影響力」とは、権限に直接又は間接に由来する影響力、すなわち職務権限から生ずる影響力のみならず、法令に基づく職務権限の遂行に当たって当然に随伴する事実上の職務行為から生ずる影響力をも含み、「他の国会議員への働きかけ」も、国会議員としての職務権限に密接に関連するもので、そのような行為を行い得ることによる影響力も、「権限に基づく影響力」に含まれるとの解釈を繰り返し強調してきた。

このような解釈は、立法当時の国会答弁や立法者の解説書などでも示されているものであり、否定される余地はないものだ。事件当時、有力閣僚の地位にあった甘利氏の場合、与党内でのURに関する議論にも大きな影響力を及ぼし得る有力議員であり、「権限に基づく影響力」を及ぼし得る立場であった。

ところが、この点に関して、甘利問題が表面化した当初から、この点について異なった解釈を示し、あっせん利得罪の成立に否定的な見方を示していた特捜OBの弁護士がいた。特に、元東京地検特捜部長・名古屋高検検事長の宗像紀夫弁護士は、検察がURに対して強制捜査に入った後も、あっせん利得罪の要件である「権限に基づく影響力の行使」について、全く的外れな解釈を示し、犯罪が成立する余地が乏しいかのようなコメントを行っていた。以下は、4月13日付け日経新聞社会面記事だ。

元東京地検特捜部長の宗像紀夫弁護士によると、同法違反罪の成立には「議員の権限に基づく影響力の行使」が必要という。金銭授受のあった当時、甘利氏は経済財政・再生担当相だった。宗像弁護士は「分かりやすい例は『言うことを聞かないと議会で質問して追及する』といった場合だが、甘利氏は当時閣僚で、議会で質問する立場にはなかった」と指摘。URを所管する国土交通相でもなく、「URとのトラブルに関連して職務上の権限があるとは考えにくい」としている。

当時閣僚で、議会で質問する立場にはなく、URを所管する国土交通相でもなかった甘利氏には、「議員の権限に基づく影響力の行使」が認められる余地がないというのであれば、今回の問題について、あっせん利得罪が成立する余地はないことになる。

「あっせん利得罪」は、刑法の「あっせん収賄」と同様に、公務員が他の公務員(URの役職員は、法律で「みなし公務員」とされている。)に一定の職務行為を行うこと、或いは行わないことを働きかける「あっせん」を行って対価を受け取る行為を処罰の対象としている。

国会議員のような「政治的公務員」の場合、政策実現のための政治活動として、官僚等の公務員に職務行為に関して働きかけを行うこともあり、その対価を「政治献金」として受領する行為を広く処罰の対象にすると、正当な政治活動の委縮を招きかねないとの理由から、あっせんの対象とされる公務員の職務行為は、「あっせん収賄」では「不正行為」に限定され、「あっせん利得処罰法」では「契約」や「行政処分」に関するあっせんに限定された上、「権限に基づく影響力を行使して」あっせんを行った場合に限られている。

そのため、一般的には、国会議員やその秘書に対する適用のハードルはかなり高い。しかし、前記の予算委員会の公述人陳述でも述べたように、「甘利問題」は、狭く設定されたあっせん利得処罰法の処罰対象のストライクゾーンの「ど真ん中」の事案だったのである。

宗像氏の日経新聞記事でのコメントは、全く誤ったものであることは明らかだったが、同氏は、特捜部長経験者の大物検察OBである一方、安倍内閣の「内閣官房参与」という地位にもあった。今回の甘利問題についての発言は、特捜検察OBという立場で言っているのか、それとも、内閣官房参与として、安部内閣の擁護者の立場で言っているのか、という点にも疑問があった。当時、以上の私の見解と疑問を書いたブログ記事が【甘利問題、今なお消極見解を述べる宗像紀夫弁護士・内閣官房参与】だった。

あっせん利得罪の成立の可能性

この問題で、あっせん利得罪の成否が問題となる案件が二つあった。一つは、2013年5月に、S社側の依頼を受けた甘利事務所が介入した後に、同年8月に約2億2000万円の補償金が支払われた案件(A案件)、もう一つは、URの工事によってS社所有の土地のコンクリートに亀裂が入ったことに関して、S社がURに産廃処理費用として数十億円の補償を要求した案件(B案件)であった。

私は、当時、報道されていた事実関係を前提に、「口利き」の対象となったA案件、B案件、それぞれについてあっせん利得罪の成否を論じ、B案件については、刑法のあっせん収賄罪の成立の可能性もあることを指摘した(【甘利問題、検察捜査のポイントと見通し①(あっせん利得処罰法違反)】【甘利問題、「あっせん利得罪」より、むしろ「あっせん収賄罪」に注目 ~検察捜査のポイントと見通し②】)。

URの予算等を承認する直接の所管官庁は国土交通省だが、かつては公団だったURが独立行政法人となった後、その組織の在り方については、完全民営化を含めた様々な議論が行われ、最終的には、都市再生機構法という法律改正の是非という立法問題となった。しかも、URの理事長等は国会の同意人事だ。第一次安倍内閣で行政改革担当大臣を経験している甘利氏は、国会での多数を占める与党内でのURの在り方や人事等に影響力を及ぼし得る有力な国会議員と認識されていたはずだ。それが、UR側から押収した資料や、それに基づくUR側の供述によって裏付けられれば、「国会議員の権限に基づく影響力」があったことの立証が可能となる。

A案件で、それまで進んでいなかった補償交渉が甘利事務所の介入後に一気に進展し、約2億2000万円の補償金が支払われることで決着した事実は、補償金が支払われたA案件についてあっせん利得罪の成否に関する重要事実であるだけでなく、結果的には補償金が支払われなかったB案件についてのあっせん利得罪における「権限に基づく影響力」の有無を判断する上で重要な事実だ。

元行革担当大臣としての甘利氏のURに関連する問題への関与と、与党内での有力国会議員としての地位に加え、甘利事務所介入直後からA案件の補償交渉が進展した経緯は、A・B両案件について、「国会議員の権限に基づく影響力」を認める根拠になり得ると考えられた。

「権限に基づく影響力の行使」の有無

しかし、甘利氏がURに対して、「国会議員の権限に基づく影響力」があり、それがUR側の補償交渉に現実的な影響を及ぼし、甘利氏側がその報酬を受け取ったとしても、それだけで犯罪が成立するわけしない。その「影響力」を、議員やその秘書が「行使」した場合でなければ犯罪とはならない。

URとの補償交渉に介入した甘利氏の元秘書が、甘利氏が、与党の有力政治家であり、URの在り方に関する立法等を通してURに影響を及ぼし得る国会議員であることを、暗にほのめかしたり、それを前提にしていると思われる発言をした、というような事実があれば、「行使した」と認められる余地がある。

しかし、その「行使」の事実は、個人の行為として具体的に特定されなければならない。問題は、その「行使」の場面があったか否かである。

週刊文春の記事によると、S社の総務担当者のI氏が、URとの補償交渉(A案件)について最初に依頼したのが2013年5月9日、対応したのが秘書(当時甘利氏の秘書で地元事務所の所長)、UR側に内容証明を送ることを提案し、甘利氏の別の秘書が、UR本社に赴いて交渉した結果、同年8月に、URから約2億 2000万円の補償金が支払われることになった。I氏は、8月20日、その謝礼として500万円をK秘書に渡したとのことである。

A案件について、甘利事務所側が直接UR側と接触したのは、この秘書がUR本社に行った際の一回だけのようだ。それ以外に、電話などでUR側と話す機会があった可能性もあるが、それらのURとの接触において、「影響力を行使した」と認められるような言動があったことを立証する証拠を得ることは容易ではないと考えられた。

一方、B案件については、2014年1月に面談を申し入れて以降、2015年11月ころに至るまで、I氏から金銭や飲食の提供を繰り返されていた甘利氏の秘書が、UR側に多数回にわたって執拗に接触を繰り返し、その中で、2015年10月にURが「逆にこれ以上関与しないほうが良いように思う。現在の提示額は基準上の限度一杯であり工夫の余地が全くなく、要望を聞いてしまうと甘利事務所もURも厳しくなるだけ。」とコメントするような場面まで出てきた(UR折衝記録)。同年11月には、甘利氏の地元事務所にて秘書とUR総務部長・国会担当職員が面談した際、大臣名を出して圧力をかけたとのことだった。影響力の「行使」の要件は、A案件よりB案件の方が認められる可能性が高いと考えられた。

検察の不起訴処分、検察審査会の議決と甘利氏の政治活動再開

ところが、弁護士団体の告発を受けて東京地検特捜部はUR側への家宅捜索を行ったが、肝心の甘利氏の事務所への強制捜査も、秘書の逮捕等の本格的な捜査は行われることなく、国会の会期終了の前日の5月31日、甘利氏と元秘書2人を不起訴処分(嫌疑不十分)とした。

その後、検察審査会への審査申立の結果、「不起訴不当」の議決が出された。

「国民の目」からも検察の処分は到底納得できないものだったことは明らかだったが、検察は再捜査の結果、再度、「不起訴」とした。

この事件で、大臣室で業者から現金を受け取ったことを認めて大臣を辞任した後、「睡眠障害」の診断書を提出して、4ヵ月にもわたって国会を欠席していた甘利氏は、不起訴処分を受けて、「不起訴という判断をいただき、私の件はこれで決着した」と記者団に述べ、政治活動を本格的に再開する意向を示した。

そして、甘利氏は、2016年6月6日、政治活動再開を宣言し、地元である神奈川県大和市の事務所の前で、記者の質問に、以下のように述べた。

 大臣会見の時にご覧になったと思うが、私に関する調査は丁寧に弁護士さんにやっていただいたわけであります。それは発表させていただきました。それ以降についても調査を再開してほしいと。調査というのは私が直接やるわけではないです。客観性のために第三者がやりますので、それを続けていただきました。これは、捜査の支障をきたすおそれがあるということで一時中断をしましたと、私に連絡がありました。これは私にはどうしようもありません。捜査当局の判断が出ましたので、続けて再開していただきたいとお願いした次第であります。

どういう形で説明をしようか、それは今後国会関係者、弁護士と相談して、必ず責任は果たしていきたいと思っています。

そして、甘利氏は、同年9月14日、自民党本部で、突然、予告もなく「記者会見」を開き、「事務所の口利きと現金授受問題について、弁護士による独自調査の結果、捜査機関と異なる結論を導く事実は見当たらなかった」と説明しただけで、元秘書2人や事務所関係者から聴取したという、調査担当弁護士名も明らかにせず、調査報告書も公表せず、「会見」は僅か10分で終了した。

これに対しては、【甘利氏の説明 不誠実な態度に驚く】(朝日)【甘利氏の政治責任 調査報告書の公表が欠かせない】(愛媛新聞)、【現金授受問題甘利氏会見 「不誠実」「幕引き」か】などと多くの新聞の社説で批判の声が上がった。

しかし、結局、甘利氏は、それ以降、説明の場は全く設けず、「国会の場での説明」も行われていない。

甘利氏は説明責任を果たしたと言えるのか

甘利氏側が、上記の対応の中で繰り返してきたのは、「検察によって全面的に不起訴になったので、違法ではなかったことが明らかになった、それによって説明責任は尽くされている」ということだった。

しかし、【特捜検察にとって”屈辱的敗北”に終わった甘利事件】で述べたように、検察審査会への審査申立の結果「不起訴不当」の議決が出されるなど、「国民の目」からは到底納得できないものだった。しかも、国会閉会の前日に、公訴時効までまだ十分に期間がある容疑事実についても、丸ごと不起訴にしてしまうなど、方針は最初から決まっていて、不起訴のスケジュールについて政治的に配慮したようにも思えた。

検察の不起訴処分というのは、公訴権を独占する検察官が、その権限を行使しなかったということであり、政治家、或いは当該政治家の事務所の行為に違法行為がなかったことが明らかになったということではない。ましてや、問題がなかったことを意味するものではない。

日本の検察は、基本的に有罪判決が得られる確証がなければ起訴はしない。国会議員等の政治家の事件であれば、起訴して万が一無罪となれば、重大な責任を負うことになるので、なおさら慎重な判断が行われる。

少なくとも、甘利氏の秘書が、道路用地買収をめぐるURとS社との補償交渉に介入し、秘書が建設会社側から多額の報酬を受け取ったり接待を受けたりしたほか、甘利氏自身も大臣室等で合計100万円の現金を受領した事実があることは、紛れもない事実なのである。その事実が報じられて、大臣たる政治家の「政治とカネ」に対する不信を招き、URの事業の公正さにも疑念を生じさせたのである。

第三者の弁護士が調査した結果により、それが、どのような経緯で発生した、どのような問題であったのか事実関係を可能な限り明らかにし、それについての自身の考え方を示すことは、政治家として当然の義務であり、ましてや、自民党幹事長という、政治とカネに最も責任と権限がある役職に就く政治家であれば、必須であろう。

大臣辞任会見の際は、短期間で、第三者の弁護士が聞き取り調査をした結果を聞いたとして、甘利氏自身が説明を行ったが、その際も、「調査の途中であり、調査が終了し次第、調査の結果を公表する」と述べていた。そのような第三者調査に基づく説明が、検察の不起訴処分で刑事事件が決着した後も、全く行われなかったことが、「説明責任を果たしていない」との批判を受けてきたのである。

甘利氏が大臣を辞任したのと同じ2016年の6月に、同様に「政治とカネ」の問題を追及され、都知事辞任に追い込まれたのが、舛添要一氏だった。

舛添氏は、「特捜経験のある弁護士」に調査を依頼し、報告書を公表し、弁護士(特捜OBの佐々木善三弁護士)が記者会見を行ったが、批判が収まらず、辞任に追い込まれた。一方、甘利氏は、大臣辞任会見の際も、政治活動再開会見の際も、「弁護士による調査」を振りかざして「問題はなかった」との結論だけを説明したが、弁護士名も調査報告書も公表することはなかった。

弁護士は、自らの判断で職務を行う法律専門家であり、責任の所在を明らかにするため弁護士名を示すのが原則だ。佐々木弁護士も、都知事の進退に関わる極めて重要な判断であったからこそ、調査結果に理解を得ることが容易ではないことを覚悟した上で記者会見に臨んだはずだ。

ところが、甘利氏の調査を担当したとされる弁護士は、国政にも影響を及ぼす重要な調査であるのに、いまだに、自らの氏名を明らかにせず、調査結果の説明も行っていない。

甘利氏が自民党幹事長に就任することの意味

甘利氏が、政治家としてどのように素晴らしい実績を上げてきたとしても、URの土地買収をめぐる問題に対して行ってきたことは、全く評価できない。

甘利氏は、第一次安倍政権からの安倍首相の「盟友」であるだけでなく、財務省の決裁文書改ざんという前代未聞の不祥事でも辞職させられなかった麻生氏ともかねてから関係が深い。重大な疑惑で大臣辞任した後、国会を欠席して姿を隠し、ろくに説明責任すら果たさないまま政治の表舞台に復帰することができたのも、「安倍一強体制」の中でも「権力に極めて近い立場にある政治家」だったからこそであろう。

そして、岸田氏の総裁選の党員票での「圧勝」が、安倍氏、甘利氏などが河野氏に投票する可能性のあった国会議員に強く働きかけた「成果」とも言われている。その論功行賞として甘利氏が「幹事長」という自民党の権力中枢のポストを獲得したのだとすると、岸田政権が発足しても、結局、岸田政権は、「安倍一強政権」の膿を、そのまま引き継ぐことになりかねない。

自民党内で政治資金・選挙資金を配分する権限を持つのが幹事長である。本来であれば、今回就任した幹事長として、まずやらなければならないのは、多くの国民が疑念を持つ、2019年参議院選挙での河井案里氏への1億5000万円の選挙資金提供についての事実解明、その背景と動機を明らかにすることである。甘利幹事長に、それを期待することができるだろうか。

自民党幹事長が、その差配の権限を持つ党の政治資金には、国民の税金を原資とする政党助成金も含まれている。資金配分に当たって、政治倫理、政治資金の透明性に対する真摯な姿勢が必要であることは言うまでもない。そのポストに就いたのが、自らの説明責任を全く果たして来なかった甘利氏であることは、岸田氏が標榜する「生まれ変わった自民党」にとって、最大のリスク要因であることは否定できない。

幹事長就任後の甘利氏の「説明」

こうした批判にもかかわらず自民党幹事長に就任した甘利氏は、10月1日に党新四役の就任会見に臨み、そこで、5年前に大臣辞任の理由になった現金授受問題に関して質問された。その答の主たる内容は、以下のようなものだった。

(1)あの事件は、私の地元の秘書が事業者から陳情を受けて、URと接触をしていたことが斡旋利得処罰罪に抵触するのではないか、という疑惑でありました。捜査の最終的な結論は、私が不起訴、秘書も不起訴でありました。

(2)秘書がURと接触していた事自体を知らされていないんです。だから私は“寝耳に水”と。事件がどういうものであったのか、何しにURに行ったのか分からないところから始まったわけであります。

(3)私の説明責任についてでありますけれども、辞任会見の時までの間に、総力を尽くして特捜のOBの弁護士さんにお願いしまして、2週間くらいでしたでしょうか。徹底的に調査しました。それを元に、辞任会見で質問が出尽くすまでお答えをいたしました。

甘利氏は、疑惑の核心部分をすべて除外して、自分の都合のよいところだけ抜き出して説明したことにしている、というほかない。

 そもそも、秘書がURと接触しただけであれば、何の疑惑も生じない。そこで金銭の授受があったから、しかも、その一部は、甘利氏が直接受領した事実があるからこそ「重大な疑惑」に発展したのである。(1)では、それを、「URとの接触」だけが問題であったかのように、話をすり替えている。

 (2)については、S社側は、甘利氏に直接URとの交渉を頼んだと証言しているのであり、甘利氏の言い分とは食い違っている。しかし、大臣室で面談して現金50万円を受領し、さらに地元事務所で50万円を受領した相手方が、どのような人物で、何を求めているのか、甘利氏が全く知らなかったというのは、考えられない。

 (3)で、弁護士の調査を振りかざしているのも、5年前と同じである。しかし、それなら、今からでも遅くない。幹事長職に就任したのであるから、自身と秘書への疑いを払拭するために、「潔白」だとする調査報告書と弁護士名を公表すべきだ。そして、舛添氏の時のように、弁護士に記者会見で質問に答えさせるべきだ(甘利氏は、「調査結果は文書で公表している」とも言っているが、会見の場での説明内容をペーパーで配布したに過ぎない)。ここまで一貫して調査を担当した弁護士名を公表しなかったことには余程の事情があるのかもしれない。そうであれば、その「事情」を明らかにすべきだ。

 

このような姿勢が容認されるのであれば、今後、自民党国会議員の間では、「政治とカネ」の問題を追及されたら、「弁護士に調査を依頼したと称して、その結論だけを説明し、弁護士名も、調査報告書も公表しないというやり方」がスタンダードになりかねない。

このような、凡そ説明にならない「説明」しかしない人物が、幹事長に就任した自民党に対して、衆院選挙で、国民はどのような判断を下すのであろうか。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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