河井元法相公判、懲役4年”実刑論告“で「最重要論点スルー」の謎

(写真:つのだよしお/アフロ)

2019年7月の参院選広島選挙区をめぐる公職選挙法違反(買収)事件の河井克行元法務大臣の公判で、4月30日に論告求刑が行われた。

検察は、懲役4年を求刑し、「現職国会議員によるこれほどの大規模買収事件は過去に前例はなく、正に前代未聞の悪質な犯行である」「被告人の刑事責任は極めて重大であって、被告人に対しては厳罰をもって臨むべきであり、被告人には相当期間の矯正施設内処遇が必須である」と述べた。

懲役4年は、総括主宰者に対する法定刑の上限である。また、「相当期間の矯正施設内処遇が必須」という表現は、「絶対に実刑に処すべき」ということであり、通常、「執行猶予付判決であれば控訴」を意味する。

かつて、検察組織を指揮監督する立場にあった元法務大臣に対する論告として、誠に厳しいものだったといえよう。

しかし、論告全文を入手して読んだところ、その内容が、厳しい論告求刑に見合うものと言えるのか、甚だ疑問だ。現金供与が、「党勢拡大、地盤培養活動の一環としての政治資金の寄附」であったのか否か、そうだとした場合に、それが、買収罪の「犯罪の情状」にどう影響するのかが、克行氏が実刑か執行猶予かを分ける最大のポイントになることは必至だが、論告では、その最重要論点をスルーしてしまっているのだ。

河井克行氏は、県議・市議・首長など地方政治家への現金供与について、「自民党の党勢拡大、案里及び被告人の地盤培養活動の一環として、地元政治家らに対して寄附をしたもの」と主張し、弁護側も、初公判での冒頭陳述で、同主張を前提に、「被告人が現金を供与した趣旨は、それぞれ相手方によって異なるが、いずれにしても、実務上、広く慣習として行われ、法的にも許容されている政治活動に伴う現金の供与であった」と述べて無罪を主張していた。

被告人質問の冒頭で、罪状認否を変更して、殆どの起訴事実について「事実を争わない」としたものの、その後、5日間にわたる弁護人からの被告人質問でも、その「政治資金の寄附であった」との主張を維持し、主張に沿った供述を詳細に行った。

次回期日での弁護側の弁論では、情状面の主張として、克行氏の現金供与が、従来摘発されてきたような、投票や選挙運動を直接依頼する「買収」とは異なることを徹底して主張するはずだ。従来は許容されてきた「政治資金の寄附」という性格の現金供与であり、「違法性の低いもの」と主張してくるのは確実だ。

被告人質問終了の時点で出した記事【河井元法相公判供述・有罪判決で、公職選挙に”激変” ~党本部「1億5千万円」も“違法”となる可能性】で述べたように、克行氏が「事実を争わない」としたものの、地方政治家に対する現金供与は「政治資金の寄附」であるとの供述を維持したことで、克行氏への有罪判決において、「政治資金の寄附であっても当選を得させる目的で金銭を供与すれば買収罪が成立する」との判断が示される可能性があり、そうなると、党本部が、国政選挙の際に都道府県連を通して政治家の支部に交付する「選挙資金」も、使途を限定しない「供与」であれば「買収罪」に該当することになりかねない。公職選挙の在り方に重大な影響を与えることになるため、克行氏公判での検察官の論告、弁護人の弁論、それらを受けて言い渡される判決に注目すべきと述べた。

県議・市議らへの現金供与について、克行氏の「自民党の党勢拡大、案里及び被告人の地盤培養活動の一環として、首長・県議ら地元政治家らに対して、寄附をした」との主張は、初公判から被告人質問まで一貫しており、検察官の質問でも揺らいでいない。

この点の克行氏の主張を否定することができるのか。検察官が、「政治資金の寄附」であることを否定するとすれば、「政治資金収支報告書に記載されていない」「領収書が授受されていない」などの根拠が考えられる。

しかし、河井夫妻の公選法違反事件で同氏らの事務所への捜索が行われたのは2020年1月、2019年分の政治資金収支報告書の提出期限の前で、収支報告書の記載が確定していない時期であり、収支報告書の記載の有無で「政治資金」かどうかを判断することはできない。

また、克行氏の供述によれば、政治資金の財布は4つあり、寄附については、金額などを調整して先方とも協議し、最終的に報告書に記入していたとのことであり、現金の授受の時点で領収書の授受を行わないのは、通常のやり方と変わらないことになる。領収書を受領していないことも、「政治資金」であることを否定する理由にはならない。

現金供与は政治資金の寄附だという克行氏の一貫した供述を否定することは困難なのではないか。(一方で、克行氏の「買収原資がポケットマネーである」とか、「溝手氏を落選させる意図はなかった」などの供述は、検察官の反対質問で崩されており、信用性がないことは明らかになっている。)

それでも、検察の論告では、現金供与が「政治資金の寄附」であることを否定する主張をするのか、それとも、「政治資金の寄附であることは、現金供与が買収であることを否定するものではなく、違法性を低下させるものでもない」と主張するのか、そこが、論告の最大の注目点だった。

ところが、検察は、この最も重要な論点について、ほとんど触れておらず、克行氏の主張の中に再三でてくる「党勢拡大」「地盤培養」という言葉も全くでてこないし、「政治資金の寄附」という言葉も見当たらない。

検察は、5万字を超える論告の大部分を、克行氏が本件選挙における案里氏の当選に向けた活動全般を取り仕切る立場にあった選挙の総括主宰者であったこと、案里氏の現金供与が買収に当たり、それについて克行氏の共謀が認められること、克行氏が、事実を争っている県議会議員4名に対しても現金供与の事実があり買収罪が認められること、などに関する記述に費やし、克行氏が、事実を争わないとしつつも、被告人質問の時間の大半を費やして行った「自民党の党勢拡大、案里及び被告人の地盤培養活動の一環として、地元政治家らに対して寄附をした」との主張については、県議会議員、市議会議員、町議会議員及び首長らへの現金供与の趣旨に関する被告人の弁解についての項目でわずかに述べているだけだ。

その内容も、初公判の弁護人冒頭陳述で「克行氏自身の政治基盤を強固にすること」だけではなく、「自民党の党勢拡大」「案里氏のための地盤培養」のための「政治資金の寄附」だと主張し、被告人質問でも、克行氏は、その主張に沿って詳細に供述したにもかかわらず、検察官は、克行氏が「自分自身の政治基盤を維持し強固なものとする目的」であったとだけ主張しているように引用し、それを否定する理由として、各現金供与当時に目前に迫っていたのは克行氏の選挙ではなく案里氏の選挙であったことや、現金を供与した際に自己の広報誌「月刊河井克行」の配布や自己の活動状況の報告を一切行っていないことなどを取り上げている。

しかし、国会議員の政治基盤強化のための政治活動は、自らの選挙が迫った時期だけではなく、日常的に行われているのが実態であり、広報誌の配布や自己の政治活動の報告もそれがなければ政治活動ではないと言えるようなものではない。検察の主張は、克行氏の主張を正しくとらえていないだけでなく、政治活動の実態に反する全く的はずれの主張だ。

克行氏は、被告人質問で、「一般的に、県連が、交付金として党勢拡大のためのお金を所属の県議・市議に振り込むが、県連からの交付金は溝手先生の党勢拡大にのみ使われ、県連が果たすべき役割を果たしていないので、やむを得ず、その役割を第3支部(克行支部長)、第7支部(案里支部長)で果たさないといけないと思い、県議・市議に、県連に代行して党勢拡大のためのお金を差し上げた」と供述し、県議・市議などへの現金の供与は、自民党広島県連が行っている「党勢拡大のための資金の振込み」と同じ性格のものだと主張して、自らの現金供与を正当化しているが、検察は、これに対しても、何ら反論できていない。

検察は、一方で、法定刑の上限の懲役4年を求刑し、「実刑必須」と述べたのである。

検察官の論告と、弁護人の弁論を受けて判決が出されることになるが、裁判所としては、「懲役4年求刑」「実刑必須」という検察の厳しい論告なので、執行猶予判決は容易には選択できない。一方で、実刑を言い渡すとすれば、弁護人の主張に対して正面から判断せざるを得ないことになる。

弁護人が、「自民党の党勢拡大、案里及び被告人の地盤培養活動のための政治資金の寄附」であることを情状に関する主張として強調することは確実であり、裁判所としても、克行氏の現金供与が「政治資金の寄附」であるのか、そうだとして、それが情状面でどう評価されるのかについて判断を示さなければ、克行氏に実刑判決を下すことはできないだろう。

しかし、「政治資金の寄附ではない」という事実認定を行うとしても、検察は、否定する根拠を何一つ示せていない。また、上記のとおり、克行氏の被告人質問での供述からも、現金供与が、「当選を得させる目的」であると同時に、「政治資金の寄附」でもあることを否定することはできないので、「党勢拡大、地盤培養活動の一環としての政治資金の寄附」であることを認定した上で、「当選を得させる目的で供与した以上、公選法違反の買収罪が成立する」との前提で、それを情状面でどう評価するかの判断を示すことになるだろう。

河井夫妻を買収で起訴する一方で被買収者の処分を全く行っていない検察は、今後、被買収者の刑事処分という、誠に厄介な問題に直面することになるが、克行氏の判決で、地方政治家への現金供与が「政治資金の寄附」であったのか否か、それが、買収罪の「犯罪の情状」にどう影響するのかについて示される判断は、被買収者の刑事処分にも大きな影響を与えることになる。これまでは、検察の「自己抑制」によって、「政治資金の寄附」の弁解が予想される、選挙に関連する政治家間の資金のやり取りの事案が刑事事件として立件されることはほとんどなかったが、河井夫妻の事件で、検察は、敢えてそこに踏み込み、元法務大臣の現職国会議員を逮捕した。ところが、検察は、論告で「政治資金の寄附」と買収の関係の問題をスルーする一方で、克行氏を「実刑必須」と主張する、誠に不可解な論告を行った。

「政治資金の寄附」を情状面で強調する弁論を受けての判決では、「政治資金の寄附と買収罪の関係」が裁判所の判断の対象となることは避けられない。それによって、元法務大臣の多額現金買収事件による日本の公職選挙の「激変」が、現実のものとなるのである。