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「参院広島再選挙」後、被買収議員の起訴は確実!「政治×司法」の権力対立が発端の「激震」が続く

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

2019年7月の参院選広島選挙区をめぐる河井克行元法務大臣の公職選挙法(公選法)違反事件の被告人質問が、3月23日から4月8日まで7期日にわたって行われ、そこで克行氏が供述した内容と、今年6月頃にも言い渡される判決が、日本の公職選挙に「激変」をもたらす可能性があることを、前回の記事【河井元法相公判供述・有罪判決で、公職選挙に”激変” ~党本部「1億5千万円」も“違法”となる可能性】で述べた。

一方、案里氏から現金を受領した4人の広島県内の政治家については、案里氏の公選法違反の事実について有罪が確定し、克行氏から現金を受領した首長・議員らの大半も、現金を受領したこと、それが選挙買収の金であったことを認める証言をしている。本来、これらの被買収者についても公選法違反で起訴され、公民権停止となり、一定期間、選挙権もなく、選挙運動も禁じられるはずであるのに、被買収者らについては、いまだに公選法違反の刑事処分が行われていない。

そのような状況で、案里氏の当選無効に伴う、上記参議院広島選挙区の「やり直し」の再選挙が告示されるといという「異常な事態」が生じているが(【河井夫妻買収事件「被買収者」告発受理!処分未了では「公正な再選挙」は実施できない】)、自民党は、元経産官僚の西田英範氏を擁立し、野党統一候補の宮口治子氏との「事実上の一騎打ち」となって、激しい選挙戦が繰り広げられている。

この再選挙に関して、克行氏の公判供述と有罪判決の見通しを踏まえ、広島県の有権者が認識しておくべき重要事項がある。それは、再選挙後、遅くとも、今年6月頃の克行氏有罪判決の頃までには、検察が被買収者の県議・市議らを起訴することは確実ということだ。

河井夫妻起訴時、被買収者の刑事処分はなぜ見送られたのか

これまで、検察が、克行氏・案里氏を公選法違反で起訴する一方で、本来であれば、当然、同時に起訴すべき被買収者らの刑事処分を行わず、処分未了のまま河井夫妻の買収事件の公判に至ったというのは、検察の常識からは本来あり得ない。そのような異常な対応が行われたのは、河井夫妻の公選法違反事件のうち、首長・県議・市議らの地元政治家に対する買収事件というのが、選挙の告示から離れた時期に現金が授受されたものであり、「党勢拡大・地盤培養活動のための政治資金の寄附」の主張が予想されるという点で、過去にはほとんど例のない異例なものだったからだ。

検察は、今回、敢えて、その異例の公選法違反事件の摘発に踏み切ったが、河井夫妻を起訴する一方で、被買収者の刑事処分を行わなかった。その理由として考えられるのは、

(1)河井夫妻と同時に被買収者を起訴した場合、河井夫妻の公判での証人尋問で被買収者らが、克行氏らと同様に「党勢拡大・地盤培養活動のための政治資金の寄附」だとして案里氏の「参院選挙のための買収」との認識を否定することで、河井夫妻の無罪主張が裏付けられ、公判が混乱するおそれがあったこと

(2)判決で「党勢拡大・地盤培養活動のための政治資金の寄附」を理由とする無罪主張が認められて起訴事実の多くが無罪となる可能性があったこと

である。

異例の河井夫妻「買収事件」摘発の背景

従来は、上記(1)(2)のような懸念があるのであれば、強制捜査に着手する段階で、検察組織内で消極意見が出され、着手を断念するのが通常であった。しかし、元法相の克行氏と現職参議院議員の案里氏の公選法違反事件に対する捜査が進められていた昨年の今頃の検察は、当時の安倍政権との関係で、「異常な状況」に置かれていた。安倍政権、その中でも特に中央省庁の官僚の世界に強大な支配力をもっていた菅義偉官房長官らが、当時東京高検検事長であった黒川弘務氏を検事総長に就任させる人事を強行しようとし、検察庁法に露骨に違反する東京高検検事長の定年延長を閣議決定し、それが、過去の法解釈を恣意的に変更する「禁じ手」まで使ったものであったことから、国会で厳しい追及を受けた。さらに、黒川氏定年延長の閣議決定を事後的に正当するための「検察庁法改正案」が国会に提出されたことで、国民的な批判が沸き起こり、元検事総長を含む多くの検察OBが、反対の声を上げるという事態にまで至り、結局、安倍政権は検察庁法改正案の撤回に追い込まれた。

元法務大臣の河井克行氏夫妻に対する、異例の公選法違反の強制捜査は、そういう政権と検察をめぐる「異常な状況」の下で、従来であれば刑事立件しなかった「国政選挙をめぐる政治家間の現金授受」が、敢えて立件されたものだった。

被買収者の首長・議員らの刑事処分の見通しを十分に考える余裕がないまま、河井夫妻を逮捕・起訴することを最優先して捜査を進めた結果、河井夫妻の起訴の時点で、上記の(1)(2)の理由から、被買収者の刑事処分を行わないという「異常なやり方」をとらざるを得なくなったというのが実情だったものと思われる。

本来、公選法違反事件の刑事処罰は、「選挙の公正」を確保するために行われるべきものであり、検察が、買収者を起訴する一方、被買収者の刑事処分を行なわない、などというやり方は、常識では考えられない、法目的を逸脱したやり方である。しかし、当時の安倍政権側の検察への介入も、検察制度を根本的に揺るがしかねない不当きわまりないものであり、当時の稲田伸夫検事総長以下の検察幹部が、まさに「手段を選ばず」、河井夫妻の逮捕・起訴に突き進んだのも、理解できないわけではない。

河井夫妻公判の進展と被買収者「刑事処分見送り」事由の解消

そのような公選法の趣旨・目的に反する異例の河井夫妻の起訴の結末が、河井夫妻の公判で被買収者の証人尋問がすべて終わった後に、さらなる異常事態を引き起こした。

案里氏に対しては有罪判決が確定し、案里氏の当選無効に伴う、やり直しの「参院広島再選挙」が行われることになったが、河井夫妻の買収の事実が認められれば、当然に被買収の公選法違反で公民権停止になるはずの広島県内の首長・議員らの刑事処分が未了であるため、被買収者にも「やり直しの再選挙」の選挙権が与えられ、選挙運動にも法的制限がない。まさに、「公正な選挙」が著しく阻害された状況で、与野党の激しい選挙戦が行われている。

しかし、一方で、このような事態を招いた「被買収者の刑事処分見送り」の結果、河井夫妻の公判の証人尋問では、被買収者側のほとんどが、「現金受領時に買収の目的を認識していた」と認めたために、上記(1)の理由は解消された。そして、案里氏は有罪判決が確定して当選無効となり、克行氏も、被告人質問の冒頭で、罪状認否を変更して、首長・県議・市議らに対する買収を含め、ほとんどの事実について「事実は争わない」と述べ、有罪判決が確実となった。それにより、上記(2)の理由も解消された。現時点では、検察が被買収者の刑事処分を見送っていた上記(1)(2)の理由はなくなったのである。

それどころか、既に、案里氏について有罪が確定し、克行氏についても近く有罪判決が出るのであるから、市民団体の告発が受理され、刑事立件されている被買収者の公選法違反事件について、処分を遅らせる理由は全くないのである。

しかし、現時点においては、被買収者の刑事処分が行えない「重大な事由」がある。

案里氏の当選無効を受けての参議院広島選挙区の再選挙が告示され、選挙期間の最中であり、そのような「選挙期間中における選挙に重大な影響を与える公選法違反の捜査や処分は差し控え、選挙の終了を待つ」というのも「捜査機関・検察にとっての不文律」であり、再選挙の投票日までは、被買収者の刑事処分は差し控えざるを得ないのである。

再選挙投票日後に行われる被買収者刑事処分

それは、投票日以降は、可及的速やかに刑事処分が行われることを意味する。遅くとも、克行氏の一審有罪判決が出ると予想される6月初旬頃までには、刑事処分が行われることは確実であろう。

その刑事処分は、一方の買収者側の河井夫妻が有罪である以上、犯罪事実が認められる前提で行われるのは当然だ。「犯罪を認める証拠が不十分」という「嫌疑不十分」による不起訴はあり得ない。不起訴にするとすれば、「犯罪が認められるが敢えて起訴しない」という「起訴猶予処分」しかあり得ない。しかし、公選法違反のうち買収事件については、求刑処理基準があり、「起訴猶予」は「1万円未満」、「1万円~20万円」は「略式請求」(罰金刑)で、「20万円を超える場合」は「公判請求」(懲役刑)というのが一般的な基準だ(私が現職検察官だった当時の基準だが、今でも大きな変更はないはずだ)。

今回、県議・市議らが河井夫妻から現金を受領した金額は、10万円から50万円、最も多額の者は150万円であり、検察の求刑処理基準に照らして「起訴猶予」はあり得ない。

仮に、何らかの口実をつけて、無理やり「起訴猶予」にしたとしても、告発者の市民団体が検察審査会に審査を申立て、市民の常識で判断されれば、間違いなく「起訴相当」議決が出されるだろう。

検察には起訴猶予の選択肢はない

検察の「起訴猶予処分」は、このところ、相次いで検察審査会の議決によって覆されている。

黒川氏の「賭け麻雀」の賭博事件について、検察は「起訴猶予」処分としたが、検察審査会の「起訴相当議決」を受け、一転して、「略式請求(書面審理で罰金刑)」に至った。また、菅原一秀氏の公選法違反事件でも、検察は「起訴猶予」処分としたが、その後の露骨な「検察審査会の審査妨害」にもかかわらず、検察審査会の職権による「起訴相当議決」が出されている(【菅原一秀議員「起訴相当」議決、「検察の正義」は崩壊、しかし、「検察審査会の正義」は、見事に示された!】)。

このような現状からは、この上、河井夫妻事件の被買収者の大量の「起訴猶予」処分が検察審査会で「起訴相当」議決を受けることになれば、検察の訴追裁量権(起訴猶予処分を行う権限)に対する信頼は地に堕ちることになりかねない。

現職の県議・市議を含め、被買収者のほとんどが、遅くとも6月頃までには起訴されることになることは避けられないのである。

県議・市議の大量失職という「異常事態」

このようにして、被買収者が公選法違反で起訴された場合、その殆どは、証人尋問で、現金の授受と案里氏の選挙に関連する金であることの認識を認めており、河井夫妻の有罪判決が出た後に、起訴された場合、その証言を覆すことはできない。略式命令で早期に確定するか、公判になっても短期間で決着するだろう。

その対象となる被買収者の中には、現職の広島県議会議員・広島市議会議員、それぞれ13名が含まれており、その殆どは自民党所属の議員だ。罰金であれ、懲役刑であれ、公選法違反で有罪判決を受ければ公民権停止となって議員を失職するだけでなく、一定の期間内、選挙権・被選挙権がなくなるので、公職選挙に立候補することはできず、当然のことながら再選挙にも立候補できない。

県議・市議の起訴・大量失職によって、今回の事件が、「河井夫妻の個人的犯罪」ではなく、従来の自民党の選挙をめぐる資金の供与の慣行に根差す問題であること(【河井元法相公判供述・有罪判決で、公職選挙に”激変” 】)が一層明白になるだけでなく、多数の議員失職によって大混乱に陥ることとなる広島自民党は、「解体的出直し」を迫られることになる。新聞紙上に「自民党広島県連 再起動」などと題する全面広告を出している県連会長の岸田文雄氏には、選挙後に予想される「恐ろしい事態」に対する認識が完全に欠落していると言わざるを得ない。

そして、公明党にとっても、再選挙後の県議・市議の起訴・失職の見通しは「他人事」ではない。

今回の再選挙は、自民党としては、過去の参院広島選挙区での与野党の得票差から、再選挙になっても自民党候補が圧勝できると見込んで再選挙に臨んだものの、「政治とカネ」問題への予想外の逆風により、情勢調査では自民党候補の西田氏と野党候補の宮口氏とはほぼ互角の情勢となっている(広島県民を舐め切った自民党執行部の「見通しの甘さ」には、ただただ呆れるしかない)。

そこで、自民党が「頼みの綱」としているのが公明党である。次期衆院選で、克行氏の小選挙区だった広島3区に斎藤鉄夫政調会長を擁立し、自民党の全面支援を受けようとしている公明党は、今回の参議院広島再選挙でも、自民党西田候補支援に全力を挙げているとされる。

しかし、公明党は、参院再選挙後に自民党を直撃する「恐ろしい事態」を認識しているのだろうか。いくら、今回の再選挙で自民党候補を支援して自民党に恩を売っても、再選挙後、県議・市議の起訴・大量失職で混乱に陥る自民党には、公明党に「見返りの支援」をする余裕などなくなるのではないだろうか。

「政治権力」対「司法権力」の激突によって生じた巨大な地殻変動

前法務大臣の衆議院議員とその妻の現職参議院議員の公選法違反による同時逮捕という「憲政史上前代未聞の大事件」は、克行氏の有罪判決で、戦後続いてきた「政治資金を隠れ蓑とする選挙資金の供与」が買収罪に問われることで、日本の公職選挙に「激変」をもたらすだけでなく、そのような旧来のやり方で選挙資金の供与を受けた広島県の地方政治家が大量に被買収の罪に問われて失職するという、さらなる「大激震」につながることは必至だ。

その発端は、戦後最長の政権となった安倍政権とその中枢の菅官房長官という「政治権力」と、大阪地検不祥事等で信頼が損なわれたとは言え、多くの日本人にとって「正義」と期待される検察という「司法権力」とが、検事総長人事をめぐって激しく対立するという、前代未聞の「権力VS権力の激突」によって憲政史上初の大きな地殻変動が生じたことにあった。

案里氏有罪確定に伴う参院広島再選挙をめぐって今起きていることは、日本の政治を襲う巨大な地震・津波の衝撃のほんの「序の口」でしかない。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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