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案里氏「当選無効」に伴う参議院広島再選挙、被買収者の選挙関与で「公正な選挙」と言えるか

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
河井案里氏(写真:つのだよしお/アフロ)

前法務大臣の逮捕・起訴という前代未聞の事件となった河井克行氏・案里氏の2019年参議院選挙をめぐる多額現金買収事件で公選法(公職選挙法)違反で起訴された案里氏に対して下された一審有罪判決に対して案里氏は控訴せず、有罪確定により当選無効となった。これに伴い、参議院広島選挙区の再選挙が、4月25日に行われることが予定されている。

自民党は、経産省課長補佐だった西田秀範氏を、その再選挙の公認候補として擁立した。2月26日には、西田氏が出馬会見を行い、28日に、国会議員、首長、地方議員ら70人を集めて会合を開き、西田氏の選対本部を発足させたとのことだ。

この事件での自民党の対応については、これまでヤフーニュース【参院広島選挙区再選挙、自民党は、広島県民を舐めてはならない】、日刊ゲンダイのコラムでの【案里氏が議員辞職で再選挙に 自民党は広島県民をなめるな】などで徹底批判してきた。

自民党本部が、現職の溝手顕正氏を支持する広島県連側の強い反発を退けて強引に案里氏を参院選候補として擁立し、溝手氏の10倍もの選挙資金を提供し、少なくともその一部が買収の原資になったことは、既に克行氏の公判でも明らかになっている。それは、決して克行・案里両氏の個人犯罪だけではなく、「自民党」という組織の体質によって起きた「重大な不祥事」である。

案里氏については、既に有罪判決が確定しているのであるから、自民党は、不祥事の当事者として、外部者も入れて調査体制を構築して客観的な事実解明を行い、不祥事を検証・総括することが絶対に不可欠だ。

今回の事件に関しては、もう一つ重大な問題がある。選挙買収事件では、通常は、買収者と被買収者は同時に刑事処分される。ところが、【河井夫妻事件、“現金受領者「不処分」”は絶対にあり得ない】でも述べたように、今回の事件については、検察は、現金の受領者側、つまり被買収者側は刑事立件すらしておらず、いまだに、公選法違反での処罰が行われていない。

案里氏については、既に買収の公選法違反の有罪が確定している。克行氏の現金買収についても、40人もの首長・議員らの大半が、数十万円~200万円もの現金を受け取ったこと、それが買収の金であったことを認める証言をしている。彼らは、本来であれば、当然に、公選法違反で起訴され、少なくとも罰金刑を受けて、公民権停止、つまり、一定期間選挙権もないし、選挙運動を行うこともできない立場だ。

ところが、西田氏の選対本部の立上げの会合では、取材したマスコミ関係者によれば、河井克行・案里夫妻から多額の現金を受け取った地方政治家が多数参加し、再選挙に向けての活動を結束して行っていくことが確認されたとのことだ。

当然に行われるべき被買収者側の刑事処分が行われていないため、本来、公民権停止になって選挙に関わる資格がないはずの者が、選挙に関わってしまいかねないという、異常な状況になっている。「公正な選挙」を行う前提が、欠けている。

4月25日の参議院広島選挙区の再選挙は、案里氏の現金買収の公選法違反の刑事事件の有罪が確定したことに伴って行われる「やり直しの選挙」だ。その公選法違反の被買収者として違反が認定され、或いは違反を証言で認めている多くの政治家が、公選法のルール上、「ペナルティボックス」に入っていて選挙には関われないはずなのに、あろうことか、堂々と、その「やり直しの選挙」に加わってのろしを上げているのである。そのようなことが許されるわけがない。

このような状況で、参議院広島選挙区の再選挙を行うことはあり得ない。もし、行ったとすれば、不正選挙そのものである。本来、選挙運動を行う資格のない者が選挙に関わること自体が「不正」であるし、そのような者が関わった場合、また「不正」が繰り返されることは必至だ。

仮に、このような「選挙に関わる資格のない者」が選挙に関わり、そこで、また不正を行った場合にどうなるか。19年選挙の公選法違反と再選挙での違反は「併合罪」(確定判決を受ける前に犯した複数の犯罪は併合して処罰される)となるため、一回の処罰を受けるだけで済んでしまう。

つまり、克行氏・案里氏らから現金を受け取って買収された者にとって、今回の再選挙では、事実上、選挙違反が「やり得」となるのである。それには「不正選挙の連鎖」を招くことにほかならない。

この事件については、市民団体の「『河井疑惑』をただす会」が、広島地検に、被買収者の告発を行っている。広島地検は、ただちに、被買収者を起訴すべきだ。略式起訴であれば、ただちに罰金刑の略式命令が確定し、それに伴い、被買収者は公民権停止となり、一定期間選挙に関わることが禁止される。今回の再選挙に関わることができないのは当然だ。それによって、初めて、案里氏の当選無効に伴う参議院広島選挙区の「やり直し再選挙」を行う条件が整うことになる。

検察が、いかなる事情によって、被買収者の刑事処分を行わず、引き延ばしているのか不明だが、もし、このまま検察が、参議院選挙の告示までに刑事処分を行わない場合は、広島で公正な選挙が行われる前提条件が充たされない。

考えにくいことだが、もし、そのような異常な事態のままの選挙ということになった場合には、公選法違反事件を起こした当事者が所属していた自民党の責任で、被買収者側が選挙に関わらないようにする措置を行うことが不可欠である。少なくとも、選挙に向けての会合に、被買収者を出席させるなどということは、全く論外である。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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