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「日本学術会議任命見送り問題」と「黒川検事長定年延長問題」に共通する構図

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
菅義偉首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

菅義偉総理大臣が、日本学術会議の新たな会員候補の一部の任命を見送ったことについて、野党側は学問の自由への介入だとして追及姿勢を強めているが、菅首相を始め政府側は「法に基づき適切に対応してきた」としており、与党の一部からは、日本学術会議の在り方を問題にする意見も出されている。安倍政権時代から繰り返されてきた「二極対立」の様相を呈している。

この日本学術会議の会員任命見送り問題は、今年2月、国会、マスコミでも厳しい批判を浴びた黒川弘務東京高検検事長の定年延長問題と、多くの共通点がある。

検察が、刑訴法上の権限を持つ「権力機関」であるのに対して、日本学術会議は、「科学に関する重要事項」の審議機関であり、直接的に権限を行使する立場ではない。しかし、いずれも、「独立性」を尊重される組織の人事の問題であり、政府の対応の違法性が指摘され、それに関して「法解釈の変更」があったことに共通性がある。二つの問題の比較を踏まえながら、学術会議問題の今後の展開を考えてみたい。

「独立性」の尊重

まず、重要な共通点は、検察庁も、日本学術会議も、「独立性」を尊重される組織だという点だ。

検察庁は、法務省に所属する行政組織であり、「裁判官の独立」とは異なり、法律上、独立性が保障されているわけではない。しかし、刑事事件に関して強大な権限が与えられ、しかも、日本では、検察官が起訴した事件の有罪率は99%を超えるなど、検察の判断が事実上、司法判断になっている。特に、検察の権限行使は、権力を持つ政治家に向けられることもあり、政権の不正・癒着・腐敗等の監視機能が期待される面もある。政権側は検察の権限行使に介入すべきではないとされ、検察の職権行使の独立性が尊重されてきたことの背景には、「司法の独立性」という憲法上の原則がある。

日本学術会議についても、「内閣総理大臣の所轄」(日本学術会議法1条2項)とされる国の組織であるが「独立して職務を行う」(法3条1項)とされ、独立性が制度的に保障されている。

その独立性の尊重の背景には、「学問の自由の保障」という憲法上の要請がある。6人の会員任命見送りについても、「学問の自由」への介入と批判されている。これに対して、「日本学術会議の会員になれなくても自由に研究は続けられるのだから、『学問の自由』は関係ない」という反論があるが、「学問の自由」には、研究者個人が学問研究を行うことの自由だけでなく、「研究成果を発表する自由」「研究成果を教える自由」なども含まれ、それらが行われる場としての大学・研究機関での研究教育に対する国家の不当な介入が「学問の自由」の問題になることもあり得る。

「検察の独立」は、「司法の独立」そのものでないが、それに関連する重要な要請とされているのと同様に、日本学術会議の独立性・自律性は、実質的に「学問の自由」と密接に関連する問題だと言える。

政府の対応の「違法性」

閣議決定の翌日の2月1日にアップした拙稿【黒川検事長の定年後「勤務延長」には違法の疑い】で指摘したように、国家公務員法が定める一般的な国家公務員の定年後勤務延長の規定を適用して、東京高検検事長の定年後の勤務延長を認めたことは、

検事総長は、年齢が65年に達した時に、その他の検察官は年齢が63年に達した時に退官する。

と定める検察庁法22条に違反する疑いがある。

検察官は、国家公務員法による「勤務延長」の対象外であり、検察官の定年退官後の「勤務延長」を閣議決定したのは、検察庁法に違反する疑いが強い。検察庁法が検察官の勤務の「終期」を明確に定めているのに、閣議決定で国家公務員法の規定を適用して「検察官の定年後勤務延長」を認めたことの「違法性」が問題の核心であった。

これに対して、日本学術会議の会員任命について問題とされているのは、菅首相が6人の任命を見送ったことが

日本学術会議は、二百十人の日本学術会議会員をもつて、これを組織する。 会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する。

日本学術会議は、規則で定めるところにより、優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣府令で定めるところにより、内閣総理大臣に推薦するものとする。

との日本学術会議法の規定(7条1項2項、17条)に違反するのではないかという点だ。

同法で「210人の会員で組織すること」とする一方で、「日本学術会議の選考・推薦に基づいて」「内閣総理大臣が任命する」と規定され、210人の会員は、すべて学術会議の選考・推薦に基づいて任命することになっているので、選考・推薦された者の一部を任命から除外することは同法に違反するのではないかという問題だ。

政府の「解釈変更」

もう一つ重要な共通点がある。それは、それが許容されるかどうかについて、政府の「解釈変更」が行われている点だ。

「検察官定年延長」については、昭和56年に、国家公務員法で、国家公務員の定年後勤務延長の制度が導入された際の国会答弁で、人事院は

「裁判官、検察官には適用されない。」

としていた。それが、黒川検事長の定年後勤務延長を認める際に、閣議決定で解釈が変更され、検察官にも国家公務員法の勤務延長の規定が適用されることにされたと説明された。

「日本学術会議会員任命見送り」についても、日本学術会議法の改正で、1983年に会員の公選制から任命制に変更された際、国会答弁で、

「形だけの推薦制であり、学会から推薦された者は拒否しない。」

としていた。少なくとも、その時点では、内閣総理大臣が推薦者の任命を拒否することは認められないという解釈をとっていた。それが、2018年に、任命制のあり方についての内閣法制局と内閣府との協議で、推薦者の任命を総理大臣が拒否することができることを確認したとされている。政府側は、これが「解釈変更」だったことは認めていないが、少なくとも、法改正当時の政府答弁とは異なった見解をとらなければ任命見送りはできないはずだ。 

当初の解釈であれば「違法」とされるはずであったやり方を、「解釈変更」によって合法化したという点で両者は共通する。

動機面の問題

検察庁法に違反し、国家公務員法の定年後勤務延長の要件を充たしているとは考えられない「定年後勤務延長」を行ってまで、黒川氏を東京高検に残留させ検事総長に就任させようとした動機は何だったのか。

「安倍政権継承」新総裁にとって“重大リスク”となる河井前法相公判【後編】】の【「公選法違反否定の見解」について「黒川氏見解」が出された可能性】で詳述したように、東京地裁で公判が行われている河井克行前法相夫妻の公選法違反事件と関係している疑いがある。

黒川氏が東京高検検事長の立場にある限り、東京地検特捜部の捜査の動きを抑えること、或いはその捜査情報を官邸に提供することが可能であり、検事総長のポストに就けば、検察全体の動きを抑えることができる。黒川氏を違法な「定年後勤務延長」を行ってまで東京高検検事長に留任させ、さらに検事総長に就任させようとしたのは、克行氏の問題が公選法違反事件に発展しないようにすることと関係していた可能性は否定できない。

では、「日本学術会議会員任命見送り」の動機の方はどうか。

この問題が表面化した当初から、問題視されているのが、任命を見送られた6人は、研究や業績の面ではいずれも申し分なく、「任命見送り」の理由が、「安全保障法制」「共謀罪」等に関する政府案に反対表明していたこと以外には考えられないということだ。

6人の推薦者のうち、立命館大学松宮孝明教授は、私の専門にも関連する分野の経済刑法が御専門なので、よく存じ上げている。最初にお会いしたのは、20年前の法務省法務総合研究所研究官の時代だった。検事時代、研究官時代に、多くの研究者の方々とお付き合いがあったが、法務・検察側に都合のよい学説を提供する「御用学者」とは一線を画し、企業や経済の実態を踏まえた合理的な解釈論を展開される経済刑法学者で、優れた研究・業績を多く残されている。松宮教授は、業績面でも、研究者としての姿勢という面でも、日本学術会議会員の刑事法学者として、最も適任だと考えられる。(法務・検察の「御用学者」ではないこと以外に)松宮教授の任命見送りの理由など考えられない。

任命見送りの合理的な理由が示せなければ、疑念を持たれているような、「政治的な理由による任命見送り」ということになる。結局、6人を任命せざるを得ない状況に追い込まれた場合には、菅首相は、この問題をめぐって混乱を生じさせたことについて重大な政治責任を負うことになる。 

黒川検事長の「定年後勤務延長」の問題のその後の展開

黒川検事長の「定年後勤務延長」の問題のその後の展開は、多くの点で共通する「日本学術会議会員任命見送り」問題の今後の展開を予感させるものと言える。

黒川検事長について閣議決定で定年後勤務延長を認めたことに対して、特定の検察幹部の定年延長を認める(しかも、それによって、定年が事実上延長され、検察トップの検事総長への就任を可能とする)ことは検察の独立性を害すると批判され、その理由や経緯について国会でも厳しく追及された。

さらに、検察官定年延長を事後的に正当化するために、内閣の判断で検察幹部の定年延長を認める「検察庁法改正案」が国会に提出され、その審議の過程で、SNS等での批判が盛り上がるなどしたため、政府は法案の撤回に追い込まれることになった。

黒川氏の定年後「勤務延長」の理由について、国家公務員法の規定から「職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由がある」と説明されていたが、その後、黒川氏は週刊誌で「賭け麻雀」疑惑が報じられるや、即刻、辞任した。そのことからしても、「職務遂行上の理由」ではなく、定年後勤務延長を経て、検事総長に就任させることを可能にする目的だった疑いが濃厚となった。

「黒川検事長定年延長」問題は、安倍政権末期において、政権への支持を低下させる大きな要因となったのである。

「日本学術会議会員任命見送り」問題の今後の展開

では、「日本学術会議任命見送り」の問題は、今後、どのような展開になるだろうか。

日本学術会議側は、少なくとも、6人の推薦者の任命見送りについて、納得できる理由が示されない限り、6人以外の推薦を行うことは考えにくい。引き続き、6人の任命を求め続けることになるであろう。同会議にここまで国民の関心が集まった以上、「6人欠員」という「日本学術会議法7条1項違反」の状態を放置することはできず、その問題が決着しない限り、日本学術会議の正常な運営は困難となる。

この問題に関して、菅首相は、5日夕刻、内閣記者会のインタビューに応じ、その中で、

日本学術会議については、省庁再編の際、そもそもその必要性を含めてその在り方について相当の議論が行われ、その結果として総合的、俯瞰的活動を求めることにした。まさに総合的、俯瞰的活動を確保する観点から、今回の人事も判断した。

と述べた。

菅首相が、会員の任命を「日本学術会議の必要性を含めた在り方の議論」「総合的、俯瞰的活動を求めること」に関連づけて説明したことによって、任命見送りの理由も、日本学術会議の在り方論に関連づけて説明せざるを得ないことになる。そうなると、会員の推薦・任命の在り方について政府として何らかの立法が必要となり、同会議の在り方論、同会議の存廃をめぐる国会での議論に発展することになる。

今回の任命見送り問題が表面化するや、保守系の論者から、「日本学術会議の見直し・廃止論」が声高に唱えられている。日本学術会議は、設立以降、「学術研究を通じて平和を実現すること」を最大の使命としてきたのは、戦前、学術研究が軍事に使われることを前提とする研究が進められてきたことへの反省があったからである。そういう日本学術会議の存在は、保守系論者からは、現実離れした「非武装中立論」のように扱われ、攻撃の対象とされてきた。確かに、学術研究の活用について民間と軍事とを峻別することは容易ではなくなっており、「学術研究の軍事利用の否定」が、どこまで徹底可能かについて疑問がないわけではない。しかし、その点は、日本国憲法が掲げる平和主義そのものにも関連し、憲法問題にも関わる問題だ。背景には深刻なイデオロギー対立もあるだけに、議論の収束は容易ではない。コロナ感染対策、コロナ不況に対する経済対策、来年夏東京五輪開催の是非など、多くの重要課題が山積する中で、国会で、そのような問題に時間を費やすことが果たして適切なのだろうか。

何より重要なことは、日本学術会議は、これまで比較検討してきた「検察」の問題とは異なり、「権限」や「強制力」を持つ機関ではないということだ。日本学術会議がどのような基本方針で活動しようと、それが、政府の施策に対して直接的な作用を及ぼすものではない。そのような同会議について、政権が、政治的・イデオロギー的動機で、政府に批判的な研究者を排除する目的で任命見送りを行ったとすれば、学術研究の世界全体を、政府の方針を是認する方向の議論に誘導しようとする「学問の自由」への介入そのものであり、ひいては、研究者全体に政府に批判的な言論を控えさせる「言論の自由」の侵害にもなりかねない。

菅政権が、このまま6人の任命見送りの姿勢を維持し、「学問の自由」への介入を改めようとしないとすれば、日本学術会議の在り方自体について国会で本格的議論や法案提出をすることにならざるを得ないだろう。それは、黒川氏の定年後勤務延長問題の事後的正当化のための検察庁法改正案国会提出が、安倍政権にとって大きな打撃になったのと同様に、発足したばかりの菅政権にとって、政権の基盤を崩壊させかねない重大なリスクに発展する可能性がある。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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