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“崖っぷち”河井前法相「逆転の一打」と“安倍首相の体調”の微妙な関係

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
体調不安が噂される安倍首相(写真:ロイター/アフロ)

昨日(8月25日)、河井克行(前法相)衆院議員(以下、「克行氏」)と、妻の河井案里参院議員(以下、「案里氏」)の公職選挙法違反事件の第1回公判が東京地裁で開かれた。両氏は、検察の起訴事実の現金供与の外形的事実を概ね認めた上、「投票又は票の取りまとめ等の選挙運動を依頼する趣旨で渡したものではない」と述べて起訴事実を否認し、無罪を主張した。

この事件については、広島での検察捜査が克行氏に向けて本格化していることが明らかになった今年4月に【河井前法相“本格捜査”で、安倍政権「倒壊」か】で最初に取り上げ、河井夫妻が逮捕された時点では【検察は“ルビコン川”を渡った~河井夫妻と自民党本部は一蓮托生】、起訴された時点では【河井夫妻事件、“現金受領者「不処分」”は絶対にあり得ない】と、その都度、私の見解を交えて解説してきた。

今回、第一回公判で行われた両氏の罪状認否、検察の冒頭陳述、克行氏の弁護人冒頭陳述に基づき、今後の公判のポイントを、克行氏関係に焦点を当てて解説することとしたい。

検察冒頭陳述の内容

検察冒陳では、「第1」で克行氏、案里氏の両被告人の身上、経歴について述べた上、「第2」で、本件選挙(2019年参議院選挙)の選挙情勢、選挙状況、案里氏の立候補に至る経緯について、「第3」では、克行氏が案里氏の選挙活動を取り仕切り、選挙の総括主宰者の立場にあったことと、選挙の組織体制について述べている。

そして、「第4 犯行状況」では、「1」で、「県議会議員・市町議会議員・首長らへの現金供与」(44名に、合計62回、現金合計2140万円)、「2」で、「三矢会メンバーへの現金供与」(50名に対し、50回にわたり、現金合計385万円)、「3」で、「選挙事務所のスタッフへの現金供与」(6名に対し、前後16回にわたり、合計約377万円)について、個別の現金供与の状況と、それを受けて行われた「選挙運動」の状況について記述している。

このうち、「3」については、選挙運動に直接関わっていた者らへの現金供与であり、一般的な買収事案と大きな差異はなく、買収罪の成立にさしたる問題はない。また、「2」についても、克行氏との関係や、案里氏の選挙での支援を行っていることが概ね明らかで、「案里氏に当選を得させる目的」や、「選挙運動」を依頼して現金を供与したことの立証は比較的容易だと思われる。

最大の問題は、供与金額の3分の2以上を占める「1」の「県議会議員・市町議会議員・首長らへの現金供与」だ。

この点について検察冒陳では、

被告人克行は、広島県第三選挙区外の行政区域内選出の県議・市町議・首長らについては、そのうち以前から自身と付き合いがあった者や被告人案里がその県議時代に親交のあった者等に対し、さらには、それまで自身とほとんど接点のなかった者や近時疎遠になっていた者に対してもなりふり構わず、被告人案里への投票及び投票取りまとめなどの選挙運動を依頼するとともに、その報酬として現金を供与することとした。

と述べているが、個別の現金授受の状況についての記述は、大部分が

本件選挙における案里への支持を依頼した上で、本件選挙における投票及び票の取りまとめの報酬として現金~万円を供与した

というもので、現金授受の状況についての具体的な記述がない。そして、供与の時期も、多くが、7月4日の公示の1か月以上前で、3か月以上前のものもあり、参議院選挙での「投票」「票の取りまとめ」との関係が相当希薄であることは否定できない。

この場合、克行氏から現金の供与を受ける際にどのような「選挙運動」を依頼されたと認識したのかが問題となる。

検察冒陳では、

受供与者(現金受領者)の一部は、被告人克行から現金の供与を受けた前後の時期に、被告人案里の出陣式や街頭演説会で応援弁士として演説を行って被告人案里への投票を呼びかけたり、被告人案里による選挙カーでの遊説の際に別車両で先導して被告人案里への投票を呼びかけたりするなどの選挙運動を行った

としているが、このような「選挙運動」を行ったのは「現金受領者の一部」であり、それ以外の現金受領者については、「選挙運動」を実際に行った事実がないようだ。そうなると、公判での証人尋問で、現金供与を受けた際に、その趣旨についてどのように認識したかについての証言内容がカギとなる。

ここまでの、個別の現金授受の状況や、それを受けての「選挙運動」に関する記述だけだと、「1」については、検察官の主張は相当弱いという印象を受ける。

しかし、それ以降の記述で、「1」についての検察主張が、かなり強力に補強されている。

議員・首長への現金供与に関する検察の「3つの主張」

検察冒陳の第4の「1」の末尾の(4)(5)で、弁護側主張に対する反論として、(a)現金供与に関して、領収書のやり取りの話がなく、収支報告書等への記載がないこと、(b)現金供与の際のやり取りに、自民党党勢拡大など、案里氏の選挙での当選以外の目的を窺わせるものがないこと、という主張が行われており、さらに、「第5 本件犯行後の状況」では、(c)克行氏自身が、供与対象者及び供与金額を記載したリストを消去して隠蔽しようとしたこと、という弁護側主張への「強烈な反対主張」が述べられている。

合法的な「政治活動のための寄附」であれば、領収書のやり取りが行われ、関連団体の政治資金収支報告書に記載されているはずだ。(a)の主張は、それらが行われていないので、「政治活動のための寄附」であることは否定されるというものだ。

(b)は、克行氏が、現金供与の際に、「政治活動の支援を依頼したり、自民党の政策を広めるよう依頼したり、自民党員を集めるよう依頼したりすることはなく、被告人克行の政治活動の支援を依頼したり、被告人克行の政策を広めるよう依頼したり、被告人克行の支持基盤拡大を依頼したりすることもなかった。」と述べ、「党勢拡大・地盤培養のための寄附」との克行氏の主張に反論するものだ。

これら2点の検察の主張は、弁護側の「合法的な政治活動に関する寄附」だとする主張に対して、有効な反論となるものと言える。

そして、(c)は、克行氏が、2019年10月に、本件選挙における選挙違反(車上運動員買収)の報道があったことから、同年11月3日に、インターネット関連業者に、克行氏の議員会館事務所や自宅のパソコンデータを復元不可能な状況に消去するよう依頼したこと、供与対象者及び供与金額を記載したリストを含むフォルダー「あんり参議院議員選挙‘19」のデータを復元不可能な状態に消去したが、議員会館のパソコン内には、消去されたフォルダーとは別に、業者の消去作業により消去されなかった同名のフォルダーが保存されていたというものだ(これが、検察の強制捜査で押収され、本件現金供与が発覚したということだろう)。

克行氏が、案里氏の陣営の選挙違反の問題が表面化した後に、本件現金供与に関するリストを含むパソコンデータを、「消去不可能な状態」に消去しようとしていたことは、克行氏が、本件の現金供与を隠蔽しようとする強い意図を持っていたことを示すもので、現金供与が、合法的な「政治活動のための寄附」という主張に対する強烈な反対主張だと言える。

また、それ自体が「露骨な罪証隠滅行為」だと言える。克行氏が、何回保釈請求を行っても保釈が認められないことの最大の原因は、このような露骨なパソコンデータの消去を行っていることが、「罪証隠滅の恐れ」を強く示唆していると認められるからであろう。

克行氏弁護人冒陳の内容

弁護人冒陳では、まず、

検察官は、現金を供与した買収者として克行氏及び案里氏を起訴しながら、現金を受領した被買収者については、その地位、受供与金額、受供与回数に関わらず一人も起訴していない。このような処理は、これまでの同種事例の処理例に照らしても著しく均衡を欠くことは明らかであり、公正さを著しく害する偏頗な公訴提起である。

このような捜査手法は、従来から、違法なものとされ、検察実務においては厳に戒められてきたものであるところ、協議・合意制度が法定され、対象犯罪から公職選挙法違反の罪が除外された現在では、いわゆる「裏取引」として極めて違法性の高い捜査手法である。

と述べて、検察官の起訴手続が違法だとして、刑訴法338条4号の「公訴提起の手続がその規定に反したために無効であるとき」の規定による公訴棄却を求めている。

弁護人の主張は、【河井夫妻事件、“現金受領者「不処分」”は絶対にあり得ない】で指摘していることを法的な主張として構成したものであり、全くその通りである。しかし、実際に、それを裁判所が認めて、公訴棄却の決定が出て裁判が打ち切られる可能性は、ゼロに等しい。日本では、公訴権は検察官が独占し、訴追裁量権も持っており、検察官の捜査や起訴に違法があっても、それが犯罪に該当するような場合でなければ、公訴棄却すべきとはされないのが、従来からの判例である。

そのことを見越して、弁護人冒陳でも、

速やかに公訴棄却により審理を打ち切るべきであるが、仮に、その主張が認められないとしても、当公判廷において現金受領者などとして証言する者の供述については、違法な捜査手法の下で検察官の意に沿う供述をしたというにとどまらず、これまでの実例及び検察実務に照らせば明らかに起訴されるべきであるのに、それが不問にされるという利益が与えられ続けている限り、その影響が及んでいると評価すべきであり、裁判所におかれては、その信用性について慎重に吟味されることを切望する。

と述べて、公訴棄却の主張に関した事情を、現金受領者の証言の信用性の評価において考慮することを求めている。

続いて、弁護人冒陳では、案里氏の立候補の背景と経緯について、以下のように述べている。

(1) 自民党広島県連は、参議院広島地方区での複数候補者の擁立に消極的な態度を取り続けていたが、複数候補者擁立によって、停滞していた政党活動・後援会活動が活性化され、党勢が拡大し、支持基盤が拡張されるという相乗効果を期待することができる一方、単独候補による安穏とした選挙を続けていれば、自民党の支持層による政党活動・後援会活動が低調となり、自民党の勢力が下降線をたどることを、克行氏も危惧していた。

(2) 自民党本部執行部においては、本件選挙で、合区の影響などもあり自民党の議席の減少が予測されたことから、「議席を獲得できる選挙区では積極的に候補者を擁立すべきである」との声が高まり、広島選挙区においては、既に公認を得ていた溝手氏に加えて、平成31年3月13日、2人目の候補者として案里氏を公認した。

(3)広島県連は、案里氏が公認されても県連として一切応援しないとの決議により、応援しない方針をとった。

(4) 広島県連では、参議院議員選挙が近づくと、衆参国会議員から立候補予定者・候補者への秘書派遣による、党勢拡大活動地盤培養活動などの政治活動の支援、選挙運動期間中には選挙運動の応援等が行われ、県連の要請により、広島県連職員、各種支持団体の関係者なども派遣されて同様の活動を行うのが通常であったが、案里氏については、公認が大幅に遅れたため、周知のための政治活動期間・立候補のための準備期間が明らかに不足しているのに、広島県連からの人的支援が得られず、後援会の設立や組織作り、後援会員の加入勧誘、政党支部の事務所立上げなどの政治活動や選挙運動に従事することとなる人員確保など体制作り自体に苦労する状況にあり、県議、衆議院議員として長い政治家としてのキャリアを有する克行氏が、その人脈を頼って、それら案里氏のための活動を行わざるを得なかった。

(5)克行氏は、ベテラン国会議員である溝手氏のほかに、若手で女性の目線で政策を訴える保守政治家の案里氏の存在を広めることにより、県民の新たな関心を呼び起こし、支持層の発掘を県内全域で行っていく必要があると考えていた。

(6)平成31年3月以降、克行氏及び案里氏らが行ってきた諸活動は、選挙区に該当する支部を割り当てられ候補者として、党勢拡大・地盤培養等の政治活動を行うとともに、政党支部事務所を立ち上げて、後援会活動を行うなどして、その存在と人柄を周知し、自らの信条・政見を浸透させていくものであった。

そして、克行氏自身の地盤培養について、以下のように述べている。

(7)克行氏は、7期目の衆議院議員であり、その当選回数や県議時代からの政治家としてのキャリアからすれば、広島県連の会長に就任する可能性もあったが、案里氏の立候補で、広島県連との関係が悪化し、それが影響して、支持者の地元県議や市議らが被告人から距離を置いたり、後援会組織の切り崩しが行われるおそれが生じた。県連会長に就任するため、自身の支持地盤を盤石なものとし、県議らの支持・支援を広く取り付ける必要性をそれまで以上に感じ、支持・支援者、後援会幹部、政治信条が近く親しい付き合いをしてきた首長、県議らをつなぎ止め、距離を縮めておかなければならないと考えた。

弁護人冒陳の立論は、克行氏の現金供与が、(1)~(5)の背景の下で、(6)及び(7)の「党勢拡大・地盤培養」のための寄附として行われたもので、「投票及び票の取りまとめ」のための現金供与ではなかったと主張するものだ。

問題は、このような弁護人の主張が、どこまで合理性を持つ立証となるかどうかだ。検察冒陳の前記(b)で主張しているように、実際の現金供与の際のやり取りには、「党勢拡大・地盤培養」のような動機を窺わせるものはないということになると、現金供与の趣旨が、弁護人冒陳で述べているようなものだったことをどのように立証できるかが問題になる。

   

今後の公判の展開は

以上のような、検察、弁護双方の冒陳から、今後の公判の展開を予想してみたい。

検察が、現金受領者側について刑事立件すらしていないという、公選法違反の刑事実務からは考えられない対応を行っていることは、検察の主張・立証の重大な「弱点」である。弁護人の「裏取引」を理由とする公訴棄却までは認められないとしても、各現金受領者の証人尋問での証言の信用性の評価に影響を与えることは避けがたい。現金供与の時期が選挙からかなり離れている上、現金授受の際の文言からも「投票・票の取りまとめ」の依頼の趣旨が明確とは言えないので、現金受領者側の認識如何ということになるが、現金受領者の公判証言の信用性に疑義が生じると、無罪方向に傾く可能性もある。

しかし、検察側には、弁護側主張に対する(a)~(c)の「強力な反論」がある。特に、(c)は、「現金供与が合法」との弁護側主張にとっては、決定的に不利な事実だ。

検察の起訴状では、克行氏は案里氏陣営の「統括主宰者」とされている。弁護側は、「選挙運動全般に関して報告を受け、了承するといった立場にはなかった」と主張して、「統括主宰者」であったことを否定しているが、判決で該当すると判断されれば法定刑も「4年以下の懲役」と重くなる。克行氏の起訴事実のほとんどが有罪となった場合、買収金額から言っても、実刑となる可能性が高い。検察の求刑が最高刑の4年、判決は、3年か3年6月の実刑ということになる可能性が高い。

 

克行氏「形勢逆転」の可能性は?

現在の状況は、前法相の克行氏が、検察に追い詰められ、崖っぷちに立たされていると言える。

しかし、検察冒陳の「2」「3」については、現金受領者の「選挙運動」の実態も相当あると思えるので、有罪を免れることは困難だと思われるが(克行氏の弁護側も、この点を認識しているからこそ、全体の処罰を免れる主張として、「裏取引」による公訴棄却を求めているものと思われる)、起訴金額の3分の2以上を占める「1」の県議・市町議・首長らに対する供与については、状況的にも「投票及び票のとりまとめ」の依頼と言えるかは、かなり微妙であり、「裏取引」の影響もあるので、公判証言の信用性には相当程度疑義が生じる可能性がある。

今年12月には証人尋問がすべて終わり、克行氏、案里氏の被告人質問が行われることになるが、それが、本件公判の最大のイベントとなるだろう。そこで(a)~(c)の検察の主張に対して、克行氏自身が「合理的な説明」ができれば、「1」について「一気に形勢逆転」という可能性もないではない。「1」の多くが無罪となれば、買収金額は大幅に減り、執行猶予の可能性が高くなる。

では、「形勢逆転の一手」となる(a)~(c)の検察の主張に関する克行氏の「合理的な説明」として、どのようなものが考えられるか。

 

(a)については、「領収書のやり取りがない」「収支報告書等への不記載」との事実で、「違法性の全くない政治資金の寄附」との説明は困難となるが、そのことが、「投票及び票の取りまとめ」の依頼だったことに直結するものかと言えば、必ずしもそうではない。「政治資金の寄附」にも、何らかの目的を持って、その事実を秘匿する「ヤミ献金」もある。政治資金規正法の目的には反する行為だが、実際に過去に相当広範囲に行われてきた。「ヤミ献金」にせざるを得なかった事情について「納得できる合理的な説明」が行われれば、「投票及び票の取りまとめ」のための現金供与であったことを否定する余地もある。

(b)については、「自民党の党勢拡大に向けての政治活動」「克行氏自身の政治活動」というのは、克行氏が、そういう目的で現金供与を行ったという主観の問題であり、それが、現金供与の際に、受領者側に表示されていなくても、そういう目的であったことが、ただちに否定されるわけではない。克行氏の現金供与が、そのような目的で行われたとの克行氏に説明の「裏付け」があれば、案里氏の選挙での「投票及び票の取りまとめ」を依頼する目的が否定される可能性もある。

(c)については、まさに露骨な罪証隠滅行為であり、克行氏側の説明・反論は相当に苦しい。しかし、露骨なデータ消去を行ってまで現金供与の事実を隠蔽しようとしたことについて、その目的が、案里氏の選挙での「投票及び票の取りまとめ」を依頼する「選挙買収」を隠すことではなく、他の理由によるものだったことについて、克行氏に、「納得できる合理的な説明」を行うことができれば、情勢は大きく変わることになる。

では、(a)及び(c)についての「納得できる合理的な説明」、(b)についての「裏付け」として何が考えられるか。

そこで重要となるのが、検察冒陳でも弁護人冒陳でも殆ど触れられていない「多額の現金買収を行うことにした経緯とその資金」である。そこには、本件の核心と言える「重大な事実」が隠されているように思われる。

本件への安倍首相の関与

本件に関しては、検察捜査が本格化する前から、案里氏の参議院選挙の選挙資金として、同じ選挙区の自民党候補溝手顕正氏の10倍の1億5000万円が提供されていたことが明らかになり、その巨額選挙資金提供が、溝手氏に対する個人的な悪感情を持つ安倍首相自身の意向によるものではないかとの憶測を生んでいた。その点に関して、これまでの報道と、弁護人冒陳の内容を対比すると、重要なことが見えてくる。

まず、この点に関して、以下のような事実が報じられている。

(ア) 自民党が参院選の候補者として案里氏を公認した3月13日の前後の2月28日と3月20日、自民党本部が案里氏代表を務める政党支部に1500万円を振り込んだ2日後の4月17日、自民党本部が案里氏の政党支部に3000万円を振り込んだ3日後の5月23日に安倍首相と克行氏とが単独で面会しており、6月10日に案里氏政党支部に3000万円、克行氏政党支部に4500万円が振り込まれた10日後の20日に安倍首相と克行氏とが単独で面会し、その一週間後の同月27日に克行の政党支部に3000万円が振り込まれている(首相動静)。

(イ) 安倍首相の秘書5人が、案里氏の選挙運動の応援に、山口から広島に派遣されていた(「安倍総理大臣秘書」と表現するよう克行氏側からの指示が出ていた(毎日))。

(ウ) 克行前法相が広島県議側に現金を渡した後に、安倍首相の秘書が同県議を訪ねて案里氏への支援を求めていた(共同)

(エ) 案里氏の後援会長を務めた繁政秀子・前広島県府中町議は、昨年5月に克行氏に現金30万円を渡された際、克行氏から「安倍さんから」と言われたと証言した。

ここで、改めて、本件現金供与の背景についての弁護人冒陳の記述を見てみよう。

上記(2)の「2人目の候補者として案里氏公認」を行ったのは自民党本部執行部であり、そこには、その決定の中心となった人物がいるはずである。一方、(4)は、公認が遅れ、しかも、広島県連が一切応援しないという姿勢であった案里氏の選挙に向けての政治活動が、人的にも資金的にも厳しい状況にあったという広島側の実情であり、それが、克行氏から自民党本部側に伝えられたからこそ、1億5000万円もの巨額の選挙資金が自民党本部から河井夫妻側に提供されることになったことは明らかである。

そこで重要なことは、この(4)の記述は、弁護人冒陳で、「多額の現金供与の背景事実」として主張されているということだ。つまり、(4)のような実情を克行氏から知らされた自民党本部執行部側の人物が、そのような厳しい情勢を乗り越えるために、「相当な資金」が必要になると認識したからこそ、破格の選挙資金の提供が行われた。そして、人的な面の不足を補うために派遣されたのが安倍首相の秘書5人だったと考えられる。

このような状況であった2019年3月の案里氏公認から7月の参院選公示までの間に、上記(ア)のとおり、公認直後、選挙資金提供の前後という「極めて重要なタイミング」で、克行氏は安倍首相と、「単独で」面談しているのである。

そして、(ウ)のとおり、安倍首相の秘書は、克行氏が現金を供与した先に、それと相前後して訪問して案里氏への支持を呼び掛けていた。検察冒陳で「なりふり構わず」と表現されているような露骨な現金供与のことを安倍首相の秘書が認識しなかったとは考えにくいし、克行氏が、現金供与を、「安倍首相の名代」として行っているとの認識を持っていたからこそ、「安倍さんから」などという言葉を漏らしたということであろう。

これらの事実を総合すれば、安倍首相が、克行氏が、自民党本部から提供した1億5000万円の選挙資金を実質的原資として行った(直接の原資は、借入等かもしれないが、党本部からの資金提供があったからこそ、選挙資金の収支上現金供与を行うことが可能となった)現金供与とその目的を認識し、容認していたことについて、「合理的な疑いを容れる余地はない」と考えられる。

克行氏にとって「逆転の一手」

上記の推認のとおりだとすると、克行氏には、被告人質問での実刑判決を免れる「逆転の一手」がある。それは、安倍首相が、現金供与とその目的を認識し、容認していたこと、その実質的原資が、自民党本部からの選挙資金であることを、包み隠さず、真実を供述することである。

それによって、弁護側主張に対する「強烈な反論」であった上記(a)~(c)の検察主張に対しても合理的な反論が可能となる。

まず、(a)(c)については、本件の現金供与が、安倍首相と単独面会して秘密裏に話し、了解を得た上で行われたものだとすれば、それは「表に出さない、裏政治資金の寄附」であり、だからこそ、領収書のやり取りは考えていなかったということになる。そして、その現金供与のリストを含むパソコンデータを削除したのも、克行氏にとって、それが選挙買収に当たる犯罪と認識していたからではなく、一国の総理も関与した「裏の金の流れ」についての決定的証拠を、捜査機関の手に渡すことができないと「首相を補佐する立場」で考えたが故の行動だったという説明は、相応に「納得できる合理的な説明」だと言える。

そして、(b)については、安倍首相との間で、上記(4)の広島県内の選挙情勢と、公認の遅れや県連の非協力から、人的、資金的に厳しい状況の中で、それを打開し、党勢拡大・地盤培養を行う目的について認識を共有していたのであれば、克行氏が、現金供与の際に口にしなかったとしても、党勢拡大・地盤培養のための政治資金としての現金供与であったとの弁護人冒陳での主張に、相応の裏付けがあるということになる。

以上のとおり、克行氏が、「安倍首相が、現金供与とその目的を認識し、容認していたこと」を供述した場合、議員・首長への現金供与の「1」の大半は、党勢拡大・地盤培養のための政治資金としての現金供与ということになり、無罪となる可能性が高くなる。克行氏が、無罪になれば、安倍首相も、現金供与についての認識があったとしても、同様に、刑事責任は問われないということになる(もっとも、政治資金規正法上の問題は別途生じうるし、政治的、社会的には重大な責任があり、総理の座にとどまることができないことは言うまでもない)。

解き明かされる「謎」

上記の推認のとおりだとすると、これまで、本件について「謎」であったことのいくつかが解き明かされることになる。

一つは、河井克行氏という当選7回の国会議員が、なぜ、「自ら」直接多額の現金を配布して回るという「前近代的」とも言える露骨な行動に及んだのか、という「謎」である。

急遽、妻の案里氏を参院選の候補として公認したものの、極めて厳しい状況を打開するためには、現金を配布して党勢拡大・地盤培養を図るしかないとの認識を、安倍首相と共有し、敢えて現金配布を行ったのであれば、克行氏の行動も、理解できないわけではない。逆に言えば、そういう事情がなければ、さすがに、克行氏も、そのような行動は行わなかったと考えられる。

もう一つは、検察が、現金受領者側をすべて刑事立件すらしていないという、従来の公選法違反事件の検察実務からは考えられない対応を行ったことも「謎」の一つであった。上記の推認のとおりであれば、「安倍首相関与」は、検察側も十分に認識しているはずだ。そうなると、もし、克行氏の側から「安倍首相関与」を主張し、供述した場合、「1」の議員・首長らに対する現金供与が無罪になる可能性が相当程度あることは、検察側も覚悟している可能性がある。検察に思い切り善意に解釈すれば、克行氏の公判の推移、判決を見る前に、現金受領者側の刑事処分を行うことができないということで、現金受領者側の刑事立件が行われていないということも、考え得る。

「安倍首相の体調悪化」の原因との関係

そして、現在の政局に関する重大な問題となっている「安倍首相の体調」が、8月頃から急に悪化していることと、この克行氏の刑事事件の公判との関係である。

上記の推認のとおりだとすると、安倍首相は、克行氏と同様に公選法違反の刑事責任を問われる可能性を認識していることになる。克行氏が、その点を一切明らかにしておらず、責任をすべて一人で抱え込んでいるというのは、安倍首相にとって、相当なストレスであり、河井夫妻の初公判が迫ってくれば、そこで、克行氏がどのように供述するのか、弁護人がどのように主張するのかが片時も頭から離れないことになる。それが、持病の潰瘍性大腸炎の悪化につながった可能性がある。

それでも、安倍首相には、少なくとも河井夫妻の公判で被告人質問も終わり結審するまでは、総理大臣を辞任することはできない。安倍首相がその地位にあるからこそ、これまで、克行氏も、首相の関与を含めて沈黙を通してきたし、検察捜査が自分には及ばなかった(憲法75条「国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない。」)。しかし、もし、「元総理」になってしまえば、その状況がどう変化するかわからない。

今日(8月28日)の夕刻、久々の安倍首相の記者会見が予定されているが、自ら総理大臣を「辞任」する可能性はほとんどないであろう。

今後も、河井夫妻事件の公判の展開からは目が離せない、特に、12月に行われるはずの克行氏の被告人質問は、政局にも絡む最大のイベントとなる。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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