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“ゴーン氏再保釈”の可能性が高いと考える理由

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
(写真:ロイター/アフロ)

 カルロス・ゴーン氏が、4回目の逮捕となった「オマーン・ルート」と呼ばれている特別背任容疑の勾留延長満期の4月22日に追起訴され、弁護人側がただちに保釈請求したと報じられている。

 この特別背任の事実の立証にも重大な問題があり、有罪立証のハードルは相当高いと思えるのに(【ゴーン氏「オマーン・ルート」特別背任に“重大な疑問”】)、マスコミは、日産からオマーンの販売代理店(SBA)への支払に「有用性」、「対価の相当性」があるか否かという犯罪の成否の最大のポイントについてはほとんど報じることなく、SBA側からゴーン氏の関連口座への金の流れが「還流」「流用」だと一方的な「有罪視報道」を行っている。

 今回の追起訴で「捜査終結」と報じられており、最大の注目点は、裁判所がゴーン氏の保釈を認めるかどうかだが、その点に関して、昨夜、TBSが【ゴーン被告の妻、“関係者”に接触】と題して、以下のように報じた。

 追起訴された日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告の妻が、保釈の条件としてゴーン被告が接触を禁じられていた複数の事件関係者に接触していたことがわかりました。

 カルロス・ゴーン被告(65)はオマーンの販売代理店に支出させた日産側の資金の一部を自らに還流させるなどした特別背任の罪で22日、追起訴されました。

 ゴーン被告が先月6日に保釈された際に裁判所はその条件として、指定した事件関係者との接触は弁護士を通して以外、禁じていました。しかし、ゴーン被告の妻のキャロルさんが保釈中に複数の事件関係者と電話やメールで接触していたことが関係者への取材でわかりました。

 東京地検特捜部はゴーン被告とキャロルさんの接見を禁止するよう22日、東京地裁に請求しましたが退けられたということです。

 一方、検察側はこの決定を不服として準抗告するものとみられます。

 キャロル夫人が電話やメールで「事件関係者」と接触していたということだが、「保釈の条件」として、指定した事件関係者との接触が禁じられていたのは被告人のゴーン氏本人であって、キャロル夫人は直接接触を禁止されるわけではないが、ゴーン氏と同居する夫人が、事件関係者と接触して罪証隠滅行為を行っていたということであれば、保釈の可否の判断に影響することは間違いない。

 検察側からのリークとしか考えられない「複数の事件関係者に接触していたことがわかりました」という話が、果たして、「罪証隠滅」と見られるような「接触」だったのだろうか。

 ここで注目すべきは、昨日の起訴の時点で、検察官が、ゴーン氏について「起訴後の接見禁止」を請求したのに、裁判所が請求を却下したことだ。それは、裁判所が、ゴーン氏が夫人を通じて「罪証隠滅」を行う「恐れ」を重視していないことを意味する(検察は準抗告するとのことだが、今回の事件に関する勾留、保釈等の決定に対する準抗告は、ゴーン氏、検察への有利不利を問わず、すべて棄却されており、裁判所が、当初の決定が、準抗告で覆ることがないよう慎重に行われていることが窺えるので、今回の起訴後の接見禁止の却下に対する準抗告も認められる可能性は低い。)。

 キャロル夫人は、検察の不当な捜索を受けて一度国外に出たが、再入国し、検察官が請求した起訴前の証人尋問も受けており、それによって、事件に関係しているかどうかは明らかになっているはずだ。その証人尋問の結果も踏まえ、電話等で「事件関係者」と話をした事実があったとしても、キャロル夫人を通じての「罪証隠滅」の疑い自体が認められないと判断されたからこそ、ゴーン氏とキャロル夫人との接見禁止の請求を却下したのであろう。ということは、裁判所が、ゴーン氏についての「罪証隠滅のおそれ」を相当低く見ていることを示していると見ることができる。

 

 ゴーン氏の3回目の保釈請求が許可された際、保釈に対して強硬に反対していた検察官は、起訴されていた金商法違反と「サウジアラビア・ルート」の特別背任についての「罪証隠滅のおそれ」に加えて、「オマーン・ルート」の特別背任の容疑についても捜査中であり、保釈すれば、同容疑についての罪証隠滅のおそれがあると強く主張したはずだ。裁判所は、そのような検察の主張にもかかわらず、10億円の保釈保証金で保釈を許可した。

 もちろん、保釈についての判断は、「人単位ではなく事件単位」が原則であり、余罪についての「罪証隠滅のおそれ」は、直接的に保釈を許可しない理由になるものではない。しかし、余罪による再逮捕の可能性があり、その事実について逮捕・起訴された場合に保釈が認められない可能性が高いということであれば、10億円の保釈保証金が、長期間、裁判所の手元に事実上拘束されることになり、ゴーン氏にとっては無駄な支払いだったことになる。

 そのようなことになる可能性も考慮した上で、裁判所は、前回、慎重に保釈の可否を判断したはずだ(オマーン・ルートの特別背任について、ゴーン氏の保釈後に有力な証拠が収集されて、急遽再逮捕となったのであれば話は別であるが、【前掲記事】でも書いたように、保釈後に特に捜査に進展があったとは思えない。)。

 オマーン・ルートでの再逮捕後の勾留決定に対する弁護側の準抗告、特別抗告が退けられたのが、「罪証隠滅のおそれ」を理由とするものであったことは確かだ。しかし、そもそも「勾留却下」には「保釈」のような罪証隠滅を防止するための条件を付けられないため、裁判所としては、勾留するか、無条件に釈放するかの選択肢しかない。勾留が認められたことが、保釈の可否の判断で「罪証隠滅のおそれ」が認められることにストレートに結びつくわけではない。

 今回の保釈請求も、前回の保釈と同様の条件を付けた上で許可される可能性が相当高いように思われる。

 

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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