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「ゴーン氏事件」と「竹田会長事件」の共通点と“決定的な違い”

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

 1月11日、検察は、ゴーン氏を、特別背任と直近3年分の有価証券報告書の虚偽記載で追起訴し、検察捜査も一つの節目を迎えた。同日、ゴーン氏側は、保釈を請求、連休明けには、裁判所の判断が出される。自白しなければ保釈が認められない「人質司法」の世界の典型と言える特捜事件についての従来の裁判所の姿勢からは、全面否認の特別背任事件についての早期保釈は考えにくいとの見方が多いが、「罪証隠滅のおそれ」の有無を具体的に判断するべきとする最近の裁判所の姿勢からは、ゴーン氏の事件については、早期保釈の可能性も十分にある(【“ゴーン氏早期保釈”の可能性が高いと考える理由】)。

 1月11日夕刻、こうしたゴーン氏の事件の追起訴、保釈請求と時を同じくして、フランスの司法当局が、日本オリンピック委員会(JOC)竹田恆和会長の東京五輪招致に絡む贈賄容疑での訴追に向けての予審手続を開始したと報じられた。そのタイミングが、日本の検察当局が日産、三菱自動車の前会長で、現在もフランスのルノーの会長であるカルロス・ゴーン氏を特別背任等での追起訴、保釈請求した日と一致したことで、ゴーン氏が逮捕され、長期間にわたって身柄拘束されていることに対するフランスの「報復」「意趣返し」ではないかという見方が出ている。

 五輪招致裏金疑惑問題については、2016年5月にフランス当局の捜査が開始されたと海外メディアで報じられた際に日本の国会でも取り上げられ、その後、2017年10月には、同じ構図の五輪招致疑惑で、リオ五輪招致をめぐるブラジルの捜査当局が、ブラジル・オリンピック委員会(BOC)の会長を逮捕するなど、刑事事件の動きは確実に進展していた。【JOC竹田会長「訴追」が招く東京五輪の危機】。捜査の開始時期からしても、その後の捜査の動きからしても、フランス当局の捜査が、昨年11月のゴーン氏の「衝撃的な逮捕」で表面化した「ゴーン氏事件」と無関係であることは明らかだ。

 一方で、「ゴーン氏事件」が、検察の追起訴と弁護側の保釈請求という、「身柄拘束の長期化=人質司法」に関する極めて重要な局面を迎えたのと同じ時点で、竹田会長に対する「訴追」に向けての手続の開始についてフランス当局側が明らかにしたことが、偶然の一致とも考えにくい。

 しかし、フランス当局が、このようなタイミングで竹田会長への「訴追」の動きを公表したことを「報復」とか「意趣返し」のような感情的なものとみるべきではない。東京五輪開催を1年半後に控え、その中心となる組織JOCのトップである竹田会長の事件(以下、「竹田会長事件」)とフランスを代表するルノーの現会長であるゴーン氏の事件には、多くの共通点がある。一方で、日本の検察当局がゴーン氏に対して行った捜査・起訴のやり方と、フランス司法当局が竹田会長に対して行っている捜査のやり方との間には大きな違いがある。この2つの比較を踏まえて、ゴーン氏に対する捜査・起訴の不当性について問題が指摘されたものと受け止め、2つの事件に対する日本社会の対応を考えるべきであろう。

「ゴーン氏事件」と「竹田会長事件」の共通点

 ゴーン氏が1月11日に追起訴された「特別背任」の事件と、竹田会長に対してフランス当局が予審手続を開始した「贈賄事件」の共通点として、以下の点がある。

 第1に、資金の流れの「趣旨」が問題になっていることだ。ゴーン氏の事件では、「CEOリザーブ」と言われるゴーン会長の権限で支出できる予算から、サウジアラビアの知人の実業家ジュファリ氏に合計約16億円が支出されたことについて、「ゴーン氏個人の取引に関して信用保証を行ったことへの謝礼の趣旨で、支出が会長の任務に反する行為だ」というのが検察の主張だ。一方、フランス当局の竹田会長に対する捜査の嫌疑は、オリンピック招致委員会がコンサルタント料として「ブラック・タイディングス」社に支払った約2億2500万円について、「国際陸上競技連盟(IAAF)前会長のラミン・ディアク氏の息子のパパマッサタ・ディアク氏に、2020年オリンピック開催地決定の際のIOC委員等の買収資金を提供する趣旨だった」という疑いだ。

 第2に、これらの趣旨について、ゴーン氏も、竹田会長も、犯罪や不正につながる趣旨を否定している。ゴーン氏は、勾留理由開示公判で、ジュファリ氏は日産に対して極めて重要な業務を推進してくれたので、同氏の会社からの請求に基づき、関係部署の承認に基づいて相応の金額の対価を支払ったと説明して「不正な支出」であることを否定しており、同氏の中東地域での日産への貢献に関して、「日産の資金調達を支援」、「日産が地元の販売代理店との間で紛争になった時、解決のために支援」、「湾岸地域全域で、業績不振に陥っていた販売代理店を日産が再編成することを支援し、日産が販売力の勝るトヨタなどの競合他社に競り勝てるようにしてくれた」、「日産がサウジアラビアに自動車工場を建設できるように交渉を支援」、「サウジ当局とのハイレベルの面談等の設定」などを挙げている。一方、竹田会長は、事件について、フランス当局による捜査が開始されたと報じられた時点から「正式な業務契約に基づく対価として支払った」と述べて不正を否定しており、今回の予審手続の開始が報じられたことに対しても、「昨年12月に聴取を受けたのは事実だが、聴取に対して内容は否定した」として不正を否定するコメントを発表している。

 第3に、資金を受け取った者が、いずれも、資金の流れ自体又は不正の趣旨を否定しており、しかも、捜査当局がその人物を聴取できていない。ジュファリ氏は、「日産自動車が販売代理店の問題を解決し、合弁会社設立に道を開くのを助けた」「日産から受け取った1470万ドル(約16億円)は正当な報酬」とする声明を出しており、パパマッサタ・ディアク氏は、共同通信の取材に対して、「竹田氏は私の父とも誰とも(五輪招致を)話し合ったことはない」と述べ「(疑惑に)竹田氏を巻き込むのはばかげている」と語ったとされている。日本の検察当局はジュファリ氏の聴取をすることなくゴーン氏を逮捕し、現時点では聴取未了であり(ゴーン氏の弁護人大鶴弁護士の記者会見での発言)、パパマッサタ・ディアク氏は、フランス当局が逮捕状を取り国際手配したものの、出身国のセネガルに滞在中で、セネガルは同氏の身柄引き渡しには応じていない。

 「ゴーン氏事件」と「竹田会長事件」の“決定的な違い”

 以上のように、ゴーン氏の特別背任事件と竹田会長の事件とは共通点があるが、一方で大きく異なっている点がある。

ゴーン氏の事件は、日産という株式会社の支出に関して、会社法の「特別背任罪」に問われているものであるのに対して、竹田会長の事件は、IOC委員側に、東京五輪招致に関して賄賂を贈ったという「贈収賄事件」である。

 取締役の任務違背行為を特別背任罪に問うのは、極めてハードルが高い。会社法・ガバナンスを専門とする山口利昭弁護士も指摘するように、

経営判断を過度に委縮させることがないように、一次的にはガバナンスや民事ルールによってコントロールされるべきものであり、刑事制裁が期待されるのは、法人の財産保護や事業活動の秩序維持のための最終局面なので、ハードルの高さはやむをえない

ビジネスのために支払ったとの疑いを払しょくできなければ任務違背行為を認定できず、『私的流用かビジネスか』といったレベルの心証であれば当然のことながら無罪

ということになる(【日産前会長特別背任事件-焦点となる三越事件高裁判決の判断基準】)。そういう意味では、前記のとおり、ゴーン氏がジュファリ氏側への支払について、中東での日産の事業のための正当な支払であったと説明し、ジュファリ氏側もその説明に沿う供述をすると、特別背任罪で有罪になる可能性は極めて低いということになる。

 一方、竹田会長の事件は、「組織の業務の従事者に、その義務に違反する行為を依頼する趣旨で利益供与を行う」ことによって成立するフランス刑法の「贈収賄罪」(このような「民民間の贈収賄行為」はフランス刑法では犯罪とされているが、日本では犯罪とはならない)である。IOC委員にIOC総会で東京五輪招致に便宜を図るよう依頼する趣旨の金銭がわたったということであれば、贈収賄が成立することは否定できない。

 竹田会長が理事長を務めていたオリンピック招致委員会から、2020年東京オリンピック招致の名目で、国際陸上競技連盟(IAAF)前会長のラミン・ディアク氏の息子に関係するシンガポールの銀行口座に7月に95万ドル、10月に137万5000ドル(合計日本円で約2億2500万円)の送金があったことが確認されており、後者は、9月7日にIOC総会で東京五輪招致が決まった後の送金であり、「成功報酬」であることは否定できない。

 しかも、英紙「The Guardian」によると、リオ五輪招致をめぐる贈収賄事件に関して、ブラジル連邦検察局は、フランス検察局の調査に基づいて、2013年、東京五輪招致委員会による2度目の支払い後、「ブラック・タイディングス」社の銀行口座から、パリの会社へパパマッサタ氏の宝石等の支払いとして8万5000ポンド(約1300万円)が送られていた事実を確認し、IOCに影響力のあったディアク氏の支援と投票を買収する意図を持って、リオ五輪と東京五輪において息子であるパパマッサタ氏に裏金が支払われたと認定したとのことである。招致委員会からの2億2500万円の支払が、東京五輪招致のためのIOC委員買収の賄賂として使われたことに関して、フランス当局は確証を持っているものと思われる。

 残された問題は、「ブラック・タイディングス」社に対して支払われた2億2500万円の支払が五輪招致のための賄賂資金だったとして、それが竹田会長が理事長を務めていた招致委員会内部でどのように認識され、どのように決定されたのかという組織内の問題であり、それについて、竹田会長が聴取を受けているということであろう。

 これに対して、招致委員会の支払の正当性を認め不正を否定するのがJOCの「外部調査チーム」による「調査報告書」であるが、そこには、「ブラック・タイディングス」社に対する支払金額の妥当性に関する客観的な資料は何ら示されておらず、同社を世界陸上北京大会を実現させた実績を持つ有能なコンサルタントだと判断したことの根拠も示されていない。凡そ「第三者調査」の名に値しないものであり、竹田会長などの当事者の「言い訳」をなぞって「不正なし」と結論づけただけのものに過ぎず、竹田会長をはじめ招致委員会関係者の犯罪の嫌疑を否定する意味を持つものではない(日経BizGate【第三者委員会が果たすべき役割と世の中の「誤解」】)。

「ゴーン氏事件」と「竹田会長事件」への日仏当局の対応の大きな違い

 このように考えると、ゴーン氏事件と竹田会長事件には、多くの共通点があるが、犯罪の嫌疑の程度、起訴された場合の有罪の可能性という点では、竹田会長事件と、ゴーン氏の特別背任事件との間には「決定的な違い」がある。

 ところが、両国の司法当局の対応は逆だ。日本の検察当局は、ゴーン氏を「退任後の報酬の支払の約束」に関する有価証券報告書の虚偽記載の罪で成田空港到着後にいきなり逮捕し、30日以上にわたって身柄拘束をした上に、特別背任罪で逮捕・起訴し、ゴーン氏は、逮捕後58日経った今も東京拘置所で勾留されている。一方で、3年以上前から東京五輪招致をめぐる贈収賄事件の捜査を行ってきたフランス当局は竹田会長の逮捕も行っておらず、慎重に捜査を進めている。

 以上のように両事件を比較すると、司法手続の適正さ、公正さという面で、日本の検察当局のやり方がいかに異常なものかが一層明白となる。フランス当局側が、「ゴーン氏事件」での重要な局面と同じタイミングで「竹田会長事件」の「訴追」に向けての手続を公表したことに、両者の違いを強調する意図があった可能性もあるだろう。

 今後の、ゴーン氏事件と竹田会長事件への日本社会としての対応では、この「共通点」と「決定的な違い」を十分に認識して行っていく必要があろう。

日本の政府として、社会として採るべき対応

 まず、ゴーン氏事件への対応だが、既に弁護人から出されている保釈請求について、裁判所が、「特捜部が起訴した特別背任の否認事件なので早期保釈はあり得ない」などという「固定観念」から離れて、起訴事実の嫌疑の程度と具体的な「罪証隠滅のおそれ」の有無の二つの面から適切に判断することだ。もし、不当な保釈請求却下が行われた場合、凶悪事件でもない経済事犯での身柄拘束が解消される見込みが全く立たないという異常な事態となる。その場合、日本の「人質司法」に対して国際的批判を受けることになるだろうが、本件でのゴーン氏の早期保釈は、適切な「罪証隠滅のおそれ」を判断すれば十分可能なのであり、決して国際的批判におもねるものではない。

そして、「竹田会長事件」に対しては、まず、今日(1月15日)に予定されている竹田会長の記者会見が極めて重要だ。予審手続の開始が報じられた直後のコメントのように調査報告書で「不正なし」とされたことを強調するだけでは、フランス当局で「訴追」に向けて手続が開始されたことに対するJOC会長としての説明責任を果たしたことにはならない。少なくとも、以下の点については、十分な説明を行うべきだ。

 (1) 「ブラック・タイディングス」社の招致実績を評価した具体的理由(電通に実績を確認した際に、実績についてどのような説明があったのか。特に、同社が世界陸上北京大会を実現させた実績は、いかなる手法によって実現されたと認識していたのか。)

 (2) 国会(平成28年5月16日衆院予算委員会)では「ブラック・タイディングス」社の活動報告書の所在についての質問に、「関係書類は、法人清算人で招致委員会元専務理事の水野正人氏が確実に保管している」と答弁している。招致関係の書類は、調査委員会の報告書では「全て破棄された」とされているが、書類は、いつ廃棄したのか。

 (3) 成功報酬を支払った際、東京五輪招致までの「ブラック・タイディング」社の活動の内容についてどのような説明を受けたのか。

 竹田会長は、今日の記者会見で、質疑応答に全く応じず、「調査委員会で不正が否定された」と一方的に自分の言い分を述べて、会見を打ち切った。質疑応答に応じないのであれば、記者会見ではなく、書面を配れば良いのであり、まさに「記者会見の偽装」と言うべきだ。

 JOC竹田会長側に説明責任を果たす気がないのであれば、国として事実解明を積極的に行うしかない。中立性・独立性という面で国民に十分納得できる委員からなる第三者委員会を政府が設置するか、或いは、福島原発事故について国会に設置されたような、独立した調査委員会を国会に設置することも検討すべきだ。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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