「貧困率悪化」「生活意識悪化」は本当にアベノミクスが原因なのか

↑ 公的データの引用だから主張は正しい……のか?

「貧困率悪化」は本当に「アベノミクス」が原因なのだろうか

当方のメイン運営サイトでここ数日の間集中して精査記事を展開しているのが、厚生労働省が2014年7月に発表した平成25年度版(2013年度版)となる「国民生活基礎調査の概況」と、その詳細値を収録した総務省統計局のデータベースe-Statのデータ。当然、「国民生活基礎調査の概況」の内容そのものをじっくりと調べるだけでなく、それに言及した他の記事にも目を向け、参考にしたり、新たな気付きを得たり、あるいは自分の持たない発想に驚かされたりもする。

そのような中で、少々首を傾げる記事が目に留まる。具体的には今ニュースコーナーにおいて先日掲載された「子どもの貧困率16.3%と過去最悪にしたアベノミクス-貧困連鎖がもたらす社会的損失と戦争のスパイラル」。自分と同じく「国民生活基礎調査の概況」をチェックしたのだな、と思って読み進めたが、後半部分はほぼ他者記事の引用によるもので、記事執筆者の主張を代弁させているのみであり、「国民生活基礎調査の概況」とは基本的には関係が無い。首を傾げたのは前半のの記事執筆者の主張部分。

まず「貧困率の状況」部分。具体的には「国民生活基礎調査の概況」で公開された概説レポートの18ページ、「7 貧困率の状況」部分が該当する。

↑ 表12 貧困率の年次推移
↑ 表12 貧困率の年次推移

数字的な貧困率は経年変化で上昇、つまり経済状況的には悪化し、憂慮すべき事態。そして今「国民生活基礎調査の概況」では相対的貧困率が前回調査(2009年)分と比べ、今回調査分(2012年分)では0.1%ポイント、子供の貧困率では15.7%から16.3%と0.6%ポイント増加(悪化)したことが「概況」では語られている。

問題なのは今件貧困率の悪化を「深刻な貧困化をすすめるアベノミクスの正体を明確に示しています」との解説表記。タイトル文にもその旨を書いており、これこそがもっとも言いたかった主張であることは容易に想像できる。

しかしながら。

表をよく見れば分かる通り、「相対的貧困率」「子供の貧困率」は共に、2012年時点の算出値である。今調査が実施されたのは2013年6月から7月、該当する部分は所得票・貯蓄票なので2013年7月11日時点で回答したもの。その時点ではまだ2013年は経過中のため、年ベースの数字が必要な貧困率算出には、すでに終了している2012年時点の値を問い合わせるのは当然の話。だからこそ表の上でも「2012年」と記載されている。

さて。

現在政府与党の自由民主党総裁である安倍晋三氏を首班とする安倍内閣が発足したのはいつだろうか。2012年12月26日である。つまり記事執筆者の論旨が正しいとすれば、安倍内閣は政権発足後1週間足らずにして、相対的貧困率・子供の貧困率を劇的に変化(悪化)させたことになる。

これは論理的には理解しがたい。いわゆる「ハネムーン期間」(政権交代や内閣交代に伴い施策の建て直しや調整のため、通常は100日、解釈によっては3か月や半年ほど、は施策が不安定化しうるため、評価は控えるべきとする考え方)まで考慮するとまったく対象外となる。

すでにこの時点で論理的にありえない状況ではあるが、さらに付け加えるとすれば、「風が吹けば桶屋が儲かる的な「経済波及効果」」「第2章 経済波及効果分析の概要(神奈川県)」などで解説の通り、仮に有効な経済施策を成したとしても、その施策が効果を発揮するのには一定の時間を要し、しかもその時間的問題は不明確。経済波及効果が起こるまでの所要時間は明確でない。「風が吹けば桶屋が儲かる」の言い回しで例えるなら、風が吹いた瞬間に桶屋が儲かるわけでは無いのである。

そして2009年から2012年の各値の変化状況は過去の動向とさほど変わらず、イレギュラーな動きをしているわけではない。2012年分が特筆すべき動きはしていない現状は、その推移をグラフすればよく分かる。

↑ 貧困率の年次推移(国民生活基礎調査より)
↑ 貧困率の年次推移(国民生活基礎調査より)

つまり貧困率が悪化しているのには違いないが、イレギュラー的な特別の動きをしているわけではなく、またいわゆる「アベノミクスの正体」との指摘は的外れなものとなる。

「生活意識」は2013年では向上している

続いて「生活意識」。この項目に関する値でも「数字の悪化」を記事執筆者は喧伝している。説明にいわく「回答時は2013年7月のものであり現政権の施策の影響が明確に云々」とある。

これについては「約6割が「厳しい」意識…生活意識の変化をグラフ化してみる(2014年)(最新)」「生活意識は全体と比べややゆとり…高齢者の生活意識の変化をグラフ化してみる(2014年)(最新)」「厳しさ募る「子供が居る世帯」の生活感…児童あり世帯の生活意識の変化をグラフ化してみる(2014年)(最新)」でそれぞれ全体値、高齢者世帯、子供を有する世帯の状況について解説しているが、直近の2013年分のデータでは、全体・高齢者世帯では前年2012年分よりも状況は改善、児童のいる世帯でもほぼ横ばいとの結果が出ている。

さらに母子世帯に関しては前年2012年分が抽出調査対象母集団数が少ないため参考値でしかないが、それを承知の上で比較すると、意識の上では改善の値が成されているのが実情である。「現政権の施策の影響」はまた別の話として、数字の悪化は確認できない(これは該当記事では2013年単体の数字と3年おきの値のみを例示しているため、そのように見えてしまうのも一因)。少なくとも「過去最悪の数字」では無い。「過去最悪の数字」はリーマンショックから立ち直り始めた矢先に震災の影響を受けた、2011年のものである。

↑ 生活意識別世帯数の構成割合の年次推移(国民生活基礎調査、1991-2013年)(全体値のみ、構成比棒グラフ)
↑ 生活意識別世帯数の構成割合の年次推移(国民生活基礎調査、1991-2013年)(全体値のみ、構成比棒グラフ)
↑ 生活意識別世帯数の構成割合の年次推移(国民生活基礎調査、2012年)(世帯状況別)
↑ 生活意識別世帯数の構成割合の年次推移(国民生活基礎調査、2012年)(世帯状況別)
↑ 生活意識別世帯数の構成割合の年次推移(国民生活基礎調査、2013年)(世帯状況別)
↑ 生活意識別世帯数の構成割合の年次推移(国民生活基礎調査、2013年)(世帯状況別)

先の解説の通り、現行政権政党がわずか半年で生活意識を引き上げるほどの施策を成し遂げたとは考えにくい。ただしこの時期、株価は上昇し為替レートも過度の円高から差し戻しつつあり、景況感としては安定の方向を目指していたことには違いない。

↑ 景気ウォッチャー調査による景気の先行き判断DI(全体)推移(2009年1月以降)。2012年末から2013年夏にかけて、先行きの景況感が大きく盛り返しているのが分かる。
↑ 景気ウォッチャー調査による景気の先行き判断DI(全体)推移(2009年1月以降)。2012年末から2013年夏にかけて、先行きの景況感が大きく盛り返しているのが分かる。

いずれにせよ2013年の「生活意識」の値のみを見て、「こうした過去最悪の数字は、深刻な貧困化をすすめるアベノミクスの正体を明確に示してい」るというのは話として筋が通りにくい。

さらに「生活意識」に関しては、他の意識調査同様、日本人特有のネガティブ思考…というよりは、全体を強く意識し個の優先順位を低くとらえる傾向が強く出ているとも考えられる。個を後回しにするからこそ、個々の立ち位置、状態は比較論として良くない状況下にあると認識してしまう。これは「世界の消費者マインドは上昇を続ける、が……景況感指数、日本は主要国中最低を維持」「日本の若者が抱えるネガティブシンキング、各国比較で上位独走!?」などで解説している通り、諸外国と比較した場合、日本独自の傾向として強く表れている。単年値として低めの値が出るのは、ある意味日本人の特性といえる(無論、経年変化で状況が悪化しているのはまた別の問題)。

提示されているデータが権威あるものでも……

該当記事の後半部分はほぼ引用であり、かつ「国民生活基礎調査」とは直接関係が無いことから解説は省くが、例えば「経済的徴兵制」(経済状態の悪化に伴い低所得者が兵役志願をしなければならなくなり、結果として経済面での徴兵制を敷いたのと同じになるとの説)は「「経済徴兵制」なる詭弁な言葉、その主張の行きつく先は、彼らが目指すものとは正反対の世界」などで指摘の通り、主張する側の意図する内容とはまったく逆の結果を意味していることになり、論理的に筋道が通らない。

また、「貧困率」そのものに関しても、奇しくも3年前に「国民生活基礎調査」で相対的貧困率が発表された際に騒ぎが起き、その際に解説を行った「相対的貧困率」について色々と考えてみる……(1)発表データのグラフ化と二つの貧困率」から連なる一連の解説記事にある通り、相対的貧困率と絶対的貧困率の違いがあり、それを混同してしまうのでは話に混乱が生じるばかりとなる。

経年変化で生活意識の状況がネガティブな値を積み増していること、子供を有する世帯、特に母子世帯の貧困問題は重要課題であることに違いは無い。中でも後者は「結婚していない女性により出生した子供(婚外子、非嫡出子)」の問題も絡んでくる。

ただし、事実誤認による誤解釈の上での問題提起、さらには問題提起あるいは主張・バッシングを行うための(意図的な)誤解釈は、これを肯定するわけにはいかない。目的のためには手段を選ばないのでは、いかなる調査結果も数字も意味を成さず、公的データの信頼性を悪用されたことになってしまう。

単なる誤解釈による間違いならば誰にでもある。お世辞ではないが当方も少なくない。しかし今件は該当記事の傾向を見る限りにおいては、「目的のためには手段を選ばない」の結果であると判断した方が道理は通る。

「「徴兵制」「軍事大国」「若者が前線に」…分かりやすく目立つ言葉で釣る、煽動とセンセーショナリズム手法」などで解説したが、センセーショナリズム的な、ミスリーディング的な手法のために、「国民生活基礎調査」のような貴重な定点観測的調査の結果が、しかも誤解釈の上で使われるのは、誠に遺憾ではある。

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