少子化対策にならない幼稚園・保育園無償化

幼稚園・保育園無償化が10月から施行される(写真:アフロ)

10月から幼稚園・保育園の無償化が始まる。

すべての3~5歳児と低所得世帯の0~2歳児が対象で、幼稚園、認可保育所、認定こども園、企業主導型保育所などの利用料が、世帯収入に関わらず一律に無償化される。

認可外保育所でも、3~5歳児は月額3.7万円(認可保育所の保育料の全国平均額)まで、低所得世帯の0~2歳児は月額4.2万円までの利用料が無料になる。

幼稚園・保育園の無償化は長期的には少子化問題に対する有効策となりえるが、現状ではむしろ悪化させるだろう。

幼稚園・保育園無償化は2012年に成立し2015年より施行された子ども・子育て支援関連三法の一環として実施される。

この法律は、幼児教育・保育の環境改善を段階的に実施するもので、以下の3つを柱としている(参考:内閣府 子ども・子育て支援制度の概要)。

1. 認定こども園・幼稚園・保育所などを通じた施設型給付および小規模保育などへの地域型保育給付の創設

2. 認定こども園制度の改善(幼保連携型認定こども園の改善等)

3. 地域の実情に応じた子ども・子育て支援の充実

この中の1を実現する政策として幼児教育・保育無償化が実施される。

だが、日本の特に大都市圏で問題になっているのは保育料の値段ではなく、保育園不足である。

単純に考えて、供給が増えないままに保育園が無償化すれば、需要だけが膨れ上がり、保育園不足がますます悪化するのは目に見えている。

また、同じ大都市内でも保育園が不足しているエリアと余っているエリアがある。

幼稚園も合わせれば、就学前幼児の教育・保育施設は全体ではむしろ余り気味ともいえる。

実際のところ、ここ数年の施設数を見ると、幼稚園は減少し続けている。

例えば平成29年の全国の幼稚園数は10,878園で前年より374園減少している。

これに対して、平成29年の全国の保育園の数は27,137園で前年より1,329園増えている。

少子化なので幼稚園の数が需要とともに減っているのは当然とも言えるが、保育園に対する需要は増えているということである。 

このように、需要が減っている幼稚園を一律無償化することに合理性はあるのだろうか。

そもそも幼稚園はフルタイムで働く母親に対する助けにもならない。

保育園だけを無償化したら不公平だから幼稚園も無償化しよう、という程度の思い付きなのではないかと疑いたくなる。

不公平という視点で考えた場合、幼稚園無償化が所得の再分配機能を持っているならまだ理解できるが、その機能も薄い。

完全無償化の対象になるのは子ども・子育て支援制度に移行している幼稚園だが、こうした幼稚園はすでに所得に応じた園料を払うことになっている。

今回の施策で恩恵を被るのは、それ以外の私立幼稚園・国立幼稚園なので、むしろ所得の高い世帯だ。

これは保育園についても言えることだが、無償化される認可保育所や認定こども園の保育料は、すでに世帯収入によって定められており、低所得世帯は現状でも実質的に無償化されている。

つまり幼稚園・保育園を一律無償化した場合、最も経済的恩恵が厚いのは高所得世帯であり、今回の施策は所得再分配機能には乏しい。

保育園無償化で共働き世帯の状況は悪化

一方、高い保育料を払う能力のある高所得世帯、特に共働き世帯の場合、保育園無償化は彼らが直面している保育園不足の解消どころか需要増による状況悪化にしかならない。

また、今回の無償化は認可外保育所も対象としており、上限付きとはいえ、認可施設と同程度に実質的無償化されることになる。

5年間の猶予付きの経過措置であるとされているが、これでは認可外保育施設の安全性や質の問題を5年間も放置し続けるということに等しい。

認可外保育施設のすべてに問題がある訳ではもちろんない。

だが5年間の猶予期間で、どれだけ認可外保育施設の環境改善や安全対策、監督制度の整備がなされるのか疑問だ。

優先順位が低い幼稚園・保育園・認可外保育施設を一律に無償化する予算を、もっと優先度の高い問題に充てるべきである。

保育園関連で優先度の高い問題

日本の大都市圏で保育園不足が起こっている原因の一つは、多くの専門家が指摘しているように保育士不足である。

厚労省によると、保育分野における人材不足の原因は保育士の待遇と労働環境だ。(参考:厚労省 保育分野における人材不足の現状

保育士不足の理由には、保育士の高い離職率とともに、そもそも保育士にならないということが挙げられる。

まず、保育士養成施設で保育士資格を取得した卒業者の約半数は保育所に就職していない。

そして、保育士としての勤務経験を持つ人たちのうち、約半数が平均勤続年数五年未満で、早期離職の傾向も顕著だ。

保育士資格を持つ人は潜在保育士なのに、約半数は保育園以外に就職する。そして、保育園に就職した人でも五年未満に辞めてしまう。

つまり人材不足ではなく、人材を活用できていないということだ。

ハローワークによれば、保育資格保有求職者のうち約半数は保育士としての就業を希望していない。

保育士として就業している人たちが保育士としての就業を希望しない理由は「責任の重さ・事故への不安」「保護者との関係が難しい」「教育・研修体制への不満」となっている。

保育士不足によって一人当たりにかかる負担が非常に多く、仕事がきついのみならず、一人で面倒を見なければならない子どもの数も多く、こなさなければならない事務作業や雑務も増えているので、事故などを起こす危険も高い。

しかもそういった不安に対して、研修などの支援も乏しい。

せっかく保育士になっても、現実を目の当たりにして保育士として働き続けることをあきらめてしまうということだ。

また、上記の理由に加えて、保育士たち自身のワークライフバランスの問題も考慮すべきである。

保育士としての就業を希望しない理由の上位には、「就業時間が希望とあわない」があるほか、職場環境の環境改善に関する項目としては「賃金が希望とあわない」「自身の健康・体力への不安」「休暇が少ない・休暇が取りにくい」ことなどが挙げられている。

保育士としての就業を希望しない理由が解消した場合の保育士への就業希望については6割以上が「希望する」と答えている。

離職を防ぎ、保育士としてキャリアを積む人を増やすために、保育士の給与アップ、労働環境の改善は必須だ。

保育士の待遇改善なくして、保育園不足問題の改善はあり得ない。

保育士不足と女性差別

保育士不足の問題の根は深い。

日本の少子化の原因は、長時間労働や転勤文化と、そうした男性中心の企業文化と密接に絡み合った企業の女性差別(そもそも正規職に雇ってもらえない、マミートラックに乗せられる、昇進機会が少ない、賃金が低いなど)、婚外子差別などだが、それに拍車をかけているのが保育園不足である。

そして、保育士不足そのものも日本の女性差別と密接に絡み合っているのだ。

というのも、保育・看護・介護といった、伝統的に女性の仕事とされてきたケア分野の経済的価値が低く抑えられている背景には「女でもできる仕事」「「男の仕事」と比べて専門性が低い」といった価値観があるからだ。

保育という仕事は、母性などと結びつけられやすい。

専門性ではなく、女性ならば本能でできるものだという思い込みは、子育ては出産・授乳ができ「母性本能」を持っている女性の方が得意、女性の仕事であるという社会通念、固定観念によるものが大きい。

しかも育児などのケアの仕事は、神聖視されがちで、清貧たれという期待もある。

保育は「女なら本能でできる仕事」で、専門性が必要なく、神聖な職業は清貧たれ、といった思い込みがあるからこそ、いつまでたっても保育士の待遇が改善しないのだ。

育児・家事バウチャーの方が便利

とはいえ、日本の根強い女性差別が改善されるのを待っているだけでは、そうした理不尽な社会で、それでも頑張って働いている多くの女性労働者があまりにも報われない。

筆者の知人・友人にも保活で苦労している人は多い。

共働きもいればフリーランスもいるが、保育園に入れられるかどうかは彼女らにとって死活問題である。

子どもを保育園に入れることができなければ、育休を延長するか仕事を辞めるしかない。

フリーランスやリモートなどの働き方でも、保育園に預けるか、自宅に子どもの世話をしてくれる人(ベビーシッター・両親など)がいなければ、まともに仕事が進まない。

子どもの世話をしながら、家事までこなしたうえで仕事をするなど不可能に近い。

こう考えたとき、少子化対策として働く母親の支援をしたいのならば、幼稚園や認可外保育施設まで含めて一律に無償化するよりも、ベビーシッターや家事手伝いのメイドを雇う費用まで幅広く使えるバウチャーでも支給してくれた方がよほど助かる。

日米保育事情比較

ここで、日本の保育事情をアメリカの事情と比べてみたい。

アメリカは州や町によって保育事情がかなり異なるが、筆者が住んでいるメリーランド州(ワシントンDC郊外)の保育事情は東京や横浜などにとっても参考になるだろう。

まず、アメリカの一般的な保育園探しのプロセスだが、基本的に自分で口コミを読んだり訪問したりして、子どもを入れたい保育園と直接やり取りをする。

希望の保育園に入れられるかどうかに役所が絡むことはない。

空きがあればすぐに入れられるので、タイミングを合わせる必要はない。

最初からフルタイムで預ける必要もなく、パートタイムで週何回かだけ預けたりといった利用の仕方もできるので、日本の認定保育園よりはるかに柔軟だ。

もちろん人気の保育園は数か月待ちということもあるが、こだわりすぎなければすぐに見つかる。

人気の保育園のウェイトリストで気長に待ちつつ、近所の保育園に預けて仕事に復帰することもできる。

アメリカの保育園の保育料は日本よりもはるかに高い。

例えば0~2歳の乳児をフルタイムで預けた場合、おおよそ週に400ドルほどかかる(アメリカは週払いが多い)ので、一か月で1600ドル超となる。子どもが二人・三人いると、一か月の母親の給料が丸ごと保育料に消えるなどということも珍しくない。

色々とこだわった教育プログラムを導入しているような「お高め」の保育園はもっと保育料が高く、子ども一人で月2,000ドル以上かかる。

だが、高い保育料を払っても、長期的にペイするので、保育園に入れて働き続ける女性が多い。

保育園不足問題がないので、子どもが小さい時だけの特殊費用だと思って高い保育料さえ払えば、共働きを続けることができる。

また、メリーランド州の場合低所得家庭は州から補助金(バウチャー・スカラシップ)がもらえる。

保育園のほかベビーシッター費用などについても月20時間まで補助してくれる上、仕事のみならず、学校や職業訓練プログラムを受講するためなどにも利用できる。

こうした施策から見えてくるのは、どんなに高い保育料を払ってでも、それなりに高い給与を得ている人たちは保育園にさえ預けられれば長期的キャリアを考えて働き続けるということである。

また、高い保育料を補助するためのバウチャーによって、低所得家庭でも州の認可を受けた保育園に預けることができる。

重要なのは、保育料が安いかどうかではなく、生活圏内に保育園があるということだ。

何でもいいから子どもを預けられる場所を増やすために、質や安全性の不確かな認可外保育施設を乱立させるのでは、子育てという観点から見て、本末転倒も甚だしい。

保育園の供給量は変わらないまま一律に無償化して需要だけ上げて、さらに高所得世帯ばかりが得をするような施策、しかも質や安全性も不確かな認可外保育施設まで総動員しても、少子化対策に有効な施策にはなりえない。

世帯所得を考慮した公平性とともに、保育士も含めて働く女性をもっと直接的に援助する施策が急務だ。