GSOMIA終了:韓国における日米韓安保体制の価値の低下

今となっては笑顔がむなしい日米韓外相会議(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

前回の記事に続く形でこの記事を執筆していたのだが、韓国がGSOMIA終了を発表したので、韓国に関する考察よりも日米韓関係に関する考察を中心に論じる。

前回の記事では、韓国が日本への態度を覆すような態度を取るようになった経緯について、韓国の民主化、市民社会の発展、経済力の向上が韓国の人々の心情に変化を与えたという点から論じた。

特に根本的な要因として、民主化前後の韓国が韓国の人々にとっては戦前戦後の日本、もしくは明治維新前後の日本くらい違うものであること、日韓基本条約がその内容を韓国民に秘匿した状態で結ばれたものであったこと、そして日本の政府要人が歴史修正的言動を繰り返してきたことを挙げた。

日本から見ると日韓基本条約を違えるかのような態度に見える韓国だが、実際のところ請求協定含めて条約改正の意思は示していない。

行政が請求権を否定してきたのに司法が一部の個人賠償請求権は消滅していないという決定を下したのは、韓国の三権分立が日本以上に強く機能しているためだが、その司法も認めているのは人道問題に関わる一部分にすぎない。

法解釈によって国民の新たな要求に答えようとする司法に対して、韓国政府は日本との関係は現状を維持しつつ司法の決定を受けて日本と共同で解決策を模索しようとしていたのだが、日本政府は韓国が態度を覆し、約束を違えたと捉えた。

しかし、国家体制が変わるとともに条約など、国家間の取り決めを改正するのは珍しいことではない。

例えば国家間の債務について、Odious debt(汚い負債)という考え方がある。

旧植民地における旧宗主国や発展途上国の独裁政権下で独裁者が作った借金に対して、体制が変わった後の新政府とその国民が返済義務を負うべきなのかを問うコンセプトだ。

国民の意思が反映されない政府が作った国民に対する利益も定かでない負債を、新政府とその国民に求めるのはフェアではないとの考えに基づく理論である。

体制が変わるとともに新政府が国民に不利益となる債務の返済額や返済方法、不平等条約の改正などの交渉を行うのは、新政府が国民に負う義務であると考えることもできる。

国によっては大統領が交代したことをもって、一方的に債務をデフォルトするようなケースもあるが、これは国際法上の慣習を大きく逸脱していると見なされるだろう。

また、一時のナショナリズムにかられて国交に関わる条約を破棄して窮地に陥った国もある。

戦後の日本と韓国の場合、独裁政権側だった韓国が一方的に不利益な負債を負っているわけではなく、日本から提供された補償金や円借款は確かに韓国の発展に貢献したのでOdious debtの理論は当てはまらない。

だが条約によって明らかに不利益を被っている人たちがおり、しかもこの条約が独裁政権によって国民に内容が秘匿された状態で結ばれたという点を考慮すれば、韓国政府は体制転換とともに条約改正の道を模索すべきだった。

日本もそこで対応していれば、歴史問題についてここまで両国がこじれることもなかっただろう。

日韓両国の戦後レジーム

ではなぜ韓国は植民地支配について大きな禍根を残すこととなった日韓基本条約を民主化後もそのまま維持してきたのだろうか。

それは、長らく日韓両国が戦後レジームに縛られてきたからだ。

第2次安倍内閣発足当初、安倍首相は「戦後レジームからの脱却」を主張していた。

彼の言う「戦後レジーム」とは日本が侵略したアジア諸国、とりわけ中韓に謝り続け、先制攻撃を含む戦争を禁じる憲法9条の存在という二点に尽きる。

だが日本の戦後レジームとは本来、敗戦後にCIAの援助を受けた岸信介をはじめ、米国の援助の下で自民党という米国の傀儡政権が冷戦構造の下ほぼ一貫して権力を掌握し続けてきたことだ。

現在も、元A級戦犯であり、戦後は国をアメリカに売り渡したとも言える岸信介の孫が世襲よろしく政権を取っている。

しかも、せっかく明治以降、米国との不平等条約を改正し、戦後結んだ新条約では両国関係は対等になったのに、安保体制の下に実質的不平等条約を結んでしまった。

こうした状態こそ日本の戦後レジームが現在も続いていることを示している。

同様に、解放後の韓国では米国の支援を受けた李承晩大統領が誕生し、朝鮮戦争後も冷戦構造の下、ますます米国の影響が強まった。

日韓の国交回復自体、米国の仲介無しにはなしえなかった。

軍事独裁の朴正煕政権下で日韓国交回復による「65年体制」という日米韓の連携という米国主導の安保体制が成立し、それを維持することは冷戦下の日本と韓国にとって国防上の至上命題となった。

米国の傀儡政権であり続けた自民党の日本は勿論、韓国の軍事独裁政権も民主化後の政権も、長らく米国に逆らうことは無かった。

だからこそ日韓基本条約も何も手を加えられることなく維持され続けたのである。

今さら条約を改正することは考えにくいが、法解釈を変えてきたことは韓国の対外政策の変化でもある。

韓国政府は、90年代になって明らかになった朝鮮戦争時の米軍による韓国人虐殺事件や戦後の民間人殺傷事件に対して正義を求める国民の声の高まりに対応し、米国と根強く交渉し続けてきた。

元々は日米地位協定よりも不利だった韓米地位協定も、今では在留米軍の犯罪に対して日本政府よりも韓国政府の方が強い立場にある。

日本では「韓国人は反日だ」と捉えられているが、韓国の人々は日本だけでなく米国に対しても、また自国政府に対しても、必要とあれば厳しい目を向けてきた。

日本が数十年間も安保体制による不平等な日米関係に囚われている間、韓米関係は徐々に変化していったのである。

韓国のGSOMIA終了は日本に対する報復としてだけでなく、米軍基地に対する負担増を毎年要求するトランプ政権に対する応酬でもあると見るべきだ。

韓国が国防を米国に頼り切る体制を脱し自主外交の道を模索しようとしているのは明らかだが、こうした傾向は左派あるいはリベラル政権の時に特に如実に現れる。

右派保守政権だった朴槿恵政権下で締結されたGSOMIAを数年もせずに破棄すれば、米国の困惑と怒りは必至だが、文政権は日本への対抗処置としてそれをあっさりと決定した。

もはや米国でさえ韓国を押さえつけることはできなくなっているのは、東アジアにおける米国の影響力の低下を如実に表している。

また、韓国の左派にとって日米韓の連携による安全保障は、日本と米国が考えているほどには高い重要性を持っていないということも今回の決定を後押ししたと考えられる。

二週間前の調査では、韓国人の48%が政府にGSOMIA終了を支持している。(ハンギョレ新聞:http://m.hani.co.kr/arti/politics/assembly/904841.html#cb(韓国語))

政治制度としての民主主義の限界

残念なことに、選挙も政治も、国益や国民の実益のためだけに機能するシステムではない。

政治制度としての民主主義の限界とも言えるが、国民はしばしば自己の利益よりもイデオロギーに投票し、自己の利益や国益を損なう政治家を当選させてしまう。

そうして選ばれた政治家は国益や国民の利益ではなく、再選や支持率のための分かりやすいシンボル的行動で人気取りを図る。

日本政府は「歴史戦」の報復として安全保障上の「信頼」を理由に貿易戦争を始めるという、国際的に見ても前例の無い行動を取った。

「歴史戦」を安全保障と貿易の問題に持ち込んだことで、韓国の信頼を失い、日米韓の連携という安全保障体制の土台を揺るがした上に、韓国に歴史問題での徹底抗戦を決意させてしまった。

一方の韓国はGSOMIA終了に際して、韓米関係の一層の強化と米軍基地の負担増に言及しているが、それは国民に負担増を強いる決定だ。

歴史問題で日本と戦い続けるために国民に負担増を強いるのは本末転倒だが、今回の決定は韓国政府が国益よりもシンボリックな対日関係での強硬姿勢を取り続けることを重視していることを意味する。

日韓両国ともに政治制度としての民主主義の限界に直面しているのは明らかだ。

だが、韓国の今回の行動によって米国は日韓の歴史問題と貿易戦争の問題に仲介せざるを得なくなった。

韓国は米国を利用することで問題解決を図ろうとしている。

前回からの繰り返しになるが、米国も含め国際世論は日本の歴史戦に批判的だ。

歴史問題で米国が日本の肩を持つことはまずない。

米国が介入してくれば、日本は貿易による歴史戦を中断せざるを得なくなり、面子を失う。

これまで米国の言うことにはなんでも従ってきた自民党政権が、この問題でだけ米国の圧力と戦うとは思えない。

韓国では政府の歴史問題をめぐる対応に対して世論が分かれ、メディアでも政府に批判的な意見が少なくないのに対し、日本では政府に対する批判的論調が弱く、また少ない。

日本のメディアは日本が貿易を安全保証の問題にすり替えて「歴史戦」を貿易に持ち込み、日米韓の連携という安全保障体制を危機に陥れた責任をしっかりと問うべきである。

この記事の前半はこちら