沖縄県知事選は沖縄の「民族的プライド」をかけた市民運動

沖縄の誇りを胸に、デニー陣営を支える若者たち。(写真提供:普久原朝日)

私は今、県知事選挙戦真っ只中の沖縄に来ている。

9/30の投票日に向けて、デニー陣営と佐喜真陣営が接戦を繰り広げている。

前々回前回の記事でも書いたように、沖縄は日本の植民地であるだけでなく、支配者である日本の敗戦によって、アメリカの支配も受けるようになった二重の植民地である。

何十年もの間このような二重の植民地状況にある沖縄の人々にとって、誰を知事に選ぶかは沖縄が日本とアメリカという二つの帝国とどう渡り合うかを決めることと同じだ。

こうした沖縄の状況にあって、市民活動の中から知事に押し上げられ、日本とアメリカに対して堂々と渡りあったのが亡くなった翁長雄志前知事であった。

植民地で生まれ育った人々にとって「植民地支配されている」と認識することは困難な場合が多い。

生まれたときから自分たち以外の「他者」が圧倒的な存在感、威圧感、文化や軍事力を以って自分たちの生活様式や考え方に影響を及ぼしているのが当たり前だからだ。

だが、支配されているということに無自覚でも、自分たちが植民地であるということに気付けなくても、何か違和感を持っている人というのは多い。

沖縄と同じように日本に支配されていた韓国や台湾でも、アメリカに植民地支配されていたフィリピンや、現在もアメリカの植民地であるプエルトリコや、現在は完全にアメリカの一部となったハワイでも、「支配されている状況」に大なり小なり違和感を持っている人達が存在し続けたからこそ、民族自決や自治権確立のための市民活動や独立戦争が民衆の支持を集めることができたのだ。

世界にはさまざまな植民地があるが、沖縄の状況や歴史はハワイとよく似ている。

ハワイはもともと独立国家だったが1893年のアメリカの軍事侵攻を機に1900年に強制的に併合された。

1896年にハワイ語の使用が禁じられ、西洋化が進む中で独自の文化を奪われ、今ではハワイ語が流暢に話せるネイティブの人は少なく、殆どが英語しか話せない。

また、ハワイはアメリカ軍基地の存在も大きく、ハワイ人口の8%は軍関係者であり、ハワイの土地の5%が基地であり、ハワイ経済の3%が軍関係である。(参照:http://fluoridealert.org/wp-content/uploads/hawaii-military-presence.pdf

第二次世界大戦中には軍事支配の影響はより大きく、人権蹂躙や軍人によるネイティブハワイアンの人々に対する抑圧や暴力が横行していた。

そして何より、現在のハワイ経済やハワイの政治におけるネイティブハワイアンの存在感の小ささは、ハワイが未だに植民地であり、ネイティブハワイアンの人々が支配され、搾取される存在であることを示している。

ハワイ経済を支える大規模なプランテーション農業も観光業もそのオーナーの殆どが白人である一方、ネイティブハワイアンの人々の貧困率はハワイの他の人種やエスニックグループよりもずっと高い。

だが、アメリカで人種差別を撤廃するための公民権運動が盛り上がった1960年代以降、ネイティブハワイアンの人々も少しずつ声をあげるようになっていった。

その中でも最も重要な契機は、1976年のカホオラウェ島での反軍事基地運動である。聖地のある島で爆撃訓練などを行う軍に対する抗議活動はその後も続き、1994年にとうとう米軍はカホオラウェ島での爆撃をやめた。

そして、1980年代の市民活動・政治活動の盛り上がりによって、政治や文化面におけるネイティブハワイアンの地位は大きく向上した。

ネイティブハワイアンの聖地を取り戻すためのデモや座り込み、裁判、文化保護を求める積極的な活動が展開され、ネイティブハワイアンの声を届けられる政治家を選ぶ社会的雰囲気も醸成された。

今では州の法律によって、ハワイ語による地名表記が義務化されているし、ハワイ語による学校教育も数は少ないながら幼稚園から大学院まである。

言語、文化、土地を奪われ、経済でも政治でも力を奪われ続けてきたネイティブハワイアンの人々は、諦めることなく、白人の政治的、経済的、文化的圧政に市民運動や政治活動を通じて抗い続けたのである。

これらの変化は全て、ネイティブハワイアンの人々がアメリカ本土と白人による植民支配に対して、政治や市民活動によって争い続けてきたことで得られた結果だ。

そして、ハワイで1960年代から80年代にかけて起こっていたこうした市民運動のうねりが、今の沖縄で起こっている。

沖縄は琉球王国という独立した国家だったが1870年代から90年代にかけての琉球処分によって日本に強制併合され、近代化の名の下に、言語も文化も政治的独立も全て剥奪された。

第二次世界大戦ではアメリカとの交戦の最前線に立たされて多大な犠牲者を出し、戦後は日本本土を守る人身御供として、米軍基地を一身に背負う存在として日本に都合よく利用され続けてきた。

言語も文化も民族的プライドも奪われ、「少数民族である」という自覚すら持つ機会を奪われ、沖縄の社会経済的困難の原因が植民地経済の収奪構造であることを自覚することも、それに対して大々的に声を上げることもしてこなかった。

本土のオーナー企業が沖縄でいくら稼いでも、その利益は本土の企業に行くばかりで「沖縄は物価が安い」という理由で低賃金で働く沖縄の労働者の懐にはわずかにしか入ってこない。

この構造はまさしく植民地経済である。

植民地経済というのは、植民地で生産されたものを本国で高く売る、あるいは本国で生産されたものを植民地に高く売り付ける、という賃金格差、経済格差を背景にした「分業」である。

こうした植民地支配の状況にある沖縄で、沖縄県民という民族的プライドを前面に出し、日本とアメリカという二つの支配者ともっと対等な関係を築ための政治をしようという機運が高まったのが前回の県知事選であり、沖縄県民はそれを託すことのできる翁長氏を知事に選んだ。

そして今回の選挙でその翁長氏の志を継いでいるのが玉城(たまき)デニー氏である。

外交に力を入れてアジア諸国との関係を築き、日本とアメリカとの関係性を変え、沖縄県民の置かれている経済状況を変えながら、県民の生活を改善しようという訴えは、沖縄がかつて琉球王国だった頃の社会経済的地位や民族的プライドを取り戻そうという主張にも聞こえる。

ネイティブハワイアンが政治や市民運動を通じて成し遂げたことを沖縄県の人々がそのまま成し遂げることは難しいだろう。

アメリカ政府と直接交渉できるハワイと、日本を介さなければアメリカを動かすことができない沖縄では立場が違うからだ。

テコでも動こうとしない頑なな日本政府を動かすのは難しいかもしれない。

それでも、今の沖縄にはこれまでの沖縄を変えようという大きな変化が起こっていることは確かだ。