日本人も関心を向けるべき、トランプ氏の人種主義

(写真:ロイター/アフロ)

トランプ氏の大統領就任まであと10日だが、アメリカでは未だにトランプ氏の大統領就任に対して根強い反対意見がある。女優のメリル・ストリープ氏によるスピーチが多くの共感を呼び、それに対するトランプ氏の反論も話題を呼んでいる。

(出典:http://www.nytimes.com/2017/01/08/arts/television/meryl-streep-golden-globes-speech.html

一方、日本ではトランプ氏の人種差別的主張の何が問題なのか、アメリカの社会や文化を俯瞰した上での問題提起が少ないように感じる。

実は、今回の大統領選において、私はヒラリークリントン氏よりもトランプ氏が大統領になる方が、日本や諸外国にとっては良いのではないかと考えていた。それは、トランプ氏の政治手腕に期待しているからではなく、トランプ氏がアメリカの政治を瓦解させ、世界におけるアメリカのプレゼンスに破壊的ダメージをもたらし、それがアメリカに依存している国々、アメリカに虐げられている国々、そしてアメリカの新自由主義とグローバリズムを無批判に受け入れ続けてきた国々にとって、自国の政治や外交を見直す機会になると思ったからだ。

しかし、日本にとって政治を根本的に変える機会になるかもしれないとはいえ、アメリカ在住のアジア人女性という立場で見るトランプ政権は恐怖でしかない。

アメリカの人種主義

アメリカはよく知られているように人種主義社会である。

たとえば、第二次世界大戦中のアメリカでは日本人は敵性外国人として収容所に強制移住させられた。また、1960年代まで南部ではジム・クロウ法という隔離政策の元、黒人をはじめとする有色人種は白人と同じレストランはおろか、トイレや教室も完全隔離されていた。有色人種が道を歩いていれば、ジャップだのニガーだのと罵られ、選挙に行こうとすれば、それを阻止しようとする白人たちからリンチに遭うような社会であった。そして、白人と有色人種の結婚を禁じる法律が2000年代になってもまだ残っている州もあったのだ。

しかし、1960年代の公民権運動や様々なアファーマティブアクションの導入などによって、人種差別は非常に実態を掴みづらいものになっている。今ではこういう「わかりやすい」差別は見られなくなった。人種を理由にリンチや暴力を行う人は、ヘイトクライムとして厳しく罰せられる。

「わかりやすい」人種差別から、制度に組み込まれた「見えづらい」人種差別への移行

しかし、それはアメリカで人種差別が無くなったことを意味しない。現代アメリカに残る人種差別は、より巧妙に社会制度に組み込まれ、見えづらく、批判しづらいものとなっている。

たとえば、圧倒的な比率の刑務所収容者や、警官による暴力・射殺の対象の多くが黒人である。警察側が正当な捜査によって犯罪を取り締まった結果として黒人が多いわけではない。たとえば、麻薬使用の比率を見ると、白人も黒人もほぼ変わらないのに、同じ行為で刑務所に収容される人の多くが黒人である。白人が麻薬を使用すると依存症として保護的な扱いがなされるのに対し、黒人が麻薬を使用すると犯罪として断罪されるからだ。白人であれば見逃されるような軽犯罪であっても、黒人が犯せば実刑になる。こうした「司法制度に巧妙に組み込まれた」人種差別にはヒスパニックやネイティブアメリカンの若者も晒されている。

30代の黒人男性の10人に1人は刑務所に収容されている。

ネイティブアメリカンの若者は白人の若者の三倍も、少年院に収容される可能性が高い。

ヒスパニックの若者は白人の若者の二倍以上も、刑務所に収容される可能性が高い。

刑務所に収容されている人の6割が有色人種である。

(出典:http://www.sentencingproject.org/issues/racial-disparity/

有色人種が警察のミスで射殺されても警察官は無罪放免

アメリカの警察官は銃を携帯しているが、彼らが「間違い」によって発砲し、対象を射殺しても、その多くは表沙汰にさえならない。それどころか、アメリカ全土において、警察官が1年間で何人の人を殺害しているのか(事故・誤認・正当防衛などを問わず)統計が存在しないため、実態さえ明らかにされていない。(出典:https://www.washingtonpost.com/world/national-security/justice-department-takes-steps-to-create-national-use-of-force-database/2016/10/13/6d0ea7ac-9166-11e6-9c52-0b10449e33c4_story.html?postshare=5851476396906016&tid=ss_tw&utm_term=.ed7ceeb6bff8

人種ごとに十万人あたり何人が警官によって射殺(誤射・誤認・過剰防衛も含め)されているかを独自の調査によって出している英ガーディアンのデータによると、実態は残酷だ。

10.13 ネイティブアメリカン

6.4 黒人

3.23 ヒスパニック(ラティーノ)

2.3 白人

1.17 アジア人

異常な比率のマイノリティの人々が警察の暴力の犠牲となっていることがわかる。

(出典:https://www.theguardian.com/us-news/ng-interactive/2015/jun/01/the-counted-police-killings-us-database)

Black Lives Matter運動が戦っている人種主義

こうした、司法制度に組み込まれた人種差別、司法システムによる横暴によって、マイノリティの人々の命が失われていることに対して、反対運動を行なっているのが、「Black Lives Matter (黒人の命も重要だ)」である。この運動はアメリカ全土で展開されているが、日本のメディアで報じているところは殆ど無い。

Black Lives Matter運動は、2012年に17歳の高校生のトレイヴォン・マーティン少年がフロリダ州サンフォード市のある町で、自警団員のジマーマンという男性(白人とヒスパニックの混血)に射殺されたが、その男性が無罪放免となったことに対して「黒人の命などどうでもいいというのか」と悲しみと怒りの声をあげた人々が中心となって始まった運動である。

マーティン少年は殺害された日、父親の婚約者の家を家族で訪れており、夜7時頃一人で近所を歩いていた。ドライブ中のジマーマンが「家の近所を不審な奴が歩いている。悪そうな奴だ」として付け回し、逃げた少年を追いかけてもみ合いとなり、少年を射殺した。

この事件ではジマーマンの「正当防衛」が認められたが、そもそも、黒人であるというだけで17歳の高校生が「怪しい。悪そうな奴だ」などといって、追いかけ回されることが許されている社会そのものがおかしい。

こうした「黒人は悪そう」というイメージに基づいた「捜査」「逮捕」は警察でも横行しており、人種問題研究者、社会運動家によって、人種的偏見に基づいたプロファイリングが司法制度に組み込まれているとして、強い批判を受けている。

このような警察を始めとする司法制度に埋め込まれた人種主義の慣習、そしてマイノリティに対する偏見が根強く残るアメリカの社会的文脈を理解せずに、トランプ氏の人種差別的発言の恐ろしさを理解することは難しい。

日系アメリカ人の強制収容を「先例」として賞賛したトランプ氏

たとえば、トランプ氏は第二次世界大戦中の日系アメリカ人の強制収容を引き合いに出して「ムスリム(つまりアラブ系の人々)に対して登録を義務付けるべきだ」という発言をした。これは人種的偏見に基づくプロファイリングを、時期大統領自ら賞賛していることに他ならない。

(参照:https://www.jacobinmag.com/2016/12/trump-muslim-registry-japanese-internment-wwii-concentration-camps/

トランプ氏の当選以降、アメリカでは有色人種に対するヘイトクライムが多発している。トランプ氏は自ら、アメリカ国内の人種差別を助長しているのである。トランプ氏の勝利には白人中間層・労働者層の「勝利」という側面もなかったわけではなく、マイノリティの人々が全く投票しなかったわけでもない。しかし、これまでにないほど、社会が人種や性別によって分断された選挙でもあった。それは、マイノリティの人々が、社会制度的人種差別に加え、彼らの父母や祖父母たちが経験していた「わかりやすい」暴力を伴う人種主義を恐れたからだ。

トランプ政権が樹立すれば日本政府はこれまでの政権と同じく、迎合するのだろう。しかし、日本がこうしたトランプ氏の人種差別的発言を容認するのは、日系アメリカ人という「同胞」が戦時中にアメリカで受けた人種差別を容認するのと同じである。それは、アメリカに住む日本人にとっては日本政府に「見捨てられた」ようなものだ。アメリカから見れば有色人種国家である日本にとって、そしてアメリカに住む日本人が自らの尊厳を保ち、人種差別から身を守るためにも、日本の人々にも日本政府にも、トランプ氏の人種差別発言や女性蔑視発言に関心を持って、批判していってもらいたい。