家政学、家庭科、そして「科学」

家政学は「生活」を研究する総合科学(写真:アフロ)

家庭科と聞いて思い浮かべるものはなんだろうか。

調理実習?ミシンの練習?子どもと触れ合って「わー、かわいい」なんていう保育園での実習?女子の科目?

きっと世代によって違うイメージを持つのが家庭科だろうし、世代によっては家庭科の授業を受けたことがない人もいるだろう。

小中高の家庭科教育、その教員養成・専門家養成機関である高等教育の家政学が危機にある。

その理由は、「生活」について考えるものであった家政学が「科学」としての側面を強調していった結果、「生活」を研究することそのものから離れていってしまっているからだ。

家政学を英語で言うとHome Economics

日本でアメリカにおけるHome Economicsの成立・変遷について知っている人はあまり多くはないだろうが、実はHome Economicsがたどった歴史にはアメリカにおける社会科学の登場が大きく影響している。

家政学・家庭科というのは英語ではHome Economicsと言う。日本で家政学・家庭科が学術分野として成立し、戦後の新制大学の学部教育に採択されたのは、アメリカの占領下にあった第2次世界大戦後のことである。日本の教育システムを再編するにあたってのアメリカの影響は大きいが、すでにHome Economicsという分野を成立させていたアメリカの教育専門家のアドバイスが日本における家政科成立の直接的契機であった。

しかし、現在のアメリカの教育機関に「Home Economics」という学部は無い(保守系の宗教大学などでは皆無ではないかもしれないが、主要な大学には存在しない)。また、初中等教育でも「家庭科」というものは無い。Home Economicsは学科・科目としては消滅したのだ(学術分野としては存在している)。

自然科学、社会科学を統合して「生活」を学術的に研究するための学部を作りたかった

アメリカでHome Economicsを学術分野、大学学部名称として成立させたのはマリオン・タルボットという女性生物学者である。

アメリカにおけるHome Economicsという研究分野、大学学部名称の成立には、19世紀後半から20世紀前半にかけて、男性が支配的であった学術の世界に女性が進出したことと大きな関わりがある。19世紀後半のアメリカでは、すでに少なくない数の大学が共学化され、女性であっても好きな学問を学ぶことは許されるようになっていたが、女性研究者はまだまだ少なかった。政治学・経済学といった社会科学分野はもちろん、化学や生物学などの自然科学分野においても女性研究者の学術的成果はないがしろにされていた。また、女子学生の大学生活は差別や偏見によって、惨めなものであった。タルボット自身も、女性の地位のあまりの低さに辟易としてMITを中退し、ボストン大学に転入したくらいだ。

タルボットは学生の頃から、女性の権利や女子学生の地位向上を求める運動にも力を入れていた社会運動家でもあった。彼女は大学卒業後、ウェルズレー大学(名門女子大学。ただし単なる「お嬢様大学」ではなく、社会運動家、政治家、科学者など様々な分野における専門家を多数輩出してきた学術機関でもある)で細菌研究をしていたが、細菌研究が人々の生活や住環境と大きな関わりを持つことを早い段階から見出していた。

シカゴ大学に移った彼女は、人間生活を研究対象として、衛生、環境、都市計画、工業化について研究するために衛生学部を作るべきだと主張したが認められなかった。彼女は、急速に発展していくアメリカ社会が次々に抱えていった社会問題を、自分の専門領域である生物学も含めた自然科学的視点や、都市計画などの社会科学的視点も取り入れて、「社会」「生活」を総合科学的に研究することの重要性にいち早く気付いていたのである。

結局、その希望は受け入れられなかったが、彼女は女性の権利のための運動家としての顔も持っており、その方面での支援者はたくさんいた。

そこで、彼女は「女性が学術研究ができるように」という方向からアプローチしていくことにしたのである。

「女子教育」にならざるをえなかった家政学

こうして、タルボットの「社会・生活を学際的に研究する」という目的は、「女性の教育・研究の場」としてDepartment of Home Economics and Household Administration(家庭経済学・家庭政治学部=家政学部)を成立させることによって果たされた。

家政学部では、他の大学で女性だからと言う理由で雇用を拒否されていた、アメリカ初の女性政治学博士、女性初のロースクール修了者などを積極的に雇い入れ、化学、生物学、政治学、社会学、法学などの専門分野を統合させながら、学際的な研究を行っていた。

1929年には1150人もの女子学生が家政学部で学んでいたが、女性が他の学部にも進出できるようになったことで学部の人気が減少(1929年には1150人もの女子学生が学んでいたが、1949年には45人にまで減っていた)したこと、学校側が学部維持のための資金援助をストップしたことも重なり、1956年に家政学部は最終的に廃止されてしまった。

「生活」について総合的に研究することを主要な目的としていたタルボットであったが、家政学部は「女子教育」としての側面が強すぎたのである。

日本で新たに生まれ変わるチャンスを得た家政学

第二次世界大戦後、アメリカでは姿を消した家政学だが、日本では新たに成立し、独自の発展を遂げていった。

戦前の旧学制において、女子学生らを対象に裁縫や料理の技術を教育するための家事科や裁縫科を設置していた国公私立の高等師範学校・師範学校・専門学校等などが、戦後の新学制によって大学に生まれ変わり、新たに家政学部を開設した。

戦後の日本の著しい工業化・経済発展は人々の暮らしを、裁縫や料理などの「手作り」の生活から、工業的に大量生産された製品(洋服も食べ物も生活用品も)を大量消費する生活に転換させていった。しかし、こういった製品は生活者にとって必ずしも安全なものではなかった。また工業化にともない、環境問題などが生じる一方、都市部への人口流出、人々のライフコース(結婚・出産・子育て・離婚・恒例化など)の変化なども現れた。

「生活」を中心に学術研究を行う家政学は、必然的に環境問題、消費者問題、人々のライフコースの問題などを幅広く扱う学術分野として、まさにタルボットが目指していた「生活を総合的に研究する」学術分野として発展する大きな可能性を持っていた。タルボットは自分の「生活を総合的に研究する」という学術的目的が果たせないとわかったとき、学部を成立させるために「女性が学術研究を行うことが許される場」という方便を使わざるをえなかった。

そのアメリカの家政学が、日本で新たに生まれ変わるチャンスを得たのだ!

そして同じてつを踏んでしまった「家政学」

しかし、日本においても同様に、家政学は女子教育、女性研究者養成といった目的を担わされてしまった。

日本の家政学もまた、他の学問領域に比べ「後発」であったこと、「女子教育」が主要命題であったことで、その成立当初から、学問領域としての困難さが宿命づけられてしまった。

学際的研究を行おうとすれば他分野の研究者をかき集めてくる必要がある。

男性研究者にとって「女子でもできる」家政学の専門家とみなされることは、屈辱でさえあっただろう。。。

女性研究者にとっても「女子でもできる」家政学をいかに「科学」として認めさせるかは、重要な目的であっただろう。。。

だからこそ、家政学は「科学」になろうと懸命にならざるをえなかったのではないだろうか。

タルボットが目指した、「社会・生活を総合的に研究する学部を作る」という目標は、「家政学」という女子教育の場として出発させなければ達成できなかったが、それゆえに、女子が他の学部でも学べるようになれば不要なものとなることを宿命づけられてしまってもいた。

日本の家政学にもそういった危惧感があるのだろう。

家政学でなくてもよくない?状態の家政学

家政学からは、だんだんと「生活」の視点が後退し、生産者としての経済利便性追求的な視点、各領域の学問的視点に立った研究が増加していき、結果として、「家政学」でなくても良いような、既存学問と同じ視点での教育・研究が主要なものとなっていった。

「科学であらん」という目的が先立っていったことで、「生活」について総合的に研究するという視点が欠落していったのである。

家政学という名称はほぼ消滅しかけている。

その名称が、旧来の「料理・裁縫」を彷彿とさせるものであることを危惧して、とりわけ国公立大学においては学部名を「家政学」から「生活科学」「生活環境学」等に変更していった。しかし、カリキュラムなどの中身は「家政学」の頃とあまり変わっていない。家庭科教員養成なども継続されている。

しかし、本当に「家政学」でなくしてしまって良いのだろうか?

「生活」を学術的に研究するというのは「生活科学」「生活環境学」などの「理系っぽい響き」で達成されるものではない。

「家族」「家庭」というものは時代を経て変化しているし、国よっても、社会によっても違う。

日本でも、未婚、離婚、非婚、核家族、シングルペアレント、同性結婚、二世帯、一人暮らしなど、様々な形態が出てきている。

そして、どのような暮らし方をしていようとも、私たちは日々「生活」をしている。

考え、話し、食べ、歩き、走り、座り、働き、人に会い、病気になり、寝て、食べて、考えて、、、とにかく毎日「生活」している。

その生活は、家族や友人、職場との関係性はもちろん、家の構造、街の雰囲気、環境、自分の国籍や民族、性別など、さまざまな要素によって構成されている。

「家政学」に誇りを持て

「生活」はさまざまな要素によって構成されているからこそ、それを学術的に研究することにも意味がある。

単に「環境」「科学」という名前をつけて、「理系っぽく」することで研究がはかどるようなものではない。

隣接分野の専門家を真似て「理系っぽさ」を強調する必要などない。

「家政学」という名前に誇りを持てばいい。

社会や自然と個人の関係性を自然科学、人文社会科学などの枠にとらわれず総合的に研究し、人の生活をより良く(「良い」の定義を考えることも必要だ)するための学問なのだと誇りを持つべきだ。

タルボットが目指していたものはもっと大きかった。

当時、まだまだ発展段階にあった自然科学と社会科学の最新の研究成果を駆使して、生活者の視点を重視しながら「生活」を総合的に研究することを目指していたのだ。

日本の家政学は瓦解しかけている。

タルボットが20世紀初頭に「妥協」したのと同じことが起こりかけている。

ふんばれ、家政学。。。