Yahoo!ニュース

この国の気持ち悪さの正体-潔癖社会と日本人(前)-倉田真由美(漫画家)×古谷経衡(文筆家/評論家)

古谷経衡作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長
倉田真由美氏と筆者(古谷経衡)

潔癖社会―人間の過ちを許さず、人間や社会の姿に完璧を求める風潮。不道徳への過度な糾弾。身体的健康への過度な信仰と礼賛…。本来指弾されるべき社会的不正義は置き去りにされ、”どうでもよい””些末な”事象だけがクローズアップされ、石礫を投げられる社会。不倫へのバッシング、自己責任の大合唱、愚行権への干渉…。いつから日本と日本人はこんなに気持ち悪くなったのか。時代を斬る対談1万5000文字(前編)。>後編はこちら

倉田真由美(くらた まゆみ)

1971年福岡県生まれ。一橋大学商学部卒。代表作に『だめんず・うぉ〜か〜』(扶桑社)、『もんぺ町ヨメトメうぉ~ず』(小学館)、『婚活迷宮の女たち』(ダイヤモンド社)など多数。

古谷経衡(ふるや つねひら)

1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒。代表作に『愛国商売』(小学館)、『日本を蝕む極論の正体』(新潮社)、『意識高い系の研究』(文藝春秋)など多数。

倉田氏と筆者
倉田氏と筆者

・不道徳を恣意的に叩く社会

古谷:芸能人の不倫がワイドショーを騒がせ、その芸能人の人生を根こそぎ奪う。視聴者はそれを見て喝采を上げ、留飲を下げる。攻撃の対象はまた次の人物へ…。ハッキリ言って今の日本の状況は異常だと思いますが、この状況をどうご覧になっていますか。

倉田:そもそも不倫を叩くというのは大変下品なことだと思います。不倫って民事案件じゃないですか。犯罪ではない。少なくとも刑事事件じゃない事案が起こった時に、まるで水に落ちた犬を喜んで叩くみたいな風潮があります。

古谷:ありますね。

倉田:しかも、テレビ的に叩きやすい人と叩きにくい人がいる訳です。要するに攻撃基準に恣意性があるわけです。Aさんは周りからも結構人望があったり、そして視聴者も「あの人は好きだった」みたいな人が多いと、叩かれない。「愛嬌がある」みたく笑い話になってしまう。一方でBさんは同じ不倫をしていても何となくイメージが悪いから徹底的に叩かれる。CMも全部降板。関係企業のHPからも一斉に写影が削除される。そして「私は絶対に許さない」みたいなことをコメンテーターが代弁する。この差は何なんだという話。

古谷:確かに。

倉田:最終的にはみんな何で叩いているかを忘れていない?というところにまで行きつく。でも、それぐらい叩きやすい、叩きにくい、という恣意性はある。最近話題になった大物女優と夫側の不倫事例なんて、夫側をめちゃくちゃ叩きやすい事案なわけですね。それをバンバン叩く世の中というのは好きか嫌いかで言うと、好きではない。

古谷:私も大嫌いですね。

倉田:はっきり言って恋愛なんて、超フリーダムでいいと思っているから。

古谷:というか、それが近代社会における自由恋愛と言うんじゃないんですか。

倉田:ですよね。みんなこういった息苦しい風潮を気持ちが悪いと思っている。確かにそう思っている人はいっぱいいるけれども、世間がこういっているよ…、という。その潮流を読むとなかなか「でもさ…」みたいな反論を言いづらい世の中ですよね。「でもさ…」というのを私は認められるというか、そういう人たちも戦うことができる世の中だったらいいと思います。

古谷:いわゆるハリウッドとかのセレブで「不倫をしていました」という事実で芸能界から抹殺の憂き目にあうという件は寡聞にして聞きませんからね。日本特有の現象でしょうかね。

倉田:そこまでの話は(海外では)なかなかないでしょうね。

古谷:O・J・シンプソンみたいな、元奥さんを殺害しましたと。それは大スキャンダルになってカーチェイスになって全米が大騒ぎになるのは仕方ないです。でもそれはO・Jが元奥さんらを射殺したという犯罪があったからで、不倫がどうのこうのという話では無かった(*O・J・シンプソン事件1994年=元アメフト選手で俳優でもあったO・Jは元妻とその知人男性を射殺した容疑で逮捕・起訴されたが、刑事事件では無罪。民事では殺人を認定された)。

倉田:例えばアンジェリーナ・ジョリーだって略奪婚(*ジェニファー・アニストンからブラッド・ピットを略奪)ですしね。

古谷:世界的に有名な話ですよね。アンジーはハリウッドを追放になるどころか、有力映画に出続けてUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の親善大使までやっている。犯罪ではない民事の分野で不倫をしたからと言って、それは国際基準では私的(プライベート)な範囲のもの。作品や出演CMや広告が削除されるという事態になることは無い。

倉田:そんな民事のもめごとは当事者同士で決めるものです。

・不倫は女性側が叩かれる

古谷:こういった過剰な、宗教的とも思える不倫叩きで思い出しましたのは、インドネシア共和国・スマトラ島の一番北に存在するアチェ州(アチェ特別州、以下アチェ)の事例です。インドネシアは世界最大の世俗的イスラーム国家ですが、アチェだけはジャカルタの中央政府から一定の距離があり、ここだけ厳格なイスラム法の施行が許されている、いわばインドネシアの治外法権みたいな立ち位置なんですね。で、当然厳格なイスラム法を施行しているので、男女が不倫をした場合、女の人が不倫の罰としてむち打ちされる例があるのです。これが流石に人権問題という事で、(インドネシアの)ジョコ大統領が「やめろ」と一応言っているのですが、強い自治権があるから中央政府もコントロールに苦しんでいる(*インドネシアは16Cからジャワを中心としてオランダ海上帝国の植民地下にあったが、各地に王国が存在し、実際には20世紀初頭までオランダの完全支配が生き渡らなかった。アチェのイスラーム化は、このようにオランダの完全な支配下の間隙の中で近代にいたるまでに定着した)。

倉田:やめないようですね。アチェの事例では、むち打たれているのは女性側だけですか?

古谷:男性の場合もあるし、カップルに対して行う場合もあるようですが、報道によると女性側が比較的目立ちます。(参考記事

倉田:そういうことがまだあるのですね。

古谷:少なくとも東アジアではアチェだけだと思いますが、まだあるんですよね。しかし私たち日本人も、これを他岸の火事であるとか、言っていられない状況になってきているのではないか。実のところ極めて日本社会も、このアチェに似ているんじゃないんですかと思うのですが。

倉田:確かにむち打ちほどではないにしろ、事実上そうですね。不倫については、男女がW不倫をした場合は、たいてい女側のほうが罪が重くなっていると思います。先に述べた大物女優と夫側の不倫はW不倫ではないものの、夫側はCM降板などの影響はあれどドラマには出続けていた。しかし、相手側のKさんという若い女優は、完全に芸能界から抹殺されるような状況になって、不倫騒動が勃発してからすぐ自身のインスタグラムも何もかも削除されてしまった。

古谷:これは要するに、ある種イスラム法における男尊女卑に近いんじゃないでしょうかね。しかしイスラム法の中では、これは男尊女卑じゃなくて「女性の保護だ」と言っているのですが、一般的な西側から見たら女性の側ばかりにムチ打ちするのは男尊女卑じゃないですか。でも、日本もこれと構造的には似ているのではないですか?目を南アジアや中東に転じますと、旧タリバン支配地(アフガニスタン)や旧ISIS支配地(シリア等)でも(彼らいわく)「厳格なイスラム法」が施行され、占領中に女性に対して同じようなことが起こったと聞いています。でもそれって今の日本の状態と同じではないけれども相似形じゃないか。よく韓国の民度がどうの、と言えるなと。

倉田:ほんと、そう思います。特に私はやっぱり女だからすごくそう思います。自民党の杉田水脈代議士による、ジャーナリストの伊藤詩織さんに対する侮辱的な発言とか。女性側から女性の人権を蹂躙する動きが起こっています。

古谷:あれは侮辱以外何ものでもないですね。

・「名誉男性」とは何か

イメージ(フォトAC)
イメージ(フォトAC)

倉田:右派には昔から「短いスカートを穿いて痴漢をされたら、その女の人もちょっと落ち度がある」みたいな言説があったわけです。そういうことを言うのは実は右派のゴリゴリおじさんではなくて、女の中にも結構いたのです。「名誉男性」みたいになりたがる女性です。「名誉男性」というのは、性別は女性なんだけど、男権に媚びて右派のおっさんと同じことを言って、男性に認められようとする女性の事です。

古谷:それは右翼にいっぱいいますね。右派・保守の爺に媚びて、忠誠を誓って、いつのまにか右のおっさんよりも過激な男尊女卑論をぶつようになる。まさにおっしゃる通り「名誉男性」ですね。「過剰同化」の典型です。男性権力者に認められたいので過剰に男性側の論調に同化する。ただし単に同化しただけでは目立たないから、より強い男尊女卑論を女性の方から唱えるようになる。

倉田:女は女らしく、男は男らしくみたいな。

古谷:そうです(笑)。そういう人たちが一番不倫をやっているのですけどね。

倉田:彼らにしたら、たぶんそういう不倫はオッケーなんですよね。

古谷:そう。自分は「純真潔白な大和撫子でござい」とか言っているけれども、自分自身が不倫している。堂々と不倫しています。

倉田:しかし、それは彼らだけの問題で、第三者が勝手に忖度して、妻の側の気持ちとか夫側の気持ちとかを代弁するのはおかしい。

古谷:全くそうです。

倉田:実は、配偶者の不倫に関して何にも思わない人もいるわけですよ、世の中には。それなのに不倫をされた側を勝手に「かわいそう」認定するのも実はおこがましいしのです。

古谷:気持ちが悪い固定観念ですね。

倉田:そういうのこそ本当に大きなお世話ではないですか。

古谷:大きなお世話なのですけど、テレビでは不倫被害者を取材もなしに勝手に代弁して「かわいそう」「こんなのは許せない」とやっているんですが滑稽でなりません。で、叩きやすい方、特に女性の方なんかを徹底的に悪く言って抹殺するのですよね。21世紀の現在、一応日本は民主主義体制を護持した先進国となっていますが、実際には市井の人々の意識の中に、イスラム法下のアチェみたいなものが底流にあって、人々はそういった「野蛮な」自意識について、疑問に思わないのかなと思って仕方がないのです。

倉田:疑問に思っている人はいっぱいいるでしょう。だから例えば男女別姓にしても、今やっと少し議論が進むかな、ぐらいにはなってきましたよね。

古谷:確かに。

・男性医師すらも「男尊女卑」

倉田:本当にそういった封建的な男尊女卑みたいなものを変えていくのであれば、変わっていかなければいけないことはたくさんある。ただ、今日も実は現役のお医者さんに会ったんですよ。そこで少し時事についてお話をしたんです。東京医大で女子受験者に最初からマイナス得点を付けていた事実が明るみになり、大きな問題になりましたよね。聖マリアンナ医大に至っては、女子受験者だけ180点満点でマイナス80点していた。180点満点だよ。ただ「女だ」というだけで、マイナス80点スタート。

古谷:とんでもないですね。

倉田:とんでもないでしょ。この問題は最初、2015年ぐらいはマイナス18点だったのが、それでも女が入りすぎるから、もう少し増やしましょうとマイナス20ぐらいに調整した。しかしまだ女が入りすぎるからマイナス60にする。それでもまだ女が多いからマイナス80になったのです、2018年に。

古谷:…(絶句)。

倉田:この問題について、私は現場の男性医師にこのことの是非を何回か聞いているのです。会えるチャンスがあればですが。この問題についてどう思いますかと。今のところ、医師はみんな肯定的なのです。確かにあのマイナス得点というやり方はまずいという認識はある。しかし、まずいんだけれども、でも、現場に女の人が増えすぎることはやっぱり問題だ、という風に男性医師はいうのです。

古谷:いったい何が悪いのですか。

倉田:彼らは、医療現場では女が増えると大変である…もっといろんな大変なことが起こってしまうということを言うのです。今まで私が聞いた人はみんな言うのです。例えばね、出産とか子育てとかで女の人はあまり長く病院にいられないとか。夜中の緊急外来とかで乳幼児持ちの女医を呼びにくいというか、現実的には呼べないと。そういうこともあって男の医師のほうが使えると。みんなそう言うわけです。現場にいる男性医師がです。彼らはすごく頭もいいはずだし、いろいろ民主的な物事の構造を分かっているはずなのに、でも何の疑いもなく、「男のほうが使えるんですよね」みたいなことを言ってのける。

古谷:端的に危険な発想ですね。

倉田:危険です。「夜中の救急外来で女医が呼びにくい問題」にしても、本当は個人差の問題だし、子どもがいくらちっちゃくたって、生まれたその日とかでなければ、実は駆けつけることはできるわけですよね。

古谷:物理的に可能ですよね。それをいったら、男だって本当はいろいろな個人差で呼びにくいやつ、使いにくいやつはいるはずでしょうが、そこはブラインドスポットになっていますよね。

倉田:夜勤は男の人でないと、とか緊急外来は男の人でないと、とか。それはちょっと今までの固い頭がそのままなのかなという、そのあたりからからほぐしていかないと。

古谷:日本人の民主的な自意識が非常に低い状況に当惑しています。例えばマクロン大統領に対する苛烈なデモがフランスでありましたが、マクロン政権はどちらかと言うとリベラルですよね。

倉田:そうですよね。

古谷:社会福祉を充実させようという方針を貫徹するために、増税をやりましたでしょ。そうしたら、市民から火炎瓶を投げつけられた、と。それが全部良いとは言わないけれども、普通の民主主義国であれば、そういったリベラルの言う大きな政府論の名のもとに実行された増税(再分配)であっても、少しでも不平等だと感じたら火炎瓶を投げつけられるわけです。民主的自意識の根源は不平等への怒りです。それで言えば、聖マリアンナ大学のマイナス80点問題とか、火炎瓶どころか装甲車両突入でもおかしくはない。大学自体が即廃校になってもおかしくはないケース。

倉田:くだんの大学に、例えば何回かチャレンジして落ちて医者になることをあきらめた女性たちがいっぱいいるわけですよね。彼女たちは人生を狂わされているわけよですよね。もう、そんなものは大暴動が起きてもおかしくはない。

古谷:大暴動、大弁護団を結成して大訴訟ですよ。

倉田:報道によると、受験料プラス少しのお金を返しますとか、その程度の女子受験者への補償しか発表していなかったと思います。

古谷:ほかの大学を併願して受かってしまったから「もういいや」と思っている受験生もいるでしょうけれどもね。

倉田:いるでしょうけどね。

古谷:でも、そんなことでは全く免責にはならない。

倉田:そういうことじゃない。

古谷:過酷な不平等の前には黙りこくり、抵抗一つせず、犯罪ではない不倫事案を叩いて大はしゃぎしている日本社会がそろそろ恐ろしくなってきました。

倉田:人を叩いているときの自分がどんな顔をしているか、考えてほしいものです。後編に続く

(注)本文中の写真は特記事項の無い限り、筆者が撮影したものです。

作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長

1982年北海道札幌市生まれ。作家/文筆家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長。一般社団法人 日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。テレビ・ラジオ出演など多数。主な著書に『シニア右翼―日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中央公論新社)、『愛国商売』(小学館)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)、『女政治家の通信簿』(小学館)、『日本を蝕む極論の正体』(新潮社)、『意識高い系の研究』(文藝春秋)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『欲望のすすめ』(ベスト新書)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)等多数。

古谷経衡の最近の記事