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ネット右翼に足を引っ張られた佐喜眞候補【沖縄県知事選挙 現地レポ~敗北の分析】

古谷経衡作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長
支援者に頭を下げる佐喜眞氏と夫人(9/30,ANAクラウンプラザ)撮影筆者

【1】ドキュメント9・30

敗戦の弁を述べる佐喜眞氏(ANAクラウンプラザ、9/30、筆者撮影)
敗戦の弁を述べる佐喜眞氏(ANAクラウンプラザ、9/30、筆者撮影)

 9月30日午後8時―。沖縄県知事選挙の投開票が始まるやいなや、玉城デニー氏に当選確実が出た。正直もう少し接戦になると思っていた。

 私は、早くも敗北が確定した佐喜眞淳陣営が勢揃いしているANAクラウンプラザホテル沖縄ハーバービューへと向かった。県庁裏の高台に位置する、那覇市内屈指の最高級ホテルである。

 午後8時15分、同ホテル2F大広間には、佐喜眞陣営の幹部らや支持者らが既に勢揃いして着席していた。むろん、報道陣も大挙詰めかけている。しかしこの大広間から発せられる空気は、無言の重圧にも似た鉛のような感覚であった。支持者らは誰も一言も発さない。談笑さえない。ただ真正面のテレビ画面を見つめている。いわゆる「お通夜状態」とはこの事を言うのだと私は痛感した。

 大広間前面に設置された大型テレビからは、「勝利の舞い」を踊るデニー氏の姿が映し出されている。会場の空気が更にどんよりとする。

 午後9時半すぎ、ようやく佐喜眞氏と夫人が登場する。表情は険しい。「私の不徳の致すところであります・・・」言葉少なに敗戦の弁を述べた佐喜眞氏は、支持者ら陣営側に向き直り、深々と頭を下げた。

「今後はいち沖縄県民として県の発展を見守っていく・・・」6年務めた宜野湾市長の職を辞し、自公維ら政権与党等の推薦を受け、総力戦で県知事選に臨んだ佐喜眞氏は、いまや「ただの民間人」となった。

 記者らからの質問も早々に切り上げ、佐喜眞氏と夫人は大広間から去って行った。形ばかりの、まばらな拍手。これが選挙に負けると言うことなのである。佐喜眞氏と陣営にとって、あまりにも残酷で冷徹な夜であった。

【2】デニー氏、史上最大の圧勝

両陣営の勝敗図。沖縄県公開の白地図に筆者が色づけ。(http://www.pref.okinawa.jp/site/kikaku/tochitai/okimap.html)
両陣営の勝敗図。沖縄県公開の白地図に筆者が色づけ。(http://www.pref.okinawa.jp/site/kikaku/tochitai/okimap.html)

 蓋を開けてみればデニー氏は、今回の沖縄県知事選挙で396,632票(10/1、午前1時2分選管確定)という、歴代沖縄県知事選挙において、過去最大の得票を得て圧勝した。一方佐喜眞氏は、316,458票。奮闘こそしたものの、デニー氏に8万票近い大差で敗れ去った。

 佐喜眞氏は地元である宜野湾市の他、保守地盤の強い八重山諸島の石垣市、宮古島諸島の宮古島市、及び郡部でわずかにデニー氏に差をつけたが、大票田の那覇市、沖縄市など宜野湾・石垣・宮古島以外の全ての都市でデニー氏に敗北した。

 自民党が無党派層へ訴求すると睨んで沖縄に送った小泉進次郎氏を筆頭とする「総力戦体制」はこのように脆くも崩れ去ったのである。

 2018年2月4日に投開票された名護市長選で、自公維の推薦を受けた新人の渡具知武豊氏が、「オール沖縄」が推し、辺野古移設反対を明確にした現職稲嶺進氏を破ったのは、「オール沖縄体制崩壊への序曲」と受け止められ、来る県知事選挙を占うものと見なされた。

 保守系論壇誌や保守系言論人は、これを以て「オール沖縄は崩壊寸前」と述べるものもあったが、それは希望的願望に過ぎなかった。

 事実、今年9月に入って実施された北谷町議会選挙(9月2日)、そして名護市議会議員選挙(9月9日)では「オール沖縄」率いる県政与党系候補が全員当選した。これこそが知事選の前哨戦だったのだ。

【3】荒唐無稽な在沖縄ネット右翼活動家の蠢動

佐喜眞候補、県知事選挙用公式特設サイトより引用
佐喜眞候補、県知事選挙用公式特設サイトより引用

 今回、敗北を喫した佐喜眞氏の敗因は何だったのだろうか。佐喜眞氏は「対決から対話へ」を掲げ、辺野古移設については積極的推進の立場を明確にせず、むしろ経済振興や子育て政策を重点的に主張した。

 前述した2月の名護市長選挙に於ける渡具知武豊氏の勝利の方程式を踏襲した格好である。中でも「県民所得300万円目標」など、なるほど具体的とも言える政策もあった。

 しかしながら私は、佐喜眞氏の敗因は、佐喜眞氏自身は当然のこと、その「外野」にこそあると分析している。「外野」とは何か。それは翁長前知事が健在であった時代から、反翁長(反オール沖縄)の姿勢を鮮明にして、主にネットやCS放送局などを利用して勢力を高めてきた在沖縄のネット右翼活動家達のことだ。

 断って置くが、彼らは佐喜眞選対には一切入っていない。勝手連的に今回の知事選挙で佐喜眞氏を応援していた人々である。彼らは、中央(東京)のCS放送局やネットニュース番組等を行き来し、または保守系論壇誌、あるいは沖縄のコミュニティFM等を活用して、「善意」で以て佐喜眞氏を応援した。

 彼らは、那覇、沖縄、豊見城、うるま、宜野湾、名護など県下公民館などを貸し切り、私が確認しただけで都合50回以上に及ぶ小集会や、ビラ配布、那覇市内等に於ける街宣行動を頻繁に繰り返した。

 9月13日に今回の沖縄県知事選挙が告示されると、彼らは勝手連的に佐喜眞氏への投票を訴え、併せて「玉城デニー陣営から威嚇、暴力的行為を受けた」などとSNS上で訴え続けた。

 これに賛同するネット右翼的傾向を持つユーザーが次々と彼らのツイートを拡散して、「玉城はパヨク」「玉城は売国奴」「玉城は中国の工作員」等というレッテルと共に、恒常的にそれらのリツイートは毎回500~1,000近くになる勢いとなったのである。

 前述した小集会では、「地元新聞・TVによる世論誘導選挙、中国の沖縄侵略隠しを訴える」という横断幕がほぼ毎回会場に掲げられた。

 ここで重要なのは、地元新聞とは「琉球新報、沖縄タイムス」の二紙を指すと言うこと。また「中国の沖縄侵略」ではなく「沖縄侵略隠し」を訴えているという点で、極めて陰謀論的世界観である。

 つまり、沖縄に於いて中国の侵略が現に行われて居るが、「琉球新報、沖縄タイムス」の二紙がそれを故意に隠している、という主張を繰り返したのだ。

【4】『在日特権』から『中国による沖縄侵略』へ

 巨大な既成のマスメディアが、重大な真実を遮蔽し、隠蔽している―という世界観を私は拙著『ネット右翼の終わり』(晶文社・2015年)の中で『マトリックス史観』と名付けた。

 ウォシャウスキー姉弟の世界的大ヒットSF映画『マトリックス』に由来するこの世界観は、同映画の中で「人工生命体が、真実を隠蔽し、偽りの虚構を人々に与えているのが現実であり、主人公はその事実に目覚めて立ち向かう」という主要なストーリーを構成する世界観とうり二つだからだ。

 巨大な既成のマスメディアが、重大な真実を遮蔽し、隠蔽している―という『マトリックス史観』から発生してきたのが、ゼロ年代前半から登場してきた『在日特権』というデマゴーグである。

 在日コリアンは、日本社会の中で特権を享受しているが、巨大な既成のマスメディア(朝日、毎日、NHK、TBS、テレビ朝日、フジテレビ等)が、その真実を遮蔽し、隠蔽している―という文脈の中で語られる『在日特権』というデマは、おおむね2013~2014年、第二次安倍内閣発足と共に衰退していった。

 なぜなら、いくら探しても『在日特権』を示す根拠が発見されなかったからである。

 それに代わって登場してきたのが、『中国による沖縄侵略』というデマゴーグである。

 BPO案件となった『ニュース女子』問題を筆頭に、この構図は、前述した小集会で毎回使用された「地元新聞・TVによる世論誘導選挙、中国の沖縄侵略隠しを訴える」という文句に顕著であった。

 上記の部分を、「大新聞・TVによる世論誘導選挙、在日朝鮮人の日本侵略隠しを訴える」と置き換えれば、この世界観は見事にゼロ年代全般から2013年頃までを席巻した『在日特権』という虚構の構造と全く同じである。

【5】フェイクニュースとも戦ったデニー氏

 知事選の構図が事実上、翁長前知事の遺志を継ぐデニー氏と、佐喜眞氏との一騎打ちであることが判明する2018年8月中旬以降、ネット右翼は沖縄でも、本土でも、そして中央のCS放送や保守系論壇誌の中でも、はっきりと「デニーが知事になると沖縄は中国にのっとられる」などと主張するようになった。

 その対として彼らは佐喜眞氏支持を鮮明にし、デニー氏に対し徹底的な誹謗中傷やデマの流布を行なった。

 9月に入り週刊誌報道で”デニー氏に隠し子疑惑”が報じられると、著書を持つクラスの保守系言論人らが、こぞってこの事実に尾ひれをつけてSNS上で拡散した。が、この報道はデマであった。

 デニー氏は9月11日付報道で、「インターネット上を中心に自身に関する事実誤認のデマが拡散しているとして、名誉毀損の疑いで那覇署へ刑事告訴の手続きに入った」と毅然とした対応を示す。

 デニー氏にとって、対決するのは佐喜眞氏だけではなく、ネット上にばらまかれたフェイクニュースでもあったのである。だが選挙期間中、デマであると確定したデニー氏に関するフェイクニュースは、ネット右翼の中では訂正されること無く拡散を繰り返した。

【6】ネット右翼が佐喜眞氏の印象を悪くしたのか?

デニー氏勝利の報道を見つめる佐喜眞氏(撮影日時等同)
デニー氏勝利の報道を見つめる佐喜眞氏(撮影日時等同)

 しかし前述した在沖縄のネット右翼活動家らや、及び全国に存在するネット右翼の、「善意による」佐喜眞氏への勝手連的な応援は、沖縄の有権者に佐喜眞氏への親近感を高めるどころか、却ってマイナスの材料になったのではないか?と私は観ている。

 彼らは口々にこう絶叫した。

「玉城デニーが知事になったら、沖縄は中国にのっとられます」

「玉城デニーが知事になったら、中国の工作員が沖縄を破壊します」

 このような、トンデモ陰謀論とも思える連呼とセットに佐喜眞氏を応援することで、常識的な感覚を持った有権者の多くは、むしろ佐喜眞氏へのネガティブイメージを持つに至ったかもしれない。

「親方思いの主倒し」という言葉がある。親方を思ってよかれと思ってやった行為が、結果として親方の迷惑になる、という意味だ。

「玉城デニーが知事になったら、沖縄は中国にのっとられます」

 という絶叫とセットで行なわれた佐喜眞氏を支持する勝手連的訴えは、まさにネット右翼による「親方思いの主倒し」の典型ではないだろうか。

 沖縄に中国の工作員などいないし、彼らの破壊工作を沖縄二紙が隠蔽しているはずが無いことは、他でもない沖縄県民が一番よく知っているからだ。

【7】争点にすらならない「中国沖縄侵略説」

 沖縄に中国の工作員が忍び込んでいる、というのは「大阪にスリーパーセルなどと呼ばれる北朝鮮の特殊潜伏工作員が存在する」という「工作員妄想」にも通底する陰謀論だ。

 百歩譲って中国の工作員が日本に潜入するとすれば、それは自衛隊司令部のある市ヶ谷や横須賀や朝霞でなくては理屈に合わない。なぜわざわざ沖縄に潜伏しているのか。少し考えれば常識で分かるデマである。沖縄の有権者は、こういったデマを一蹴した。

 今回の知事選挙でNHKが行なった出口調査の中に、「投票で重視した争点」を有権者に聴いた項目がある。それによると1位が「普天間(辺野古)移設」で34%、2位が「地域振興」の31%、3位が「教育・子育て」の21%、4位に「医療・福祉」14%と続く。

 このことからも分かるように、「中国の沖縄侵略」とか「沖縄二紙の問題」は、有権者の中で争点にすらなっていないのである。

 こういったネット右翼が叫ぶトンデモ陰謀論的世界観は、中央(東京)から放送される一部の極端に偏向したCS番組や保守系論壇誌、あるいはネットニュースの中で俎上にあがるだけで、実際には「保守」「ネット右翼」という自閉した巨大なサークルの中でしか通用しないジャーゴン(組織内言語)に他ならない。

 だから、在沖縄の街頭で行なわれたこのような叫びやSNSでの拡散は、沖縄の有権者にとってノイズとしてしか認識されなかった。

 彼らが「なんかトンデモな人たちが佐喜眞氏を応援している」という印象を与え続けたのなら、これは佐喜眞陣営にとって痛打以外の何物でも無い。それを実際に実行したのが、「善意」を以てデニー氏を攻撃し、佐喜眞氏を応援した在沖縄のネット右翼活動家らである。

【8】オウンゴールと沖縄民意の確定

 むろん、佐喜眞氏の敗因はこういった外野だけでは当然無い。佐喜眞氏自身も公約として「携帯電話料金を4割値下げ」など、知事の職権では実現不可能とされるアピールを行ない、後に修正したというオウンゴールもある。

 しかし、全般的には、デニー氏の圧倒的強さには勝てなかった。故翁長氏に対する県民の想いと、辺野古移設への拒絶感は、中央が想像するよりも遙かに大きかったと判決するしか無い。

 ことことに至って、沖縄県民の民意ははっきりとデニー氏の言う「辺野古移設反対」に決定した。民主的選挙で「辺野古移設にNO」が突きつけられたのだから、中央政府は沖縄県民の民主的決定に従い、アメリカに対し「普天間基地の無条件返還」を突きつけるべきだ。

「普天間返還の唯一の解決策は辺野古移設」と繰り返してきた日米両政府だが、そもそもトランプ大統領は「在日米軍、在韓米軍は撤退する場合もある」と断言した時期もあった。当のアメリカのトップでさえもその見解が動揺している。

「唯一の解決策」という信仰を捨て去り、「民主的プロセスで辺野古移設は不可能になった」と中央政府はアメリカに通告する義務を有する。それが出来なければ民主主義の根幹が崩壊しかねない。

【9】沖縄保守の静かな憤慨

9/29日、遊説最終日の20時、沖縄県庁を望む。台風24号の直撃で、事実上選挙戦は前日28日に終了した。(筆者撮影)
9/29日、遊説最終日の20時、沖縄県庁を望む。台風24号の直撃で、事実上選挙戦は前日28日に終了した。(筆者撮影)

 最後にこの事実を書いておく。冒頭の大広間で、私は或る佐喜眞陣営選対関係者に詰問した。

「どうして、在沖縄のネット右翼活動家らを放っておいたのですか。却って佐喜眞さんの足を引っ張っただけじゃ無いですか」

 関係者は、「それは彼らの政治活動の自由であり、私達が強権的に制止することは出来ない」と苦渋の表情で前置きした上で、

「連中、星条旗と日章旗を一緒に掲げて中国の侵略がどうのこうのと・・・。正直、やめて欲しかった。勘弁して欲しかった。冗談じゃないよ」

 

 佐喜眞氏敗北が確定したことも重なってか、関係者の瞳の奥には、ネット右翼への敵愾心とも取れる静かな憤怒を感じた。

 沖縄の保守陣営からも、蛇蝎のごとく嫌われるトンデモ陰謀論を訴えるネット右翼は、ネット空間から「選挙」というリアル空間に這い出て、それが「ネット右翼活動家」になった時点で、いかなる陣営にとっても害毒しかもたらさない。そう私は確信した。

作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長

1982年北海道札幌市生まれ。作家/文筆家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長。一般社団法人 日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。テレビ・ラジオ出演など多数。主な著書に『シニア右翼―日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中央公論新社)、『愛国商売』(小学館)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)、『女政治家の通信簿』(小学館)、『日本を蝕む極論の正体』(新潮社)、『意識高い系の研究』(文藝春秋)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『欲望のすすめ』(ベスト新書)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)等多数。

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