高市発言から考えるテレビメディアの行方 「公平性」から「多様性へ」

(写真:アフロ)

高市大臣の「電波停止」発言を契機に、にわかに放送法への関心が高まっている。大臣の発言は、具体的には放送法4条(政治的公平性)に違反した場合の、国による放送事業者の電波停止に言及したものである。

参考:【答弁全文】高市総務相、電波停止の可能性に言及(BLOGOS)

多チャネル、ネット時代にあって、これをきっかけに「放送法とわたしたちの社会」について考えてみたい。

・敗戦と放送法

戦前・戦中、日本における紙媒体以外の主要メディアは、ラジオのみだった。 大正時代末期に都市部にホワイトカラーが誕生し、消費財の普及が進むに連れて、日本でも西欧式の本格的なラジオが誕生する。現在のNHKの前身である社団法人日本放送協会は、1926年に誕生した。

NHKは1930年代に世相が日中戦争一色になるにつれ、国策放送として政府・大本営の戦時放送・戦時宣伝の大きな役割を担った、唯一のラジオ放送局であった。日本の敗戦と経済復興とともに、1950年になって民間ラジオ放送局設立の動きが加速し、NHKも組織を一新して特殊法人としてスタートした。この年、つまり1950年に成立したのが現在の放送法である。

放送法は、戦争中に国策を無批判に垂れ流し、「放送が戦争に盲目的に協力した」ことへの痛切な反省があった。放送法第3条には、「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない」と規定され、続く第4条には現在、注目される「政治的に公平であること」が定められた。放送法の立法当初、この法律の目的は「痛切な戦時放送への反省」であり、政府からの干渉や政府宣伝に対する公正・中立だった。

特に第3条は、同法第二章の冒頭に位置する条文で、「放送の戦時協力」への反省が生み出した条文であり、放送法の核となる条文である。

1951年になると、NHK以外に日本史上初めて民間ラジオ放送局が生まれた。雪崩のように全国で続々と民間AM局が開局された。ラジオは、戦後日本の復興の時代にあって、無くてはならない庶民娯楽を提供した。このラジオ局から、系列関係をしてテレビ局が誕生する。こうして戦後日本では、公共放送であるNHKと、多種多様な民間放送局が並立する「放送新時代」を迎えたのだった。

・湧き上がる「偏向報道」の声(3条から4条へ)

このような歴史背景を見ていくと、冒頭の高市大臣による「電波停止」発言は、当初、放送法が想定していた「国家権力からの不干渉・公正・中立」ではなく、政治的なイデオロギーの左傾抑止にシフトしているようにみえる 。つまり高市発言の背後には、現在では少なくないネット上のユーザーの声が同様であるように、「政治的に左偏向している」という事への批判が争点になっている。簡単にいえば、「左偏向を右方向に戻せ」という声だ。

多くのネットユーザーが特にテレビ局の報道番組での姿勢を「偏向報道」と指摘するとき、それは「政治的に左傾だ」というニュアンスを含んでいる。これは放送法が当初定めた「国家権力からの不干渉・公正・中立」という主旨(3条)とは似て非なる主張である。

「国家権力からの不干渉・公正・中立」は「政治的に左」であることを必ずしも求めているわけではない。成城大教授の西土彰一郎によれば、「政府の主張を番組内で公平に扱うことを義務づけた規定ではなく、放送局が自律的組織であるための倫理を明確化したのが4条だ」とする(2015年11月30日毎日新聞)。

つまり放送法の立法趣旨の当時、3条が絶対とされ、むしろ4条にある「政治的公平性」は3条の「国家からの不干渉」を実現するために存在する条文のはずだった。

事実、これまで放送局が全く政治的に無色透明であったのかというと、そうではない。戦後のメディアの中でも、特に産経新聞、ニッポン放送、フジテレビなどを有した「フジサンケイグループ」は、創業者ともいえる水野成夫、鹿内信隆らの意向を汲んで保守系メディアとしてスタートしている。放送法は「国家からの干渉」を排することを第一の目的(3条)としており、事実を曲げずに放送し、反対意見も紹介するなど配慮があれば、そのような放送局の在り方自体がことさら「偏向報道」などと問題視されることはなかった。

例えばフジテレビのスローガンは開局早期から「母と子のフジテレビ」というものであり、伝統的な家族観や教育倫理を投射した保守的なものであった。対して朝日、TBS(毎日)などはいわゆる「戦後民主主義」を投影したリベラル気風であった。厳密に言えばこのような分布は第4条の政治的公平性に抵触しているように一見みえるが、この部分がこれまで問題になったことは既に述べてきたように殆どなかった。長年、放送法の論点とは、4条ではなく3条の「国家権力から不干渉と自由」が達成できているか否か、だった。

ところが、1993年の「椿事件(テレビ朝日の局長が民放連会合の席で“非自民政権を誕生させよう”などと発言したことが問題視されたもの)」を経て90年代末期からネット世論が隆盛し、既存の大手マスメディアへの批判がますますネット空間で強まってくるゼロ年代以降、殊更問題にされたものこそ、放送法第3条ではなく、第4条の中に謳われた「政治的公平性」だった。

それは前述した「左偏向を右方向に戻せ」という声の高まりである。その変遷は、簡単に図示すると以下のようになる。冒頭に述べた「高市発言」は、下図下段の「ゼロ年代以降」の4条重視の声に明らかに背中を押されたものであると思う。

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つまりそれは、「左傾化したテレビ局など」が、「自民党政権を潰す、或いは攻撃している」という世界観である。彼らの現状認識では、既存の大手マスメディア(特にテレビ局)は著しく左傾化しており、これが故に放送法第4条に定める「政治的公平性」に違反している、というのだ。

昨今にわかに設立された、放送法遵守等を求める民間団体の主張なども、まさしく放送法「4条」の中の「政治的公平性」の履行を強烈に求める声(「偏向報道」是正を求めている)であって、放送法「3条」の精神は、ほとんど問題にしていない。ここ数十年で、放送法を巡る論点が3条から4条に移行したのである 。

・なぜ「政治的公平性」を求める空気が生まれたのか

問題は、放送法成立から半世紀以上たったゼロ年代から、にわかに「放送法4条遵守」の声が高まったのか、ということである。それは、前述したように例えば「フジサンケイグループ」がテレビ事業の肥大化とともに保守的傾向を捨てていった80年代のバブル期の状況にも関連している。「母と子のフジテレビ」から「楽しくなければテレビじゃない」(鹿内信隆の息子、鹿内春雄の時代)路線で一挙に世俗化したフジテレビは、以後、政治的には無色・透明の存在に変化した。

既存の大手マスメディア(特にテレビ)に、「保守的・右派的・政権寄り」のメディアが死滅したことが、日本国内の保守層・右派層への潜在的な鬱憤として蓄積し始めたのが80年代だった。前述した「椿事件」の影響も大きかった。テレビメディアの影響がどの程度だったのかは定かではないものの、実際に非自民の細川連立内閣が成立し、短期間とはいえ「55年体制」は崩壊した。自民党はこの時期に下野した約1年を「屈辱」としてとらえ、自社連立という奇策で以って政権を挽回するほどだった(村山内閣)。

「偏向報道」という既存の大手マスメディアを攻撃する多くのネットユーザーが共通して持つ感情とは、とくにテレビ局に「保守系メディア」が存在しないことである、という。既存の大手マスメディアがそろって「無色・透明」或いは「リベラル・左派」の傾向を持つがゆえに、「自分たち右派的傾向のユーザー」の声が、大手マスメディアの中で黙殺されているという強烈な被害者意識がますます醸成されていった。

これが、ゼロ年代から爆発的に増加した「ネット右翼(ネット保守とも)」の、その誕生の根本原因を形成することになる。既存の大手マスメディア(特にテレビ)の中に、「保守的・右派的・政権寄り」のメディアが存在しないという鬱積は、2004年の右派系独立放送局「日本文化チャンネル桜」の設立や、おおむね2015年から組織が改変され、保守的な番組編成の傾向が強まった「DHCシアター」など、 CS放送枠やネット放送、ネット配信などを中核とする「独立系中小右派メディア」の誕生につながっていく。

冒頭の高市大臣の「電波停止」発言に戻れば、明らかに彼女の背景にあるのは、「自分たち右派的傾向のユーザー」の声が、大手マスメディアの中で黙殺されているという強烈な被害者意識、というゼロ年代以降特に強烈に芽生えてきたある種のネットユーザーの声を素直に代弁したもののように思える。

左傾化したメディアは、当然自民党を攻撃するはずだ―。よって2009年の麻生→鳩山の政権交代も、メディアによる麻生内閣バッシング(漢字が読めない、アニメの殿堂などへの痛烈な批判)が相当程度影響している、と考えた自民党は、「既存の大手マスメディア」の枠外にこそ正義の声があると考え、 自民党野党時代(民主党政権下)に「J―NSC(自民党ネットサポーターズクラブ)」を本格稼働させたのはあまりにも有名である。

「国家権力からの不干渉と自由」(3条)を最大の眼目として立法された放送法は、時代の変遷とともに次第に「政治的公平性」(4条)へと論点がシフトしていった。それは、「フジサンケイグループ」の変貌や、90年代とゼロ年代後半に2回起こった非自民政権誕生という政治状況、または既存の大手マスメディア(テレビ)が、クレームや批判を恐れ、画一的で、横並びの報道を好むようになった時期とも一致している。

・「放送法」の規定する放送の理想像とはなんだろうか

それでは、放送法4条が求める真の「政治的公平性」とはなんだろうか。いやむしろ、一歩進めて、「偏向報道」の声が止む社会とは、一体何なのだろうか。彼らが言うように「左傾」を「右傾」に右シフトさせることが放送法の求める「政治的公平性」の理想なのか。

それは既に述べている通り、例えばアメリカの4大ネットワークの中でFOXが右より、NBCやABC、CBSがリベラル、といったように、政治的多様性が存在するメディアの状況だろう。つまり朝日やTBSはリベラルでも良いが、じゃあ一局くらいは右派系・保守系放送局がほしい、という切なる声がその答えだろう。

これに従えば、放送局は「政治的公平性」を重視するのではなく、左・中道・右の姿勢を鮮明に打ち出したメディアが、多様に共存している状態こそが、もっとも望ましいといえるのではないか。

かつて「フジサンケイグループ」の始動にあったて、鹿内信隆は明確に「反朝日・反毎日としてのコンサバティブ(保守)メディア」をグループの姿勢として打ち出した。それまで大阪の地方紙に過ぎなかった産経新聞を東京に進出させ全国紙とし、 保守系オピニオン雑誌としては現在でも最も有名な月刊誌のひとつ「正論」を創刊した。これは明らかに「反共保守」の論調が鮮明だった。

既に述べたとおり、同グループは80年代のバブル期以降、テレビ事業が肥大化したことにより急速に政治的に透明となり、現在でも鹿内時代の保守路線を受け継ぐのは産経と正論(産経・正論路線)であり、同グループ内の最大の筆頭であるフジテレビ自体に明確な保守性は伺えない。

地上波のテレビ局が画一的で微温的にリベラルの横並びであり、一局も「保守系・右派系・政権(自民党)寄り」の声を代弁する存在がないことが、過去数十年にわたってテレビ局そのものへの呪詛の感情を蓄積させてしまった。その声を「放送法」とか「憲法」の美名のもと、上から抑えこむのではなく、彼らの声を組む代弁者の存在こそが重要といえるのではないか。

あらゆる報道やジャーナリズムに「政治的公平性」を求めるのは、難しい話である。人間が撮影し、人間が編集し、人間が伝える以上、被写体への情熱・思い入れを打ち消す事はできない。逆に、被写体への一切の感情・情熱を失った報道姿勢に、本当に価値が有るのだろうか。イスラエル軍の空爆で焼き殺されたガザの住民の悲劇を伝えるときに、「反イスラエル」の情熱を隠すことは出来ないだろう。それと同じように、土台「放送法4条」の「政治的公平性」など、お飾りにすぎない。

むしろ放送法3条の「国家権力からの不干渉と自由」さえ守っていれば、それぞれの既存の大手マスメディアが、露骨なイデオロギーをむき出しにして放送するという、多様性こそが彼らの主張する最も理想とする姿ではないだろうか。

新聞や週刊誌の世界には既にこのような傾向が定着している。朝日新聞、毎日新聞などリベラルメディアの更に左には東京新聞などがあり、中道右派として読売新聞、更に右に産経新聞がある。週刊新潮はやや保守的な論調が強い週刊誌だが、週刊朝日・現代・ポストはリベラル更に左には週刊金曜日などが有り、明確な色付けがなされてる。文春は大スクープのオンパレードで権力に対しては是々非々だろう。これは政治的多様性と言って良い。

厳密に言えば、これらの紙媒体はそれぞれが政治的に偏っているといえるが、左派から右派までほぼ均質に選択肢があることによって、読者の不平や不満の鬱積はほぼ解消されている。言論空間としては正常化の方向に向かっている。だから一時期に比べ、新聞や雑誌に対して「偏向」の声は相当弱い。朝日新聞が「吉田証言」などの誤報で批判されたとき、ネット上の右派ユーザーは産経新聞の購読を応援するキャンペーンを展開した。

リベラルは朝日、右は産経と完全に住み分ければ、左右間で不毛な罵詈雑言の応酬をすることも少なくなり、建設的な議論が醸成される機運が高まるかもしれない。「嫌なら読むな、よそへどうぞ」が通じる。これはある意味で健全だ。

しかし、テレビにはそれが希薄だからこそ、「偏向報道」の声が湧いては消える。「政治的公平を求める」という彼らの声は、実際は「政治的多様性」を求める声なのであり、仮に左偏向が右反転しただけなら結局「偏向」には変わらない。それは問題の根本解決とは程遠い。

放送法4条を気にするあまり、できるだけ客観・中立に努めようとするテレビは、思い切って独自路線に分岐するのが良い。報道ステーションやニュース23ではもっとどんどん、過激な政権批判をやる。一方フジテレビの同時間帯のニュースでは、過剰なまでの政権擁護(自民党擁護)報道をする。こうすれば視聴者は左派から右派まで、選択肢を有することになる。

多チャンネル、ネット時代の現在、特にテレビ事業者に求められるのは「政治的公平性」ではなく「政治的多様性」ではないのか。そう解釈すれば、テレビメディアの将来進路は自ずと決まってくるだろう。

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