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ゴルフ界の「レジェンド」から「ピエロ」へ。ミケルソン発言の顛末

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 メジャー6勝を含むPGAツアー通算45勝を誇るゴルフ界のレジェンド、フィル・ミケルソンが、まるでピエロだ。

 PGAツアーに対抗する新ツアー創設の動きが活発化していた真っ只中で、ミケルソンがPGAツアー側と新ツアーの背後にいるサウジ側の双方に対して侮蔑的な言葉を投げつけ、さらには社会人として口にすべきではない英語を発したことで、長年のメイン・スポンサー、KPMGとアムステル・ライトからは契約を解除され、キャロウエイは契約停止、ワークデーは契約更新せずとなり、ほぼすべてのスポンサーを失った。

 ミケルソンが2020年から大会ホストを務めていた「ミケルソンの大会」、ザ・アメリカン・エキスプレスからも契約を解除された。ミケルソンが大会ホストではなくなったのみならず、チケット販売やボランティアの募集や配置といった大会の実質的な運営を2019年から請け負ってきたミケルソン財団も切り離され、同大会とミケルソンの関係が断ち切られる形になった。

 契約を失っただけではなく、名誉や名声も失なわれ、人々からのリスペクトまで失われてしまった。

 新ツアーへ移籍すれば数百億円が手に入ると噂されてきたミケルソンだが、あっという間に、それ以上の大事なものが彼の手から抜け落ちていった。

【唯一の救い】

 問題となったミケルソンの発言が世の中に出回ったのは、2月17日。ジェネシス招待の初日の朝だった。リビエラCCの練習場で選手たちがウォーミングアップをしていたとき、その場に居た選手、キャディ、ツアー関係者、用具メーカー関係者らの携帯が次々に鳴り、「誰もが驚き、文字通り、その場はちょっとしたパニック状態になった」と、あるツアーキャディが明かしてくれた。

 それから5日後。翌週のホンダ・クラシック開幕前、PGAツアーのジェイ・モナハン会長が選手たちを集めてミーティングを開こうとしていた10分前に、ミケルソンが謝罪声明を出し、一連の発言を謝罪、そして一時ツアーから離れて休養することを伝えた。

 唯一の救いは、謝罪の中でミケルソン自身が、自分の発言によってスポンサー企業のビジネスに悪影響があってはならないので、契約を解除するなり停止するなりしてほしいと申し出ていたこと。

 KPMGが「お互いの合意のもとに契約を解除した」と発表したのも、そういう経緯があったからで、この状況でミケルソンがスポンサー企業への気遣いを忘れなかったことは、せめてもの、唯一の救いだった。

【残念なこと】

 しかし、とても残念だったのは、謝罪声明の中にPGAツアーやモナハン会長に対する言及も謝罪も一切なかったことだ。そんなミケルソンに対する不快感や怒りがPGAツアー側にないはずはない。

 ザ・アメリカン・エキスプレスの運営からミケルソン財団を切り離したことは、PGAツアーにしてみれば、大変な決断だったはずで、PGAツアーは来年の同大会開催までに、同大会開催地であるロサンゼル郊外のパーム・スプリングスにある慈善団体を探し出し、契約し、運営を依頼しなければならない。

 それは「そんなことが可能なのか?」「間に合うのか?」と思いたくなるほど大変な作業だが、それでも大会からミケルソンと財団を切り離したところに、PGAツアー側の強い不快感と意思が見て取れる。

【気になること】

 気になるのは、これからPGAツアーがミケルソンに対して、どんな処分を下すかという点だ。

 まだ新ツアー側と契約したり、実際に出場したりしたわけではないから、モナハン会長が言っている「あっち側に出た選手はメンバーシップ停止。最悪は剥奪」「このツアーから出ていけ」という処分には当たらない。

 しかし、PGAツアーを愚弄したこと、とんでもない英語を口にしたこと、ツアーのみならずスポンサーやファンを騒然とさせ、落胆させたことを重く見るだろうとは想像される。そして、PGAツアーが下す処分の内容次第で、ミケルソンの今後の動向が大きく変わるだろうと米メディアは見ている。

 それにしても、この期に及んで、サウジ側の「顔」が誰一人、目に見えていないことが、私は何より気になる。

 新ツアー構想が浮上したとき、最初から目に見えていたのは、グレッグ・ノーマン。彼が率いるリブ・ゴルフ・インベストメンツがアジアツアーを実質的に傘下に入れ、それが新ツアー創設の拠点的な役割を担う形になりつつある。

 そして、新ツアーとはどんなものになるのかを、選手たちの誰よりも先にサウジ側と接触し、最初から世の中に「語ってきた」のはミケルソンだった。

 まるで、新ツアーのスポークスマンか、アンバサダーのような役回りを一人でこなしてきたミケルソンが、自らの発言で大きく躓き、新ツアー構想とはまったく無関係にこれまでコツコツ築いてきたものを一気に失った。まるで、ピエロだ。

 しかし、新ツアーのアンバサダーも、ピエロも、それを演じることをミケルソン自身が選び、そして自ら失墜した。

 さらに言えば、今こうしてミケルソンがピエロと化したことが、新ツアーのイメージ悪化につながり、新ツアー創設への動きをも大きく阻む結果になりつつあることは、最大の皮肉だ。

 とはいえ、ゴルフ界のレジェンドを、このまま、こんなピエロのままで失ってしまうことは、あまりにも悲しすぎる。

 すべては、今後のPGAツアーの処分とミケルソンの胸の内次第。ピエロの目からこぼれ落ちる涙が、今はあまりにも悲しげに見える。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、ラジオ福島、熊本放送でネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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