マスターズのない春に思う、オーガスタ・ナショナルから教えられた人生の教訓

今年はマスターズ・ウィークにマスターズがない春を迎えているのだが、、、(写真:ロイター/アフロ)

 本当なら今週は「ゴルフの祭典」マスターズに世界が沸くマスターズ・ウィークになるはずだった。

 昨年大会を見事に制し、メジャー15勝目を挙げたタイガー・ウッズがディフェンディング・チャンピオンとしてオーガスタ・ナショナルに挑み、世界のトッププレーヤーたちがグリーン・ジャケットを羽織る自身の姿を夢見ながら4日間72ホールの熱い戦いをゴルフファンに披露してくれるはずだった。

 しかし、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、今年のマスターズは一旦は時期未定のまま延期となり、そして6日(米国時間)付けで「11月9日からの週に開催する」と発表された。とはいえ、あくまでも希望を込めた「予定」であることは言うまでもない。

 本来の4月のこの時期に現地で観戦予定だった人々は「せっかく買ったチケットは、どうなるんだろう?」と心配している様子だが、大会主催者のオーガスタ・ナショナルは、最初に延期を発表した直後から、ウエブサイト上で「チケットは新たな日程で開催する際に利用できます。安全な場所に大事に保管しておいてください」と記していた。

 そこには「きっと開催するからね」というオーガスタ・ナショナルの意欲や願いが込められており、「大事に」「安全な場所で」という丁寧な表現からはファンの方々を気遣う優しさが伝わってくる。

 一方で、「持っているチケットを他者に売ることはできますか?」という質問に対しては「オーガスタ・ナショナル以外でのチケット売買は許可していません」と一蹴。「大会が中止になったら、チケットの払い戻しは?」に対する返答も「オーガスタ・ナショナルから直接購入したチケットのみ払い戻します」と、きっぱり言い切っている。

 人々には優しく、ポリシーには厳しく。そんなオーガスタ・ナショナルの「ならでは」の姿勢を、私は1995年以来、合計20数回、間近に眺めてきた。

 11月に延期しての開催が発表されたとはいえ、今週、この4月の本来のマスターズ・ウィークにマスターズが行なわれないのは史上わずか3度目(1934年、1939年、2020年)であり、そこに淋しさが募る今、過去のマスターズ取材で感じたオーガスタ・ナショナルの優しさや厳しさを、しみじみ思い出している。

【「一旦、外へ」の意味】

 マスターズの観戦チケットは、前年のマスターズの時期にオンライン申請して抽選に応募し、7月ごろの抽選の当選者だけが購入できるというのが現行のシステム。

 だが、昔も今もチケットは「どこか」から出回り、さまざまなルート、さまざまな値段で売買されているのが実情で、昔は怪しい観戦ツアーも結構、見受けられた。

 2000年代の始めごろの出来事。当時はギャラリーもメディアも同じ場所に設置されたゲートから入場しており、ある朝、私がゲートを通ると、グリーン・ジャケットを着た警備担当のオフィシャル(係員)が「ジャパニーズですか?通訳できますか?」と尋ねてきた。

 頷くと、ゲート奥の小部屋へ導かれ、そこには60歳代ぐらいの日本人紳士が一人、不安そうに座っていた。オフィシャルいわく、「この方は偽造チケットで入場ゲートを通ろうとしました。チケットの入手方法などを聞いてみてくれませんか?」。

 日本人紳士は観戦ツアーに応募して高額を支払い、受け取ったチケットで当然ながら入場できると信じてゲートを通った、とのこと。それを伝えると、オフィシャルは頷き、「お気の毒だが、偽造チケットで入場させることはできません。外に出ていただきます」。

 しかし、そのオフィシャルは小声で「一旦、外に出ると、周囲にはチケット売り(ダフ屋)がたくさんいるんですよね。彼にそう伝えてあげてください」と言って、ウインクした。

【オフィシャルたちの「情け」】

 オーガスタ・ナショナルには「ならでは」のユニークな決まりがいくつもある。

 初めて取材に入った1995年大会。私はうれしさのあまり、文字通り、走り回って取材を開始した。すると、どこからともなくグリーン・ジャケット姿のオフィシャルが現れ、「オーガスタでは走ってはいけません」と小声で注意された。周囲の人々には聞かれないように、小声で。そして、命令調ではなく、丁寧に諭すように。そういう姿勢にオーガスタ・ナショナルの「らしさ」と「優しさ」が感じられるからこそ、彼の地では誰もが「わかりました」と素直に頷く。

「オーガスタでは携帯電話は禁止です」

 この決まりはギャラリーにもメディアにも選手にも適用されており、メディアはメディアセンターの建物内のみ使用可だが、コース外で違反すると即座に「退場」「出禁」となる。

 選手に対する携帯電話の取り締まりは本当に行なわれているのかどうか。米ゴルフウィーク誌の調査によれば、大半の選手は「電源を切るか、サイレント(マナーモード)にして常にゴルフバッグに入れている」「でもコース上で使ったことはない」と答えていた。

 だが、いつぞやの大会の開幕前日、練習ラウンド中にコース上でアイアンが壊れ、修理係がオーガスタから去ってしまう前に修理を依頼する必要上、「携帯禁止と知っていたけど携帯を使った」と懺悔したのは2007年覇者のザック・ジョンソン。

 すぐさまオフィシャルが近寄ってきて「携帯は使わないでください」と注意されたそうだ。しかし「この9番アイアンが明日から使えなかったら僕は終わりだ」と説明。きっとそのオフィシャルはジョンソンの事情に情けをかけてくれたのだろう。だからこそ、その出来事は騒動にも記事にもならず、数年後、ジョンソンはグリーン・ジャケットを羽織る日を迎えることができたのだ。

【教えられた人生の教訓】

 さて、これは規則や決まりではないが、オーガスタ・ナショナルでは毎年必ずと言っていいほどマスターズ・ウィークにアゼリアやドックウッドの花々が咲き揃う。だが、そうした花々がほとんど咲いていないマスターズが、私が取材した20数年の中で一度だけあった。

 暖冬で花々が早く開いてしまったそうで、視界に飛び込んできたのは緑の芝とバンカーの白砂ばかり。赤白ピンクの美しい花々が見られず、淋しいなあと思いながらクラブハウス前のベンチに座ったら、高齢のオフィシャルが近寄ってきて、こんなことを囁いた。

「花が早く咲いた分、木々には実がなり始めている。元々、果樹園だったこの土地には、今もいろんな木々がある。コースを歩いたら、木の実を探してごらんなさい」

 季節の悪戯を嘆くべからず。目の前に花がなければ、実を探せばいい。花も実もなければ、次の開花と結実を気長に待ってみるもよし。何がなくても春は春。どんな春に出会おうとも、春を愛でる気持ちを抱くべし。あのとき私は、そんな姿勢を教わった気がした。

 毎年、マスターズの季節になると思い出すこの教訓は、マスターズ・ウィークにマスターズがない今、一番、心に沁みている。

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て、89年に独立。93年渡米。以後、米ツアー選手たちと直に接し、豊富な情報や知識をベースに米国ゴルフの魅力を独特の表現で発信し続けている。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。26年間の米国生活に区切りを付け、2019年から日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、さらには武蔵丘短期大学客員教授を務めるなど活動範囲を広げている。

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