「一人でも多くの子どもにゴルフクラブを握ってほしいから」できることを行なった一人のプロゴルファーの話

小学5年生にジュニア用のゴルフクラブをプレゼントし、即席レッスンをした市原弘大

 12月22日は冬至だった。1年で最も昼間が短い冬至の日の夕暮れに、心温まる出来事をこの目で見ることができた。一人でも多くの方にその内容をお伝えしたくて、今、この記事を書いている。

 埼玉県所沢市のゴルフ練習場の片隅に、日本男子ツアーで2018年にビッグな2勝を挙げた市原弘大選手の姿があった。ゴルフを始めたいと思い始めた一人の小学生にジュニア用のクラブをプレゼントするために、市原は千葉県内から車を走らせ、小学生の自宅近くのゴルフ練習場(所沢キリンゴルフパーク)へ、やってきた。

 身長150センチ用の可愛らしいクラブが可愛らしいスタンドバッグに入れられている。そのバッグと自分自身のクラブが入ったプロ仕様の大きなゴルフバッグ、その2つを自ら両脇に抱えて、市原は練習場の片隅へ歩を進めた。

 そして、小学5年生の榎本大和くんにジュニアクラブのセットを笑顔で手渡した。

「大和くん、このクラブで練習して、ゴルフを好きになってね」

「はい。ありがとうございます!」

【日ごろから、心遣い】

 市原は日ごろから、プロゴルファーとしての自分をサポートしてくれているスポンサーや関係者、そして大勢のファンに対して深い感謝の念を抱いている。

 市原の謙虚な姿勢を私が初めて知ったのは、数年前の全英オープンのときだった。市原は現地で宿舎として借りていた民家から引き上げる際、ダイニングテーブルの上に全英グッズやお土産のお菓子などをきれいに並べてデコレーションし、「家を貸してくれて、ありがとうございました。快適でした」と英語で記したサンキューレターも添えて去ったそうだ。

 ちなみに、民家は有料で借りていた。しかも、全英オープンの際のそうした民家の貸し出し料金は、かなり高額である。だが、市原は「もちろん、お金は払っているんですけど、やっぱりよそ様のお宅を使わせていただいたことに変わりはないわけですから」と、心を込めて感謝の手紙と置き土産を用意した。

 民家の家主である英国人は、市原のそんな心遣いに深く感銘を受け、「コウダイ・イチハラに『ありがとう、これからも頑張ってください』と伝えてほしい」と、民家を手配したJGTO(日本ゴルフツアー機構)のスタッフにメッセージを寄せてきた。

 それを聞いた私も、たいそう驚かされ、感銘を受けた。そんな心遣いを見せた日本人男子選手は、私が知る限り、市原が初めてだった。

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【いずれは、貸し出しクラブを!】

 そして今年、私は市原とゴルフ雑誌「ワッグル」(実業之日本社)の誌上対談で向き合い、「日本でゴルフ好きを増やし、一人でも多くの子どもたちがゴルフクラブを握ってくれるようにするためにプロゴルファーは何をどうしたらいいのか」を話し合った。

 それと前後して、私が客員教授を務めている武蔵丘短期大学のキャンパス内で、ゴルフを知らない人々や子どもたちにゴルフに触れてもらう「ムサタンゴルフフェスティバル」を開催。そのフェスティバルに参加してゴルフの楽しさを初めて知り、「クラブを買って!」と母親にせがんだのが、冒頭の小学5年生の大和くんだった。

 しかし、母親は「子育て世代の私たちにとっては、やっぱり子どものゴルフクラブは高価。いきなり購入するのは厳しい」と戸惑っていた。大人のクラブを持ってくれば、短く切ってあげるという話もあったが、これまでゴルフとは無縁だった母子の手元に、切ってもいい大人のクラブがあるはずがない。

 その話を、たまたま市原に伝えたところ、彼はすぐさまこう言った。

「大人のクラブを切ったものは、やっぱりバランスが悪い。子どもがせっかくゴルフを始めるなら、子ども向けに作られたジュニア用のクラブを使うほうが絶対にいい。本当は日本全国各地の市町村の最低1カ所ぐらい、練習場にジュニア用クラブを備えて、子どもたちが自由に使えるようにしたいですよね。僕はこれから、そういうことを、自分のできる範囲でやっていきたいです。いずれは、貸し出しクラブをたくさんの練習場やコースに完備させたい。そういうことを考えるきっかけになったので、その小学生には僕がジュニア用のクラブをプレゼントします」

【無理をせず、できることをやる】

 市原は大和くんにクラブを手渡したあと、「ちょっと打ってみようか?」と言って、アイアンからフェアウエイウッド、ドライバー、そしてパターまで、一通りのクラブを大和くんに握らせ、即席レッスンを施した。

 大和くんは最初は緊張して笑顔も言葉もほとんど発せられず、無言でクラブを振っていたが、徐々にボールを捉えられるようになり、少しずつ頬を緩ませていった。

「どのクラブで打ちたい?」と市原に問われると、「これ!」と言って、迷わずドライバーを握るようになった大和くん。「楽しかったです」と、本当にうれしそうだった。

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 母親の榎本飛鳥さんは「プロゴルファーっていうと、もっと怖いイメージを抱いていましたが、ウチの子のためにわざわざ千葉から埼玉まで自分で車を運転して来てくれて、クラブをプレゼントしてくれて、こんなに優しくレッスンまでしていただいて、、、、息子はすっかりゴルフ好きになり、さっきから『球、打ちたい!打ちたい!』と言い続けてます。本当にありがとうございます」

 市原の姿勢は「あくまでも自分が無理や無茶をせずに、そして身近にできることをやっていく。大掛かりなことをやろうとするから、実現しないで終わってしまう。そうではなく、小さなことでもいいから、自分ができることをやっていけば、少しずつ何かが変わり、ゴルフを好きになってくれる人が増えてくれるのではないでしょうか」。

 市原自身、大和くんと過ごしたひとときは「とても楽しかったです」と優しい笑顔をたたえていた。小雨が降る寒い冬至の夕暮れに、心温まる出来事に触れ、練習場の片隅を囲んだ人々も、みな笑顔になった。

*写真はすべて筆者撮影

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て、89年に独立。93年渡米。以後、米ツアー選手たちと直に接し、豊富な情報や知識をベースに米国ゴルフの魅力を独特の表現で発信し続けている。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。26年間の米国生活に区切りを付け、2019年から日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、さらには武蔵丘短期大学客員教授を務めるなど活動範囲を広げている。

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