亡き恩師と祖父のために「天国へ見送る試合にしたいよね」と笑顔で挑む池田勇太の全米プロ

子供たちにとても優しい池田。自分のジュニア時代と重なるのだろう(写真/舩越園子)

 いよいよ今季最後のメジャー、全米プロが開幕する。その舞台、ミズーリ州セントルイスのベルリーフは昨冬の異常な寒さと今年の春夏の異常な猛暑、そして降雨の影響でコースコンディションは決して「チャンピオンシップ・レベル」とは言えない状態だ。

 開幕を明日に控えた水曜日、フェアウエイは水気を含んでソフトゆえ、ボールが転がらず、距離的にはタフな戦いになる。グリーンのスピードは「今日は速くなっている」と選手たちが口を揃えているが、グリーン面はまだまだソフトゆえ、ボールは適度に止まってくれる。おそらくは選手たちのスコアが伸びるバーディー合戦になる。

 

 日本人選手は6名が出場。その中で「優勝は20アンダーぐらいにはなるんじゃない?」と予想し、自分自身も「いいプレーがしたい。がんがん伸ばして行かなきゃだろ?」と意気が揚がっているのは池田勇太だ。

開幕前日も9ホールを終えて、さらに追加で3ホールを回り、ドライバーのチェックに余念がない(写真/舩越園子)
開幕前日も9ホールを終えて、さらに追加で3ホールを回り、ドライバーのチェックに余念がない(写真/舩越園子)

【逸る気持ちを抑える理由】

 笑顔を輝かせ、やる気満々。開幕前日の水曜日は、暑さのため多くの選手がハーフで切り上げる中、池田は早朝から9ホールをラウンド後、日本メディアの取材に応え、新しいドライバーの調整のために、さらに追加で3ホールを回ったほどだ。

 だが、池田は、こうも言う。

「オレはさあ、やってやるぜって気持ちが前面に出ると、狂ったように出て、火事場の馬鹿力みたいになって、スイングとか、いろんなところに影響しちゃう。今週は、それを、どう抑えながらやるかだな」

 逸る気持ちと抑える気持ち。そんな相反する2つを意識している背景には、実は2つのワケがある。

 昨年はメジャー4大会すべてに出場し、すべて予選落ちした。全米プロで予選落ちしたときは「自分を殺したい」と言って涙を流した。今年のマスターズも予選落ちを喫し、全米オープンは出場が叶わなかった。振り返れば、それらの最大の敗因はメンタル面。「狂ったように出てしまった馬鹿力」が、せっかく磨いてきたゴルフを望まない方向へ変えてしまった。

 だが、少しばかりリラックスして臨んだ今年の全英オープンは、そのかいあって予選通過を果たし、4日間を戦うことができた。

「そういうふうにリラックスしてやってみようと思っているのよ、今回も」

 

【恩師の死を前向きに捉え、笑顔で】

 だが、どうしても力が入ってしまいそうな事情が、今週の池田には、もう1つある。

 ジュニア時代からの恩師である千葉晃プロが前週、8月2日に亡くなり、池田は7日の葬儀に参列できぬまま、日本を発ち、今大会にやってきた。

 

 前週のブリヂストン招待では、同じ千葉プロ門下だった市原弘大が初日も最終日もラウンド後に涙をこらえきれなくなったが、それでもプレー中は笑顔で頑張っていた。

 そして今週の池田も、努めて明るい表情。どちらも千葉プロの教えだった「ゴルフは楽しめ」を忠実に守っているのだろう。

「オレはさあ、千葉プロの死を、プラスって言ったら変かもしれないけど、すごく前向きに考えている。千葉プロは亡くなったけど、天国から見てくれていることは間違いない。だからオレは、この大会でいいプレーをして、天国にいる千葉プロに見せてあげたい」

 そう思うと、どうしても気合いが入り、気持ちが前面に出そうになる。

「それを、どう抑えながらやれるかだな」

 今週、池田は、そんなゴルフに挑もうとしている。

日本プロゴルフ選手権を制し、初優勝を挙げたときは千葉プロと一緒に喜びを噛み締めた
日本プロゴルフ選手権を制し、初優勝を挙げたときは千葉プロと一緒に喜びを噛み締めた

【成長し、プロになった「泣き虫勇太」】

 今から20年ほど前。千葉プロから「ジュニアの親御さんたちのための手引書みたいな本を作りたいから中身を書いてくれ」と依頼された私は、一時帰国して、千葉プロがジュニアを指導していた千葉県内の北谷津ゴルフガーデンに赴いた。

 

 たくさんの子供たちがクラブを振り、練習をしていた。当時の日本のゴルフ界には、まだジュニアゴルファーをサポートするシステムが皆無に近く、そんな状況下でジュニアをサポートしようと孤軍奮闘していたのが、千葉プロだった。

 子供たちの練習を何気なく眺めていたら、どこかから厳しい怒声が聞こえたと思った途端、一人の男の子が泣き出した。それが、当時まだ小学校の低学年だった池田。怒声の主は、彼の祖父・池田直芳さんだった。

「勇太のじいちゃんは厳しいからな。勇太も勇太で、すぐ泣いちゃう。泣き虫勇太って呼んでいるんだけど、アイツ、いつも一生懸命でホント、可愛いやつなんだ」

 千葉プロのその言葉が、私の胸にずっと残っていて、今でもプロとして世界の舞台を踏んでいる池田を眺めながら、ときどき「泣き虫勇太」を思い出すことがある。

「小4ぐらいのときかな。ウチのじいさんが癌の手術をしたばっかりなのにオレが出る世界ジュニアにどうしても一緒に行きたいって言って、それで千葉プロの車に3人で乗って、名古屋だったか、岐阜だったかの試合会場まで、はるばる行ったことがあったんだよ。真夏のくそ暑い日にさあ、、、、」

 そんな暑かった思い出の日と、これから挑む猛暑のベルリーフは、今、池田の胸の中で重なっている。

 池田の祖父・直芳さんは3年前に他界。そして今度は、その祖父とも親交があった恩師・千葉プロが他界。明るい表情とは裏腹に、池田の胸中は本当は淋しく切なく、そして複雑だ。

 その想いをボールに込めて、いいプレーをしようと胸に誓い、しかし、その気持ちを前面に出し過ぎてはいけないぞと気を引き締める作業も続けている。

「ウチのじいさんが天国にいてくれて良かったよ。千葉プロも天国でウチのじいさんに会えれば淋しくない。天国へ見送る試合にしたよね。2人で一緒にオレのプレーを見て、そして2人とも天国で第2の人生を楽しんでくれれば、オレもうれしい」

 全米プロは明日開幕。池田はブライアン・ハーマン(米国)、アダム・ハドウィン(カナダ)とともに、早朝7時45分、1番からティオフする。千葉プロも池田の祖父も、天国でテレビの前に陣取っていることだろう。池田はどんなプレーを見せてくれるか。私も一緒に眺めたい。

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て、89年に独立。93年渡米。以後、米ツアー選手たちと直に接し、豊富な情報や知識をベースに米国ゴルフの魅力を独特の表現で発信し続けている。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。26年間の米国生活に区切りを付け、2019年から日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、さらには武蔵丘短期大学客員教授を務めるなど活動範囲を広げている。

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