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コロナで「破滅的事態」でも酸素販売制限や医師逮捕 混乱のミャンマー軍政 日本の支援は市民に届くか

舟越美夏ジャーナリスト、アジア政経社会フォーラム(APES)共同代表
ミャンマー 中部マンダレーで、マスクをして国軍への抗議デモをする人々=7月3日(提供:Time For Revolution/ロイター/アフロ)

 「見てくれ、どの車も何遺体も積んでるんだ。国を統治したいのなら市民のことを考えろ」。ミャンマーの最大都市ヤンゴンの火葬場で、男性が叫んでいる。広い駐車場を埋める車に積まれた遺体。新型コロナウイルス感染で死亡した彼の母親の遺体。「これが真実だ。逮捕するなら来てみろ」。コロナで死者が増大している現実を認めず対策を打たない軍政への怒りを、男性は素顔と本名を明かした上でぶちまける。フェイスブックライブで配信されたこの映像は多くの人にシェアされた。

 ミャンマーで国軍がクーデターを起こして半年が経過した。軍事政権は、クーデターに抗議した市民900人以上を殺害したが、急速に拡大しているコロナでも国民を死に追い込んでいる。保健・スポーツ省によると7月末、コロナによる死者は1日で350人を越え、陽性率は40%を上回った。医療体制は崩壊しており、市民は感染した家族のために酸素ボンベに補充する医療用酸素を確保しようと奔走している。しかし軍政は酸素の販売供給を制限し、市民の怒りと危機感は極限に達している。感染は実は国軍とその家族にも大規模に広がっており、国軍内は混乱に陥っているようだ。

 ミャンマーの人権状況を担当する国連のトーマス・アンドリュース特別報告者は7月中旬、軍政には危機を制御する能力がないと断じた上で「破滅的な事態だ」として国際社会に緊急の支援を呼びかけた。日本政府は各地の医療機関に救急車14台と、国連を通じ700台の酸素濃縮器を供与すると発表。しかし、多数の市民に確実に支援が届く仕組みが早急に設置されなければ事態は未曾有の悲劇に突入し、周辺国に感染が広がる可能性さえある。

救援に回るZ世代

 「第3波の今、状況は最悪です」。ヤンゴンに住む27歳のラピェは、クーデター発生前に起きた第2波では、患者をボランティアで病院に運んだ。「あの頃は赤十字や慈善団体、病院がうまく連携していた。自分が感染しても、治療してもらえるという安心感もあった」という。

 連日、目撃するのは医療体制のひどさと死んでいく感染者だ。7月下旬、重症の男性を受け入れてもらおうと2つの病院を訪れたが拒否された。「血中酸素レベルが低すぎる」というのが理由で、男性は自宅に戻した直後に死亡した。男性の遺体を火葬場に運ぶと、軽トラックや人力車、三輪車などがひしめき、50遺体が順番を待っていた。「感染から火葬まで、悲惨な状況がずっと続くんです」とラピェは言う。ヤンゴン以外の都市では薬は手に入らず、医療用酸素の入手もままならない。

 ヤンゴン近郊の町に住む40代の男性は、薬と酸素を探して何日も奔走したが入手できず、感染した父は死去した。クーデター前に医療センターでボランティアをしていた男性は「これが文民政権との違いだ。適切な予防措置が取られていれば、これほどの惨事にはなっていなかったはずだ」と軍政を批判した。

 6月下旬以降、バスやタクシーの中でドライバーや乗客が死亡したり、自宅で高齢者らが死亡したりするケースも少なくないという。クーデターへの抗議活動の中心的役割を果たしている「Z世代」の中には、ラピェのように薬や食事を必要な人に届けたり、医療酸素供給所に代理で並んだりする活動をする者も増えた。あるZ世代のグループは街頭で募金を集め、100世帯に食糧を届けたという。

夜間に、感染者に医療用酸素を届ける活動をする若者ら(Facebookより筆者作成)
夜間に、感染者に医療用酸素を届ける活動をする若者ら(Facebookより筆者作成)

 ヤンゴンで無料で葬儀を行う慈善団体関係者は「一日で70遺体を担当した」と証言する。火葬場は連日、午前9時から午後10時まで稼働せざるを得ない状況で、この関係者は「ヤンゴン だけで1日に200人以上が死亡しているのでは」と推測している。

 火葬場に多数の遺体が運び込まれている写真や映像が7月下旬、SNSで拡散されると、国軍系新聞は「写真はフェイクだ」と報じたが、別の国軍系メディアは感染者数が増加していることは認めた。

兵士に酸素ボンベを奪われる

 市民は、国軍はコロナを武器にして抗議運動を抑え込もうとしているのでは、と不信感を強めている。理由の一つが、医療用酸素の販売制限だ。

 6月下旬からの感染の急拡大で、ヤンゴンでは医療用酸素の販売所があちこちに設置され、市民が長蛇の列をなした。医療従事者の大半がクーデターに抵抗する「市民不服従運動」に参加し個人的に医療活動をしているため、病院にはほとんど医師がおらず、軍政がヤンゴンに設立したコロナ治療センターは事実上、軍政関係者とその家族のためのものだからだ。

 こうした状況下で、軍政報道官は7月12日、「病院に十分な酸素を確保するため個人への酸素供給を制限する」と発表した。「地元の保健省の推薦があれば」緊急に酸素が必要な患者には供給し、また「医療目的であれば夜も外出できる」としたが、午後8時から午前4時までの夜間外出禁止令は発令されたままだ。これにより酸素の確保は市民にとって非常に困難になった。夜間に寺院で家族のために酸素ボンベを確保したある男性は、帰宅途中に兵士に止められ「ボンベを奪われた」という。

ヤンゴンの寺院で、医療酸素の補充を待つ人々(ラピェ氏提供)
ヤンゴンの寺院で、医療酸素の補充を待つ人々(ラピェ氏提供)

 ヤンゴンに住む30代の女性、スーさんの夫と生後数ヶ月の息子は、7月上旬に感染した。夫は、ビタミン剤などを手に入れようと薬局の前の長蛇の列に加わった時に感染したとみられる。二人は市民不服従運動に参加している医師に診てもらい、間もなく回復した。

 医療用酸素の入手はとても困難なため、スーさんは知り合いを通じて、空気から高濃度の酸素を取り出す「酸素濃縮器」を購入し、必要な人々にも酸素を供給している。「日本の支援のことは知らなかったけど、(供与される)700台の酸素濃縮器があれば14000人を助けられる。酸素が必要な人はそれ以上にたくさんいるけれど」

 スーさんは友人たちと、食糧や薬などの支援物資を様々なルートで地方に住む人々に届ける活動をしている。その中には、少数民族武装勢力の遅配地域で軍事訓練を受けている若者や、刑務所内にいる友人たちも含まれている。「心を強く持てば乗り切れると信じている」。クーデター後は「絶望的な気持ちだった」というスーさんだが、今はひたすら前を向き「自分ができることを全力でしている」という。

国軍内にも感染拡大、それでも医師逮捕

 これほどのコロナ禍にあっても軍政は、病院外でコロナ患者の治療に当たっている医師を「反逆罪」などで逮捕している。いずれも市民不服従運動の参加者で、オンライン治療や患者宅を訪問し治療していた医師らだ。6月には、ワクチン接種プロジェクトの中心だった著名な医師ら25人以上を、7月下旬には5人の医師をヤンゴン北部で逮捕した。「感染した家族を助けて欲しい」という電話でおびき出され逮捕された医師もいる。ヤンゴンのある医師は「軍政に抗議している医師の治療で状況が良くなることを恐れているのでは」と推測している。

ミャンマー北西部で、感染者に酸素マスクを装着するボランティア
ミャンマー北西部で、感染者に酸素マスクを装着するボランティア写真:ロイター/アフロ

 新型コロナの感染は国軍内にも拡大し、大混乱を引き起こしているようだ。ヤンゴン や首都ネピドー 、古都マンダレーなどで感染は司令部や大隊、部隊まで広がり、将校クラスやその家族らの入院も相次いでいる。

 2月1日のクーデター後、国軍はヤンゴンの二つの医療センターの計1200床と医療機器などを接収した。そのために国軍のコロナ治療センターには十分な医療機器があるとみられている。

 刑務所内もコロナがまん延している。国連によると、2月1日以来、逮捕・収監された人々は6千人以上。20日には、アウンサンスーチー氏の側近がヤンゴン郊外のインセイン刑務所でコロナに感染し死亡。23日にはこの刑務所で、収監者が大規模に抗議する事態となり、国軍が出動した。

 「もう時間は残されてない。軍事政権に影響力を持つものは、彼らの協力を得るために行動を」。国連のアンドリュー特別報告者が呼びかける対象に、「国軍との太いパイプ」を強調してきた日本も含まれているのは間違いない。国連も東南アジア諸国連合(ASEAN)も動きが取れない中、多くの人命を救うためにも今こそ、そのパイプを使うべきではないか。

(了)

ジャーナリスト、アジア政経社会フォーラム(APES)共同代表

元共同通信社記者。2000年代にプノンペン、ハノイ、マニラの各支局長を歴任し、その期間に西はアフガニスタン、東は米領グアムまでの各地で戦争、災害、枯葉剤問題、性的マイノリティーなどを取材。東京本社帰任後、ロシア、アフリカ、欧米に取材範囲を広げ、チェルノブイリ、エボラ出血熱、女性問題なども取材。著書「人はなぜ人を殺したのか ポル・ポト派語る」(毎日新聞社)、「愛を知ったのは処刑に駆り立てられる日々の後だった」(河出書房新社)、トルコ南東部クルド人虐殺「その虐殺は皆で見なかったことにした」(同)。朝日新聞withPlanetに参加中https://www.asahi.com/withplanet/

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