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「軍は私たちの功績を盗んだ」自由を知った市民の抵抗とミャンマー国軍の誤算

舟越美夏ジャーナリスト、アジア政経社会フォーラム(APES)共同代表
ミャンマーの最大都市ヤンゴンで、クーデターに抗議し鍋を打ち鳴らす市民(写真:ロイター/アフロ)

 国軍がクーデターで実権を掌握したミャンマー。アウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相が率いる与党国民民主連盟(NLD)が昨年11月、総選挙で圧勝して以来、「選挙に不正があった」と主張し続けた国軍トップの言動から、クーデターを予想していた市民は少なくなかった。一方、国軍には、市民の抵抗と抗議の行動は予想を超えていたようだ。

 「軍政時代、私たちはスー・チー氏の解放と政治の変化、自由をひたすら夢見ていた。今回、国軍は私たちが築いた民主主義と自由、業績を盗んだのだ」。40代の公務員男性は憤る。軍事政権時代、市民は強大な武力で抑え込まれていたが、民主主義と自由を知った今、沈黙はしていない。国軍は、クーデター直後にSNSのインフルエンサーらを拘束したものの、この見せしめの効力は薄く、SNSでは軍トップを批判する風刺画や歌などが次々とシェアされ、市民の「不服従運動」は日毎に拡大している。軍がフェイスブックへのアクセスを遮断した後も、市民は様々な方法で連絡を取り合い連携を試みている。国軍の若い世代にはNLD支持者もおり、軍内の権力闘争も絶えない。一枚岩ではない国軍は、広がる運動を警戒している。

 フェイスブックなどでシェアされている人々の抗議と抵抗の一部を紹介する。

「悪霊を追い出せ」

 午後8時、街角で市民が一斉に鍋などを打ち鳴らす音が響き渡る。クーデターに抗議する「悪霊を追い出せ」キャンペーンだ。最大都市ヤンゴンや首都ネピドーなど全国の都市で連日、行われている。「国会のために集まった議員たちが軍の命令で退去させられるのを見て涙が止まらなかったが、市民の行動を見て勇気づけられた」とネピドー在住の記者は言う。

https://www.facebook.com/watch/live/?v=191225879412819&ref=watch_permalink (ミャンマー・タイムズ、フェイスブックより)

「鍋を叩いて玉座を盗んだ悪の独裁者を追い出そう」と呼びかけるイラスト(フェイスブックより筆者作成)
「鍋を叩いて玉座を盗んだ悪の独裁者を追い出そう」と呼びかけるイラスト(フェイスブックより筆者作成)

赤いハイヒール(スー・チー氏)に噛みつく緑の犬(国軍トップ)(フェイスブックより筆者作成)
赤いハイヒール(スー・チー氏)に噛みつく緑の犬(国軍トップ)(フェイスブックより筆者作成)

玉座に居座る犬(フェイスブックより筆者作成)
玉座に居座る犬(フェイスブックより筆者作成)

 新型コロナウイルスと闘う医療従事者たちも抗議の意志を示している。防護服の背中に書かれたのは「ミャンマーを救え 我々は選挙で選ばれたNLD政府を求める」。医師や看護師ら医療従事者が胸にNLDのシンボルカラーである赤のリボンを着け、抵抗を表す3本指を立てる写真もシェアされた。「赤いリボン」キャンペーンは、国立病院を含め全国100以上の病院や研究所に広がったという。

抗議の文言が書かれた防護服(フェイスブックより)
抗議の文言が書かれた防護服(フェイスブックより)

クーデターに抗議する医療従事者たち(フェイスブックより)
クーデターに抗議する医療従事者たち(フェイスブックより)

中国外相とロシア国防相に支持取り付けか

 クーデターを決行したのはミン・アウン・フライン総司令官ら少数のグループだとの指摘もある。総司令官は今年、65歳を迎え引退が近いと言われていた。引退後は国軍系企業から得られるうまみも減り、国際的にはロヒンギャ迫害で戦争犯罪や人道に対する罪などで追及される可能性があるのだ。

 ミャンマーを1月中旬、中国の王毅外相が、下旬には近年急速に接近しているロシアのセルゲイ・ショイグ国防相が訪問したが、ミン・アウン・フライン総司令官は首都ネピドーで両者とそれぞれ会談した。総司令官は「総選挙で不正があった」と訴え、両者からクーデターへの支持を取り付けた可能性がある。中国にとって国軍は、アウン・サン・スー・チー氏よりもやりやすい相手だろう。スー・チー氏は中国の習近平国家主席と会談した際、ミャンマー国境地帯の少数民族武装勢力に中国が武器供与などをしているとされる問題を取り上げ「支援をしないよう」依頼し、中国側の機嫌を損ねたといわれる。

 しかし、ミン・アウン・フライン総司令官の思惑通りに事態はスムーズに進んで行きそうにない。クーデター後、NLDを支持する軍人は拘束されたが、利権追求に血道を上げる上層部に嫌気が差している軍人も若い世代を中心に存在するとみられる。2月1日に予定されていた連邦議会開会はクーデターで阻止されたが、現地からの情報によると、NLDの議員ら約70人が4日、首都ネピドーの政府施設に集まり「議員としての義務を果たす」宣誓を果たした。この場に来られなかった約4百人の議員はオンラインで宣誓し、宣誓書を議会に送付する予定という。拡大する市民の不服従運動に「国軍トップは恐れを抱き始めている」という囁きが軍事政権周辺から漏れているといい、抗議運動への取り締りは今後、強まる可能性がある。民主主義と自由を謳歌した市民、中でも若い世代がどう抵抗していくのか見守っていきたい。

(了)

ジャーナリスト、アジア政経社会フォーラム(APES)共同代表

元共同通信社記者。2000年代にプノンペン、ハノイ、マニラの各支局長を歴任し、その期間に西はアフガニスタン、東は米領グアムまでの各地で戦争、災害、枯葉剤問題、性的マイノリティーなどを取材。東京本社帰任後、ロシア、アフリカ、欧米に取材範囲を広げ、チェルノブイリ、エボラ出血熱、女性問題なども取材。著書「人はなぜ人を殺したのか ポル・ポト派語る」(毎日新聞社)、「愛を知ったのは処刑に駆り立てられる日々の後だった」(河出書房新社)、トルコ南東部クルド人虐殺「その虐殺は皆で見なかったことにした」(同)。朝日新聞withPlanetに参加中https://www.asahi.com/withplanet/

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