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「部下が発達障害かも?」上司のメンタルが病む前に専門家に相談を

舟木彩乃ストレスマネジメント専門家(Ph.D.,ヒューマンケア科学)
(写真:イメージマート)

 近年、発達障害という言葉が広まってきたこともあり、企業などでカウンセリングをしていると、発達障害の特徴を持つ部下への対応についての相談が増えてきました。

 発達障害は、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症(ADHD)、学習症(学習障害)、チック症、吃音などが含まれる脳の働き方の違いによる生まれつきの特性です(参照:厚生労働省:みんなのメンタルヘルスhttps://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_develop.html)。今回は、発達障害の一つである「自閉スペクトラム症」の特徴を持つ部下への対応について相談に来たAさん(IT企業、男性・40代前半)のケースをご紹介します。

◆場の空気が読めない新入社員の配属で頭を抱えることになった上司

 Aさんがリーダーを務めるシステム開発部は、複数名のSE(システムエンジニア)が所属しています。最近、社員研修を終えた新入社員Bさん(男性、20代)がAさんの部署に配属となりました。

 Bさんは、IT・コンテンツ系の有名大学院を出ており、システム設計の知識も豊富な一方で、場の空気を読んだり、他人の言葉のニュアンスを捉えたりすることが苦手でした。会議や接客のとき、周囲をヒヤヒヤさせることも多くありました。また、特定の分野に強い関心があってこだわりが強いため、普段は無口でも興味のあることになると話が止まらなくなり、周囲を驚かせることもあったそうです。

 Bさんが配属されて以来、Aさんは頭を抱えることが多くなりました。書類の整理を指示すると勝手にシュレッダーしたり、顧客との会食後、挨拶もせずに帰宅していたり、予想外の行動が頻発したからです。新人の働きぶりを見に来た役員が「仕事はどう?」と声をかけると、主力商品の欠点を長々と説明し始めたこともあり、Aさんは慌ててフォローしたそうです。

 Aさんが「分からないことがあったら遠慮せずいつでも質問してくださいね」と言ったばかりに、商談中に突然ノックもせずに応接室に入ってきて、話し出そうとしたことも何度かありました。一度は顧客から「失礼じゃないか!」と注意されましたが、Bさんは首をかしげてきょとんとしていたそうです。

 Aさんは、昼夜問わずに来るBさんからの質問メールやチャット、電話にも困っていました。できる限り丁寧に対応するようにしていましたが、仕事に影響のないマニアックな質問が多く、急を要するものはほとんどありませんでした。にもかかわらず、返事が遅れると、「返信はまだですか?」と何度も催促し、答えたとしても、独特に深掘りした長文の再質問が来たりしたそうです。困ったAさんは、状況によってはすぐに返信ができないこと、質問は勤務時間中にしてほしいことなどを伝え、“常識の範囲内”で考えてほしいと注意しました。そのときBさんは、「遠慮せずに質問して良いと言われましたが?」と不服な顔をしていたそうです。

 Bさんはネットワークシステムの設計などには長けていて、設計図やレポートの作成で顧客から褒められたこともあります。しかし、Bさん一人に顧客への説明をさせると、自分の興味ある箇所の説明が止まらなくなり、担当を替えてほしいとクレームが来たこともありました。

 AさんはBさんのフォローに大きな負担を感じるようになりました。他の部下たちも、Bさんが変わっていることを察し、関わりたくないような雰囲気でした。Aさんは、威圧的にならないよう遠回しにBさんに注意をしてきましたが、ほとんど通じていないことは明らかでした。顧客のニーズよりも自分のこだわりや都合を優先し、注意しても頑なに聞き入れないところにも疲れてきたそうです。

一方で、Bさん自身も、なぜ自分ばかりが多くの指摘や叱責を受けるのか理解できず、職場にストレスを感じているようでした。

◆伝え方を工夫することで改善することも

 Aさんからの相談を聞いている限り、Bさんは発達障害の一つである「自閉スペクトラム症」の特徴と重なるところがありました。その特徴は、社会的コミュニケーションの障害、強いこだわりがあり限られたことに興味を持つ、イマジネーションの障害(想像力不足や他者の気持ちが理解できない)などです。特徴と言っても人によって症状や程度は異なり、社会生活に支障がない場合は診断が下されません。

Bさんは成績優秀だったため、学校では人間関係の課題があっても問題とならなかった可能性があります。社会に出て初めて“生きづらさ”を感じたのかもしれません。

 Aさんからの相談を受け、私はBさんの傾向を理解してもらい、“伝え方”を工夫することを提案しました。

 自閉スペクトラム症の人、あるいはその傾向がある人は、特に口頭での指示を正確に捉えることが苦手です。話し言葉には、さまざまなメタメッセージ(表情や視線など言語以外によるコミュニケーション)が含まれているものですが、発達障害の人はメタメッセージを読み取る力が弱いと言われています。そのため、空気が読めず、相手が興味ない内容を延々と話し続けたり、マナー違反をしたりしてしまうのです。

 職場では、「あの件、適当に処理して」や「常識の範囲内でよろしく」などという言葉が飛び交います。しかし、自閉スペクトラム症の場合、「あの」「適当に」「常識の範囲内」という言葉は、どの程度のことか測りかねることになります。遠回しな表現や皮肉も、真の意味が通じにくいので言葉通りにそのまま受け取るところもあります。

 一方で、文字情報の処理能力は高く、演繹思考や暗記が得意です。これらの特徴を念頭に置くと、曖昧な言い方を避け、指示や説明は口頭だけでなくできるだけ文書化することが必要です。たとえば、「常識」という言葉を使うなら、それは具体的にどのような内容で、なぜそれが求められるのかを論理的に説明しなければなりません。

 最近、Aさんは、Bさんの特徴について理解が進み、彼の特性に合うと思われる対処法を試し、うまくいった場合は部署内で共有しているそうです。仕事の指示や指摘の仕方を工夫するようにしたところ、Bさんの常識を逸脱するような言動は減り、仕事の優先順位をAさんに確認してくるようになったそうです。

 今回のケースでは、Aさんが一人で抱え込まず、早めに相談に来てくれたことが解決のきっかけとなりました。一人で悩み続けると、自分がうつ病などを発症することがあります。

 周囲の人の「困った言動」に悩んでいる場合は、早めに専門家を活用することをお勧めします。

ストレスマネジメント専門家(Ph.D.,ヒューマンケア科学)

ストレスマネジメント専門家〈博士(ヒューマン・ケア科学)/筑波大学大学院博士課程修了)。株式会社メンタルシンクタンク(筑波大学発ベンチャー)副社長。文理シナジー学会評議員。AIカウンセリング「ストレスマネジメント支援システム」発明(特許取得済み)。国家資格として公認心理師、精神保健福祉士、第1種衛生管理者、キャリアコンサルタントなどを保有。カウンセラーとして約1万人の相談に対応し、中央官庁のメンタルヘルス対策に携わる。著書に『「首尾一貫感覚」で心を強くする』(小学館新書)、『なんとかなると思えるレッスン』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)等がある。

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