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「なぜこんな簡単な仕事ができないの?」部下に言ってはNGな訳 関係回復の方法は

舟木彩乃ストレスマネジメント専門家(Ph.D.,ヒューマンケア科学)
(提供:Shrimpgraphic/イメージマート)

コロナ禍での政府や自治体からの要請もあり、テレワークを導入・推進する企業は増えました。一方で、実際に相手を目の前にしていないがゆえのコミュニケーショントラブルが増え、職場の人間関係に悩んでしまう人も増えました。今回は、筆者がカウンセリングをした、ある管理職の方のケースをご紹介します。

◆部下にキツい言い方をしてしまう優秀な課長のケース

 Aさん(30代前半・女性)は、金融商品を扱う企業のマーケティング課でデータ解析の仕事をしています。彼女は、理系の大学院出身で統計処理に詳しく、英語も堪能です。その優秀さが認められ、一昨年には同課初の女性課長に抜擢され、4人の部下を持つことになりました。しかし、Aさんから見て仕事を完璧にこなせる部下はおらず、特にBさん(20代・男性)は、次々に出す指示にほとんど対応できずにいました。

 マーケティング課は基本的にテレワークで、メールの他、SNSのグループなどでコミュニケーションをとることが多かったそうです。Aさんは日頃から、スピード感と緊張感を持ってテレワークに取り組むよう伝えていました。しかし、Aさんの発信に対して部下からのレスは遅く、中でもBさんは遅くなることがしばしばだったそうです。そんな中、ある日のオンラインミーティングでBさんに「なぜこんなに簡単な仕事ができていないの?」と問うたところ、それ以降Bさんは明らかにAさんを避けるようになったということです。課全体のモチベーションもいつまで経っても高まらず、Aさんは次第に部下への接し方で悩むようになりました。

 筆者は、Aさんから部下達、特にBさんへの対応法について相談を受けました。話を聴くと、彼女は「攻撃タイプ」(相手の気持ちを考えず自分の主張を優先する表現)のコミュニケーションになっていて、アサーティブな表現ができていないようでした。アサーティブとは、自分の意見や要望などを伝えるとき、一時的な感情に流されず“自分”と“相手”の両方の気持ちを大切にするような表現方法です。アサーティブな表現は、対面時だけではなく、メールなどのコミュニケーションでも重要です。

 そもそもAさんは、相手を傷つけようとして攻撃タイプになっていた訳ではありません。彼女は、学業や仕事で挫折を味わったことがほとんどなく、順調に業績を積み上げてきたため、特にBさんのような人の気持ちが分からず、共感できずにいたのです。Aさんのような言い方は、普通言われた側は「仕事が遅い」とか「能力が低い」と言われた気になり、ショックを受けてしまいます。しかしAさんはそれに気づけなかったのです。実際に、Bさんから「一生懸命やっているのに傷つきます」と言われたこともあったそうで、悪気がなかったAさんはとても驚いたそうです。

◆部下の気持ちに気付くための方法「エンプティチェア」

 そこで筆者はAさんに、1人2役で会話のシミュレーションをする「エンプティチェア技法」を実施しました。椅子を2つ用意して、彼女に自分とBさんの2役を演じてもらい、自分の主張をするときは自分の椅子、Bさん役を演じるときはもう一方の椅子に移動し、それぞれの気持ちになって1人2役で対話をするというやり方です。

 実際に「なぜこんな簡単な仕事ができていないの?」とBさんに言った場面を再現してもらい、Bさんの椅子に移動して、彼の気持ちを想像してもらいました。また、部下達に出したメールやSNSの内容も再現してもらい、それらを自分宛てに送るという作業もやってもらいました。何回かそれを繰り返していくうち、次第に自分の言葉で相手はどう感じるのか、想像力が欠如していたことに思い至ったようでした。

 以降Aさんは、相手の気持ちを想像しながらアサーティブな表現を心がけるようにしたことで、少しずつではありますが、部下達と良好なコミュニケーションが取れるようになっていったそうです。特にBさんに対しては、何か指摘したいことがある場合、まずは椅子を頭の中に思い浮かべ、シミュレーションしてから実際の会話をするようにしたそうです。メールやSNSも、必ず一呼吸置いてから送るように心がけているとのことでした。

職場の人間関係の問題は常に、ストレスを感じる要因の上位にあります。一人ひとりのコミュニケーション能力を高めることがその解決の糸口になることが多く、特に管理職ほど高いコミュニケーション能力が求められます。今回のAさんに欠けていたのは、まさにこの部分でした。

◆言語以外のコミュニケーションを意識して仕事を円滑に

 最後に、コミュニケーションには、言葉による「バーバルコミュニケーション(言語的コミュニケーション)」と、言葉ではない「ノンバーバルコミュニケーション(非言語的コミュニケーション)」があります。

 ある研究によると、2者間の対話ではバーバルコミュニケーションで伝えられるのは全体の35%に過ぎず、残りの65%は話しぶり、動作、ジェスチャー、相手との間の取り方といったノンバーバルコミュニケーションによって伝えられるという結果が出ています。このことから、特に管理職など上の立場にいる方は、話す内容だけでなく、声色や表情、話すスピードなどが威圧的になっていないか、「言葉以外」でどのように表現するのかということも、意識したほうが良いでしょう。これはオンラインでもオフラインでも同様です。

 企業にとっても、Aさんのような管理マネジメントとならないようなコミュニケーショントレーニングの導入は、今や必須だといえるでしょう。個人のほうでも、鏡に向かって練習したり、スマホで録画したものを自分で見たりすることで、日頃からトレーニングは可能です。口下手だったり、言葉で自分の思いを相手に伝えることが苦手だったりするという人は、態度や表情などを駆使しながら相手に自分の気持ちを伝えることも試みてみましょう。実際に相手を目の前にしていない状況でのノンバーバルコミュニケーションは、そのスキルが十分に身に付くまでは大変かもしれませんが、円滑に仕事を進めるうえでは絶対に欠かせないものなのです。

ストレスマネジメント専門家(Ph.D.,ヒューマンケア科学)

ストレスマネジメント専門家〈博士(ヒューマン・ケア科学)/筑波大学大学院博士課程修了)。株式会社メンタルシンクタンク(筑波大学発ベンチャー)副社長。文理シナジー学会評議員。AIカウンセリング「ストレスマネジメント支援システム」発明(特許取得済み)。国家資格として公認心理師、精神保健福祉士、第1種衛生管理者、キャリアコンサルタントなどを保有。カウンセラーとして約1万人の相談に対応し、中央官庁のメンタルヘルス対策に携わる。著書に『「首尾一貫感覚」で心を強くする』(小学館新書)、『なんとかなると思えるレッスン』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)等がある。

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