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「死にたい」と言われたらあなたはどう答える? 必要なのは「有意味感」

舟木彩乃ストレスマネジメント専門家(Ph.D.,ヒューマンケア科学)
(写真:アフロ)

10月10日は「世界メンタルヘルスデー」です。世界精神保健連盟がメンタルヘルス問題に関する世間の意識を高め、偏見をなくし、正しい知識を普及することを目的として定めた日で、国連の正式な国際記念日となっています。

世界メンタルヘルスデー2021に合わせて、今回は、職場の問題が原因による自死について考えてみたいと思います。

令和2年中の自殺者の総数 21,081人のうち「被雇用者・勤め人」の自殺は6,841人、そのうち約4.3人に1人は勤務問題が自殺要因の一つでした(厚生労働省・警察庁,2021)。自殺は多様で複合的な要因が関連していますが、自分の仕事や職業生活での強い不安、悩み、ストレスがある労働者の割合が58.0%(平成30年労働安全衛生調査,2019)であることからしても、自殺と職業性ストレスは強い関連性があると考えられます。

◆仕事を抱え込み過ぎて休職に追い込まれてしまったAさんのケース

人は生きていくなかでさまざまな壁(=つらい状況)にぶつかります。職場では尚更でしょう。これまで私は仕事柄、職場の問題から自死を考えるところまで追い詰められてしまった方のお話を聴く機会が多くありました。自死までを考えてしまうのはどのようなときが多いのか、また、周囲の人間はどのような言葉をかければよいのか。例を紹介しながら解説したいと思います。

メーカーで担当地区のチームリーダーを任されているAさん(女性30代)の事例です。転職での入社以来、期待を裏切らないよう結果を出し続けてきた彼女ですが、1年ほど前、元々8人体制だったチームが、ノルマが変わらないまま6人体制となりました。当然、1人当たりの業務負荷が増えたのですが、増えた分は、責任感が強く真面目なAさんが自ら引き受けていたようです。しかし、休日を返上しても終わらない業務量の多さから、睡眠や食欲に問題が出るようになり、次第に塞ぎ込むことも多くなりノルマを達成できない月が増えていきました。

そんなとき、上司のBさん(男性50代)に呼ばれ、ノルマを達成できていないことを叱責されたそうです。物理的に不可能であることを訴えましたが、Bさんからは、限られた人員で仕事をうまく回していくことがリーダーの役目だと指摘され、「見込み違いだったようだ」とまで言われてしまいました。Bさんは尊敬する上司だったので、「見込み違い」という言葉を聞いたとき、なにかが崩れ落ちていく感覚があったそうです。それ以降、Aさんの睡眠や食欲はさらに乱れ、朝まで一睡もできないこともありました。体調も崩し、心療内科を受診するとうつ病と診断され休職となり、いったんチームリーダーの任を解かれました。

◆“有意味感”が低くなっていないかがポイント

筆者は、休職中のAさんの相談に乗る機会が何度かありました。休職中、順調に回復に向かっていると思われる時期もありましたが、復職が近づくと、「死ぬしかない」とか「消えたい」という言葉を口にする機会が多くなりました。どうやら心の奥には“自分は無価値な存在”という思いがあるようで、「誰も私の復職を望んでいない」などと話していました。

「死にたいと言っている人ほど死なない」と軽く考える人もいるようですが、このような言動を見逃すことは大変危険です。自殺した人の多くは、死の数ヶ月前に自死を訴えているという報告もあります。

「生きてる価値がない」と思うところまで追い詰められてしまった原因は、職場でのAさんの“有意味感”が低くなっているから、と考えられます。有意味感というのは、“どんなことにも意味がある”と思える感覚で、 自死を考えてしまうほど有意味感が低くなるのは、「自分は誰からも必要とされていない人間だ」と思ったときです。

Aさんのような方のお話を聴くときは、「私はあなたに生きていてほしい」と真剣に伝えるようにしています。相手の話を聴いていくと、その人のストーリーや価値観に触れることになり、共感することができます。

◆相談に乗る立場の人は“共感”を心がけることが大切

カウンセリングにおける共感とは、相手の気持ちに寄り添い、相手の立場に立って話を理解すること(共感的理解)を指します。相手の話に「悲しかった」という言葉が出てきたら、感情を込めて「悲しかったのですね」と繰り返し、共感している姿勢を示していくことで信頼関係を築くことができます。

信頼関係ができると、その人の命が尊いことを体感でき、心の底から「どうか生きてほしい」と思えます。それを言葉にして丁寧に伝えると、「死にたい」と思いつめている相手にもきちんと届きます。Aさんは、「自分のことを思ってくれている人が一人でも世の中にいる」と分かったことで「自分は必要とされていない」「死ぬしかない」という思い込みから解放されたようでした。

特に職場の管理職には、部下が“有意味感”を高められるような声がけが求められます。Bさんのような「見込み違い」といった類いの言葉は、弱っているときには存在価値そのものを否定されていると捉えられ、有意味感が一気に下がってしまうので注意が必要です。

また、このことを自分事として考えてみる必要もあります。こころが疲れているときは有意味感が低下していることが多いため、自分を適正に評価できていないことが多いです。したがって、自分自身に対する評価が過度に下がっていないかチェックすることが、うつ病予防などのメンタルヘルスケアに繋がります。

もし皆さんのまわりで職場の問題から自死を考えるほど追い詰めている人がいたら、まずは共感的理解を意識して話を聴いてあげてください。そして、どうか有意味感を高められるような声がけをしてあげてください。その一言が、生きる活力に繋がることがあるのですから。

ストレスマネジメント専門家(Ph.D.,ヒューマンケア科学)

ストレスマネジメント専門家〈博士(ヒューマン・ケア科学)/筑波大学大学院博士課程修了)。株式会社メンタルシンクタンク(筑波大学発ベンチャー)副社長。文理シナジー学会評議員。AIカウンセリング「ストレスマネジメント支援システム」発明(特許取得済み)。国家資格として公認心理師、精神保健福祉士、第1種衛生管理者、キャリアコンサルタントなどを保有。カウンセラーとして約1万人の相談に対応し、中央官庁のメンタルヘルス対策に携わる。著書に『「首尾一貫感覚」で心を強くする』(小学館新書)、『なんとかなると思えるレッスン』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)等がある。

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