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大地震発生が最も心配されている糸魚川―静岡構造線、1260年も息をひそめる活断層

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
地震調査研究推進本部のHPより

地震本部による主要活断層帯の長期評価

 1995年阪神・淡路大震災を受けて、地震防災対策特別措置法が制定され、政府に地震調査研究推進本部(地震本部)が設置されました。地震本部では、主要な活断層で発生する地震や海溝型地震を対象に、地震の規模や一定期間内に地震が発生する確率を、「地震発生可能性の長期評価」として公表しています。現在、主要断層帯として114断層が選定されており、毎年1月1日に、地震規模、地震発生確率、地震後経過率、平均活動間隔、最新活動時期などが一覧して示されます。2022年1月1日時点で、今後30年間の地震発生確率が15%以上と評価されたのは、糸魚川―静岡構造線断層帯と日奈久断層です。熊本県の日奈久断層は、2016年熊本地震の前震で北東部が活動しましたが、南西部が割れ残っているため八代海区間で高い確率になっています。

地震発生確率が最も高い糸魚川―静岡構造線

 主要断層で最も地震発生確率が高い糸魚川―静岡構造線断層帯は、4つの区間に分けて長期評価が行われています。今後30年間の地震発生確率は、北部区間ではM7.7の地震が0.009~16%、中北部区間ではM7.6の地震が14~30%、中南部区間ではM7.4の地震が0.9~8%、南部区間ではM7.6の地震がほぼ0~0.1%で発生すると評価されています。これらの区間が同時に活動すればM8クラスの地震になる可能性もあります。確率が最も高い中北部区間は、平均活動間隔が600~800年程度なのに、最新活動時期から、約800~1200年程度経過しており、地震発生の切迫度が高いと考えられています。

日本を東西に分かつ糸魚川―静岡構造線

 糸魚川静岡構造線は、新潟県糸魚川市の親不知付近から諏訪湖を通って、安倍川付近に至る大断層線で、日本列島を南北に縦断する大地溝帯「フォッサマグナ」の西端に位置します。フォッサマグナは、ドイツの地質学者のナウマン博士が名付けたもので、ラテン語で大地溝を意味します。この場所は、東北日本と西南日本を分断する境だと考えられており、断層や褶曲構造が沢山発達していて、活動度の高い活断層が多くあります。糸魚川-静岡構造線を境に、地質や生態系も大きく異なっていて、構造線の西側には高山が連なる日本アルプスがあり、東側の地溝帯には、諏訪湖などの湖があります。甲府から静岡まで身延線に乗ると、構造線が作った大規模な地形を見ることができます。

1260年前の6月に起きた大地震

 北部と中北部の断層帯が活動した最近の地震の候補としては、762年の地震が挙げられています。この地震については、続日本紀に、「天平寶字六年五月己卯朔、丁亥、美濃、飛彈、信濃等國地震、賜被損者穀 家二斛」と記されています。西暦では、1260年前の6月9日に当たります。被害が信濃、美濃、飛騨と広域に及ぶため、相当に大きな地震だったようです。ちなみに、糸魚川―静岡構造線断層帯中部の松本市に位置する牛伏寺断層は、活動間隔が平均約千年で、最新活動時期が700~1500年前、平均変位速度が千年あたり8m前後と考えられていますので、762年の地震の規模はM8程度だった可能性があります。

地震、火山噴火、感染症に見舞われて花開いた天平文化

 762年の地震の前には、大きな地震が続発し、感染症も流行しました。734年5月18日には、生駒断層の活動が疑われる畿内七道を揺るがす地震が起きました。直後の735年から737年には、天然痘と思われる疫病が流行しました。この疫病で、藤原不比等の息子の4人兄弟(武智麻呂、房前、宇合、麻呂)が病死しました。地震や疫病、飢饉に悩んだ聖武天皇は、国分寺や国分尼寺を各地に作らせ、総本山として東大寺と法華寺を建てました。さらに、745年6月5日に天平地震が発生しました。この地震は養老断層が活動したと考えられています。養老断層は、1586年天正地震でも活動したようですから、養老―桑名―四日市断層の今後30年間の地震発生確率は、ほぼ0%~0.7%と低めに見積もられています。天平文化の成立の裏には、感染症と大地震があったようです。

心配される南海トラフ地震発生前後の活動

 南海トラフ地震の発生前後は東京以西の内陸直下での地震活動が活発化すると言われています。平成の30年間には、1995年兵庫県南部地震以降、2000年鳥取県西部地震、04年新潟県中越地震、05年福岡県西方沖地震、07年能登半島地震、新潟県中越沖地震、11年長野県北部の地震、静岡県東部の地震、14年長野県北部の地震(長野県神代断層地震)、16年熊本地震、鳥取県中部の地震、18年島根県西部の地震、大阪府北部の地震など、多くの地震が発生しています。ちなみに、神代断層は、糸魚川―静岡構造線断層帯の最北部に位置します。また、1854年安政東海・南海地震の翌年の1855年3月18日には飛騨白河周辺でM7クラスの地震が発生しています。

 今後30年間の地震発生確率が70~80%と言われる南海トラフ地震の発生前後に糸魚川―静岡構造線断層帯で大規模な地震が発生することもありえます。直下の地震ですから震度7の強い揺れが襲い、山間部故の土砂災害や河道閉塞に伴う洪水災害も懸念されます。注意を怠らないようにしたいと思います。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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