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世界一危険と評された東京の災害危険度を考える(その2)バルネラビリティ(脆弱性)

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

災害危険度の高い場所を開発して利潤を稼ぐビジネスモデル

 東京のビジネスモデルは、災害危険度の高い場所の経済的価値を高め、そこに人、物、金を集積して利潤を得ることにあるようです。東京駅周辺の容積率の緩和はその典型ではないでしょうか。高層ビルが隙間なく林立し、避難すべき空地が減っています。さらに、地盤が軟弱で浸水危険度が高いため、居住に適さなかった沖積低地や干拓地、埋立地などの田んぼや工場を、ビジネス街やタワーマンション群に変容させていきました。

バリューエンジニアリングと最低基準の建築基準法

 「機能」と「コスト」との最適化により「価値」を高めることをバリューエンジニアリングと言いますが、ここに「安全」が含まれていないと、合法的に安全性を最低限にしたものが作られかねません。そこで問題になるのが「建築基準法」です。第1条に、「この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資することを目的とする。」と書かれています。

 すなわち、建築物の安全性に関して最低の基準です。その結果、災害危険度とは無関係に同じような建物が作られます。一般の建物の耐震規定では、同じ建物の揺れに対して安全性を確認します。逆に言うと、揺れやすい地盤や建物は、同じ地震でも壊れやすいという意味です。すなわち、東京に多い軟弱な地盤に建つ高い建物は地震に対して脆弱とも言えます。

効率的な社会は他への依存度が高く脆弱

 平時に効率のよい都会は、高速の交通機関やライフライン、通信網に支えられています。逆に言えば、どれかが途絶えるだけで、全てが止まる社会とも言えます。先月7日の地震では、震度5程度の揺れで、首都圏がマヒしました。一般には、この程度の揺れでは、大きな混乱は起きないものです。電気がないだけで鉄道や通信が使えなくなり、エレベーターや上下水道が使えなければ高層ビルは機能しません。これらへの依存度の高い社会は脆弱です。実は、発電と工業用水と石油精製とは相互に依存していて、どれか一つが欠けると全て生産できなくなります。東京は、発電所、工業用水、製油所について、隣県に依存しています。食料もほとんどが他道県産ですから、物流が途絶えれば大変なことになります。

災害時の要員参集が困難な鉄道網に頼る東京

 地価が高く都心に職場が集中する首都圏では、隣県に居住して鉄道で遠距離通勤する人が多くいます。このため、災害時に公共交通機関が停止すると、出勤困難者や帰宅困難者が大量に発生します。災害時に緊急対応をするエッセンシャルワーカーの多くは都外に居住しています。日曜に上陸した令和元年房総半島台風の時にも、都内の復旧活動に時間を要した記憶があります。一部の公的機関を除くと、勤務時間外に危機管理要員が待機している組織は多くはありません。職住近接で自動車に頼る地方と比べ、遠距離通勤するビジネスマンが多い東京は災害時には、人的にも脆弱だと言えそうです。

地史を知らない地方出身者と故郷を持たない東京生まれの都民

 東京には、地方で生まれた人と東京生まれの人が混在します。地方生まれの人の多くは、隣県の集合住宅から通う人が多いようです。東京の災害の歴史を学んでおらず、安全な場所は東京生まれの人に占められているので、相対的に危険な場所に住むことになります。

 東京では中学受験の割合が多く、地域社会との結びつきや地元愛が、地方に比べ弱いようです。また、地方出身の独身者の多くは一人住まいで、地域とのつながりは余りありません。このため、地域の共助力が弱いようです。

 一方、東京生まれの住民の多くは故郷を持っていません。このため、大正関東地震の時のように災害後に疎開できる人は限られそうです。地価が高く狭小な住宅が多い東京では、被災者を受け入れる余裕がありません。災害後の住まいや、医療・福祉の確保など、災害後の対応力は地方とは異なりそうです。

オフィスと住宅の高層化とエレベーター依存

 高密度化した東京では、上下に空間を広げるしかありません。そのため、高層ビルが増え、地下空間が活用されます。高層ビルは、遠くの地震でも長周期の揺れで強く揺さぶられます。とくに切迫する南海トラフ地震では、東日本大震災以上の揺れに見舞われると予想されます。長周期の揺れでは、途中停止階のない高層エレベーターが心配です。一方、直下地震では、強い揺れがすぐに到達するため、多くのエレベーターは最寄りの階に停止できず、閉じ込めの大量発生が危惧されます。停電すれば上下水道も使えません。非常用発電設備も、タンクローリーが少ない東京では燃料入手に時間を要すると思われます。一方で、地下空間は大きな浸水リスクがあります。そろそろ、本気で災害後に生活や事業を継続する方策を考えてみてはどうでしょうか。

他者への依存度が高く自立生活をしにくい集合住宅

 東京では集合住宅に居住する人が多く、地方の居住形態とは大きく異なります。庭付きの戸建て住宅であれば、太陽光発電や蓄電池の設置が容易ですし、車も保有している家庭が多いので、EV、PHV、HVなどで蓄電・給電・発電などもできます。車は避難場所にも使えます。場合によっては、井戸を掘って地下水利用をしたり、家庭菜園をしたりもできます。これに対して、都心の集合住宅では、ライフラインやエレベーターなどに大きく依存しており、個人の対策にも限界があります。また、多くの場合、隣近所との付き合いも希薄なようです。そういった場所に住むからこそ、個人でできる災害時の備えを徹底しておくべきだと思います。また、積極的に、人のつながりを作っておくことも大切だと思います。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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