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南海トラフ地震の「発生シナリオ」を考えてみる ー【その2】地震の発生直後

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
おうちで避難(減災協議会)より

緊急地震速報が発表されるが最初の震度は過小評価の可能性も

 地震発生と共に、震源(破壊開始点)から破壊が始まり、秒速2~3キロで破壊が広がります。破壊が開始した時点では、どこまで壊れるかは分かりません。推定できるのは、破壊開始場所と、最初の破壊でどのくらい断層がずれたかだけです。

 地震発生直後、震源近くにある海底地震計や沿岸地震計でP波(縦波)到達を検知し、その波形から震源の位置や地震の規模(マグニチュードM)を推定します。ただし、断層震源がどこまで広がるかは分かりませんので、自ずとマグニチュードは過小評価されます。このマグニチュードと震源からの距離、地盤の揺れやすさを勘案して震度を予測します。このため、当初は、予想震度も過小評価されると思います。そして、予想最大震度が5弱を超えたら、予想震度4以上の地域に、気象庁から緊急地震速報が発信されます。

 緊急地震速報のアラームから強く揺れるまでの猶予時間は、震源位置からの距離によって左右されます。例えば紀伊半島沖から破壊が始まった場合には、名古屋や大阪などの大都市では、数十秒の時間を稼ぐことができますが、震源が駿河湾内だったりすると駿河湾沿岸部では猶予時間は余りありません。

緊急地震速報を受けて高速車両を減速、設備を停止し危険を回避

 強い揺れが到達するまでの時間を利用して、高速で走行する列車や自動車を減速し、エレベータや、各種の設備機器、危険作業などを停止します。南海トラフ地震臨時情報が発表されているときには、緊急地震速報は、社会機能の維持のために、極めて重要な役割を果たします。

 例えば、都市部に多い高架の高速道路は地上に比べてずっと強く揺れます。高速で走る車が横揺れに翻弄される前に減速すれば、衝突事故の回避につながります。コネクテッドカーや自動運転車が普及する中、緊急地震速報の役割が一層重要になります。

 ちなみに、テレビなどを通した一般向けの緊急地震速報は、最大震度5弱以上を予想したときに震度4以上の地域にアラートを出しますが、高度利用者向けには、ピンポイントで震度や猶予時間の予測値を知らせます。この情報は行動選択の参考になります。

強く長い長周期の揺れが広域を襲い、液状化、地盤災害が発生

 震源域の大きさにもよりますが、非常に広い地域が強い揺れに襲われます。震源断層全体が破壊するのには時間がかかりますから、数百キロ破壊すれば、揺れは数分にわたって続きます。また、断層が大きくずれるので、長周期の揺れがたっぷり放出されます。長周期の揺れは波長が長く、遠くまで伝わりやすいので、震源から遠く離れた場所では長周期の揺れが長く続きます。

 地盤の揺れの強さは、震源域からの距離と地盤の固さによって左右されます。とくに、震源域に近い沿岸部の軟弱地盤などは強い揺れに見舞われます。内陸部でも旧河道や埋立地・盛土地は強く揺れます。こういった場所は液状化も起きやすく、長い時間の揺れで地下水位が上昇すると、余震で再液状化することもあります。谷を埋めて盛土造成した場所も、地山と盛土の境界部のみずみちが液状化して地すべりが起きやすいです。

 耐震性が不足するため池の堤防が決壊すれば、土石流が下流部を襲います。ため池の中には江戸時代に作られたものも多く、対策が進んでいないものもあります。また、名古屋の東部丘陵などに多数存在する亜炭鉱跡の陥没も心配です。

 さらに、大規模な地盤崩壊も考えておく必要があります。かつての南海トラフ地震では、仁和地震での八ヶ岳の山体崩壊や、宝永地震での大谷崩れなど、大規模な地盤崩壊が各所で起きています。万一、河道が閉塞されると、天然ダムが決壊し、下流域が土石流に襲われます。また、主要な鉄道や道路が閉塞されると、物流が途絶したり、孤立地が発生したりします。

家屋倒壊、家具転倒、天井落下、設備損壊などで、大量の死者・負傷者が発生

 強い揺れにより、耐震性の劣る多くの建物が損壊・倒壊します。建物内では家具・什器が移動・転倒し、天井や壁が落下し、建物内の設備・機器・配管が損壊します。被害は、揺れが強い高層階ほど大きくなります。液状化地域では家屋が沈下・傾斜し、道路下のマンホールが浮上したり段差ができたりして、通行が困難になります。

 倒壊家屋での生き埋めや、エレベータ内の閉じ込めも起きます。大量の死者や負傷者が発生しますが、消防・救急力の不足などのため、救出には困難を極めます。屋外では、看板の落下やブロック塀の倒壊、倒壊家屋などで道路が塞がれるため、緊急車両の通行の妨げにもなります。

 長く続く長周期の揺れが高層ビルを大きく揺さぶり、震源から遠く離れた首都圏の高層ビルも機能停止します。長周期の揺れは大規模タンクを揺さぶり、タンク火災が発生すれば、消火は困難になります。東北地方太平洋沖地震での大阪府咲洲庁舎の被害や、2003年十勝沖地震での苫小牧の石油タンク火災を思い出してください。

 揺れが増幅しやすい高架道路上では、強震によって高速走行する車両が翻弄され、衝突事故が多発します。沿岸部の発電所や製油所、ガス工場などは強い揺れで自動停止し、都市ガスは強い揺れを記録した供給ブロック内で供給停止します。大規模停電や断水により、鉄道も含めあらゆるライフラインが止まり、信号停止で道路交通も混乱します。空港も滑走路の点検が必要になり閉鎖されます。万一、羽田、小牧、中部、関西、伊丹などの空港が閉鎖されると大型旅客機は着陸できる空港を失うことになります。

 海抜ゼロメートル地帯では、強震や液状化により海岸堤防や河川堤防が損壊した場所から、水が即時に流入し始めます。

 こういったことが強い揺れの中、津波到達前に、次々と多発します。

津波浸水予想地域では即時に避難

 地震直後には、テレビなどから震度速報が報じられます。場合によっては、揺れている最中に報じられるかもしれません。速報される震源、マグニチュード、震度分布から、震源域の半分での地震(半割れ)かどうかは、ある程度推定できると思います。震度速報に続いて、数分後に大津波警報が出されます。地震発生直後は、震源域の広がりやマグニチュードを正確に推定できませんから、最大クラスの地震が起きたと考えて、広域に大津波警報が出されると思います。

 最大クラスの地震による津波浸水予想地域の住民は、速やかに緊急避難場所に避難することになります。また、船舶の沖合退避、港湾の閉鎖なども行われます。そして、各地に津波が到達し始めます。ただし、半割れの場合は、大津波警報が出ていても津波が余り高くない地域もあります。東北地方太平洋沖地震と比べて震源域が陸に近いので、場所によっては逃げる時間が不足する場所もあります。こういった場所を中心に、津波から避難が遅れた人たちの多くが犠牲になります。防潮堤を乗り越えた津波は防潮堤を破壊し、陸上を遡上します。

 大規模港湾では、入船で停泊している大型船がタグボート不足で退避ができず、津波に翻弄されることになります。また、多数あるコンテナや自動車が流出します。テレビなどを通してこれらの映像が次々と報じられることになるでしょう。

長周期地震動階級、臨時情報(調査中)、臨時情報(巨大地震警戒)の発表

 地震後、長周期地震動階級が報じられ、震源域から離れた高層ビルの住民に注意が喚起されます。現時点では、地震発生からしばらく経っての発表ですが、近い将来に、長周期地震動を考慮した緊急地震速報がスタートする予定ですから、震源から離れた超高層ビルでも、エレベータ停止などに活用できそうです。高層ビルのエレベータは途中階を飛ばして最寄りの階がないので重要な情報です。

 そして、地震後30分程度経つと、気象庁から南海トラフ地震臨時情報(調査中)が発表されて、「南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会」を開催することが伝えられます。そして、プレート境界上のM8.0以上の地震だと判明したら、2時間程度で、南海トラフ地震臨時情報(巨大地震警戒)が発表されます。

 この間には、倒壊家屋から出火した火災が延焼し、消防力の不足で、木造住宅密集地域を中心に延焼が拡大します。湾岸部でも、流出したタンクや、船から漏出した油に引火して、津波火災が発生します。倒壊家屋内に取り残された住民は、津波や火災に襲われることになります。そして、押し波で流された家屋などは、引き波によって沖合に運ばれます。津波は何度も押し引きするので、津波避難者は、警報の解除まで長時間、避難場所に留まることになります。とくに、海抜ゼロメートル地帯は長期湛水するため、救援が困難になります。

 さらにこの間にも、多くの余震や誘発地震が発生し、場合によっては後発地震が起きるかもしれません。ちなみに、東北地方太平洋沖地震では、地震発生後1時間以内に、M7.4、7.6、7.5と、M7を超える余震が3つ立て続けに起き、13時間後に長野県北部でM6.7の誘発地震が起きました。

 このように、地震直後に起きることを想像してみると、事前対策の大切さが分かります。地震災害の様相は、先発地震の有無、季節、当日の曜日、時間、天候などによって左右されます。想像力逞しく様々なシナリオを考えて、十分な対策をしておきたいと思います。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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