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熊本地震から5年、南海トラフ地震を彷彿とさせる地震の連動・豪雨・噴火の複合災害

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(写真:アフロ)

震度7の地震が続発し豪雨や阿蘇山噴火もあった熊本地震

 2016年4月14日21時26分頃に日奈久断層東部でM6.5の地震が、2日後の4月16日1時25分頃に布田川断層でM7.3の地震が連続して発生し、益城町では観測史上初めて震度7の揺れを2度観測しました。2つの地震の震源は近接しており、28時間をおいて連続発生しました。気象庁は、前震、本震と称していますが、隣り合う異なる活断層での地震です。活発な余震活動の中、6月20日には150ミリもの記録的豪雨が発生し、さらに10月8日に阿蘇山が36年ぶりに爆発的な噴火をしました。地震、豪雨、火山噴火と、複合災害とも言える状況でした。そして、昨年には新型コロナ禍の中、令和2年7月豪雨で球磨川が氾濫し、大きな被害が出ました。

南海トラフ沿いでの地震を彷彿させる複合災害

 熊本地震と南海トラフ地震は、活断層による陸域浅部の地震とプレート境界での地震と、発生メカニズムや地震規模は大きく異なります。ですが、隣りあう震源域での連続地震で、近くにある阿蘇山や富士山が地震前後に噴火するという意味で類似しています。ただし、富士山では、阿蘇山のような破局噴火は知られていません。

 南海トラフ沿いでは、1854年の安政地震で、東海地震と南海地震が約30時間の時間差で起き、1707年宝永地震では、地震の49日後に富士山が噴火しました。宝永地震のときに起きた大谷崩れは、阿蘇大橋付近での大規模斜面崩壊を思い出させます。ただし、大谷崩れは日本三大崩れの一つで、阿蘇大橋に比べはるかに規模の大きな土砂崩壊でした。

住家被害に比べて多かった非住家の被害

 熊本地震での住家被害は全壊8,667棟、非住家被害は公共建物が467棟、その他が12,918棟でした。同じ地震規模で震度7の揺れだった1995年阪神・淡路大震災での建物被害は、住家被害は全壊約10万5千棟、非住家被害は公共建物1,579棟、その他40,917棟でしたから、阪神・淡路大震災に比べ建物被害は大きく減じられました。ただし、住家と非住家を比べると、住家の全壊数が1/12なのに対し、非住家の被害数は1/4~1/3に留まります。

 住家被害の減少は、被災人口の差と、建替えや耐震改修による耐震化の成果だと思われます。木造住宅の耐震基準は1981年と2000年に改定され、近年は屋根が軽く壁量の多い住宅が増えています。このため、とくに2000年以降の住家被害は微少に留まりました。一方で、一般建物の多い非住家の被害は余り減っていません。

庁舎建築の被害は災害後の対応に支障をきたす

 熊本地震では、途中階が崩落した宇都市役所を始め、人吉市、八代市、大津町、益城町の庁舎が使用不能になりました。益城町以外の4市町では学校の耐震化を優先して庁舎の耐震化が後回しになっていたようです。本来、防災拠点となる庁舎の耐震化を優先すべきだと思います。これらの庁舎建物を見ると、柱が多く壁が少ないようです。

 木造住宅と一般建物の耐震基準とでは耐震設計の考え方が異なります。木造住宅では、過去の地震被害の経験に基づいて床面積当たりの壁量を規定し、建物を硬く強くして揺れに抵抗させます。これに対して、一般建物では建物に作用する地震荷重を定めて構造計算で安全性を検証します。とくに、柱が多く壁の少ない建物の場合はよく揺れるので、強い揺れに対しては建物の損壊を許容し、空間を保持して人命を守ることを目指します。すなわち、地震後の継続使用は前提としない設計です。ですから、地震後も業務継続が必要な庁舎建築では、低層で壁の多い建物が望まれます。

前震により減じられた直接死は、南海トラフ地震臨時情報の大切さを示唆

 熊本地震での直接死は50名、豪雨災害も含めた関連死は223名でした。直接死は、阪神・淡路大震災での約5,500人と比べ1/110に留まります。全壊家屋数が1/10なのに、直接死がさらに1/10程度に留まったのは、前震があったからだと思われます。地震後の調査で、前震での恐怖のため、本震時に倒壊家屋に居た人が少なかったことが報告されています。

 このことは、南海トラフ地震臨時情報の大切さを教えてくれます。2011年東日本大震災のときにも2日前にM7.3の前震が発生しました。

 南海トラフ地震に関しては、隣接する震源域でM8クラスの地震が発生したり、想定震源域でM7クラスの地震が発生したりした場合に、巨大地震警戒や巨大地震注意の臨時情報を発表し、地震対策を再点検・強化する仕組みが作られています。また、震源が離れた海溝型地震では、猶予時間は少ないものの緊急地震速報も大いに役に立ちます。

初めての長周期地震動階級4

 一連の熊本地震では、はじめて長周期地震動階級4が観測されました。長周期地震動階級は、高層ビルへの影響が大きい長周期地震動の強さを示す情報で、気象庁が2013年11月から試行的に発表し、2019年3月から本運用しています。長周期地震動階級4では、立っていることができず、這って動くことしかできなくなり、揺れに翻弄されます。

 長周期地震動と言えば、一般には、東日本大震災のときに経験したような海溝型巨大地震での長周期長時間地震動をイメージしますが、熊本地震では、周期の長いパルス的な揺れが観測されました。長周期パルスは、安全性が強調されがちな免震建物が苦手とする揺れです。

 近い将来の発生が懸念される南海トラフ地震では、強い長周期長時間地震動が心配されています。長周期で揺れやすい高層ビルや免震ビルが増えていますから、建物を揺れにくくする制振対策を進める必要があります。

熊本地震で始まったプッシュ型支援

 被害が甚大な地域では、発災直後に被害状況が把握できず、外部への救援要請が困難になります。熊本地震では、被災地からの要請がなくても支援を行うプッシュ型支援が、本格的に実施されました。被災自治体からの要請が無くても物資を提供することで、早期に効率よく物資支援を行えます。ただし、物資や車両の調達、通行可能道路の把握、物資拠点での荷捌きなど、輸送システムの体制整備や、民間物流事業者との連携などの課題も見つかりました。予め計画を立てておくことの大切さが分かります。とはいえ、南海トラフ地震では、熊本地震に比べけた違いの被害になりますから、被災地外からの物資支援にも限界があります。被災地内でも備蓄をすすめることが肝心で、各家庭や職場では、日頃利用しているものを多めに備えるローリングストックが有効です。

 熊本地震で被災した方々の気持ちを忘れずに、熊本地震の教訓を生かし、将来の巨大地震への備えを進めることが大切だと思います。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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