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事前準備と初動の大切さを教えてくれる新型コロナウイルス、地震対策の教訓としたい

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(写真:アフロ)

大規模地震対策に重なる新型コロナウイルスの教訓

 昨年末、12月31日、武漢市衛生健康委員会から、武漢市で非定型肺炎の集団発生についての発表がありました。それ以降、武漢市がある湖北省を中心に中国で感染が拡大しました。日本でも、水際対策むなしく感染が拡大し、死者も発生しています。先週からは公立の小中高等学校が一斉休校となり、前代未聞の対応が始まっています。今起きていることは、南海トラフ地震臨時情報が発表される前後に懸念していたことと重なります。そこで、これまでの経過を振り返りつつ、大規模地震対策への教訓を考えてみたいと思います。

1月にシグナルがあった

 厚生労働省が最初のメッセージを出したのは、1月6日です。新型コロナウイルスとは特定されませんでしたが、「中華人民共和国湖北省武漢市における原因不明肺炎の発生について」を発表しました。翌7日には、世界保健機関(WHO)から、中国当局が新種のコロナウイルスを検出した、との発表がありました。

 1月15日には、武漢から帰国した神奈川県在住の男性が新型コロナウイルスに感染していることが判明しました。この男性は1月6日に武漢から帰国し1月3日に発熱していました。これが一つ目のシグナルだったように思います。

 1月28日には、バスの運転手が新型コロナウイルスに感染していることが分かりました。1月8日から16日の間、武漢からのツアー客を乗せていたようで、14日に症状が出て、25日に肺炎だとわかりました。翌日には、バスガイドも感染していることが判明しました。これが二つ目のシグナルだと思います。

 1月31日には、新型コロナウイルスによる肺炎に対して、WTOが緊急事態宣言を発表しました。これが三つ目のシグナルです。

 このように、武漢市から来日した人たちから1月初旬に感染が始まっていました。最初のシグナルを如何にキャッチするかがポイントになります。南海トラフ地震対策でも、普段とは異なる観測情報を如何に早期にキャッチし、適切な対策を始めることが鍵を握ります。

ダイヤモンド・プリンセス号での水際対策の難しさ

 ダイヤモンド・プリンセス号に乗船し香港で下船した男性の感染が、2月1日に分かりました。このクルーズ船は、1月20日に横浜を出航し25日に香港に寄港、2月1日に沖縄に寄って、3日に横浜港に到着しました。この男性は1月23日に咳を始め、25日に香港で下船、30日に発熱したそうです。横浜港入港時には約3700人が乗船していました。

 乗客に感染者情報が知らされたのは3日の朝だったようです。横浜港で検疫が行われ、5日に10人の感染が確認され、乗客全員が自室で待機し隔離されました。ただし、乗員相互の感染防止は十分ではなかったようです。19日から下船が始まりましたが、20日には男女2人が死亡しました。3月1日時点で、感染者約700人、7人の死亡が確認されています。

 2月1日の段階で、感染防止対策が行われていればと思います。感染防止の問題は、大規模災害時の避難所でも重要なことです。

クラスター感染が始まっていた2月

 2月13日には、神奈川県の80代の女性が国内で初めて亡くなり、感染も確認されました。義理の息子のタクシー運転手も感染していました。運転手は1月18日、屋形船での新年会で感染し、29日に症状が出たようです。この屋形船は、15日に湖北省の人たちが利用しており、屋形船の従業員や新年会参加者も感染が確認されました。

 同じ13日に、和歌山県の男性医師の感染も確認されました。1月28日に発熱した患者を診察したようで、解熱剤を飲みながら3日間勤務を続けたため、病院内で感染が拡がりました。

 翌14日には、名古屋でハワイから帰国した男性の感染が確認されました。1月28日から2月7日まで夫妻でハワイに滞在し、3日に症状が出ました。翌日には奥さんの感染も分かり、利用していたスポーツジムなどから感染が拡大しました。

 このように2月中旬には、1月に感染した人からの小規模なクラスター感染が始まっていました。この他にも、さっぽろ雪まつり、大阪のライブハウス、千葉のフィットネスクラブなどでもクラスター感染が起きています。

 この時点で、クラスター感染へのシグナルを感じ取ることができていたらと思います。今日3月9日は、9年前に東日本大震災の前震が発生した日です。今、南海トラフ地震の震源域で同様の地震が発生したら南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)が発表されます。前震での揺れや被害の様子に基づいて、速やかに被害軽減策をとることができればと思います。

2月末に矢継ぎ早に出された政府方針

 2月20日に、厚生労働省が「イベント開催に関する国民へのメッセージ」を公表し、イベント主催者に開催の必要性を改めて検討するように要請しました。この時点では、自粛要請にまでは踏み込みませんでしたが、26日には安倍総理が、2週間、中止、延期又は規模縮小等の対応要請をしました。また、25日には、新型コロナウイルス感染症対策本部から「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」が示され、不要な外出の自粛や、軽症のうちは自宅療養を原則とするなどの方針が示されました。さらに、27日には、安倍総理が、小中高等学校などに対し、3月2日から春休みまでの休校を要請しました。そして、5日には、中国と韓国からの入国制限が発表されました。今週には、新型インフルエンザ等対策特別措置法を新型コロナウイルスにも適用できるよう改正案が審議される見込みです。後手に回っていた対策を加速しようとの意図が感じられます。

十分な事前準備で社会を維持することの大切さ

 先月末からの一連の施策は、事前準備が不十分だったため、社会への影響が少なからずあるように思います。すでに、観光業やホテル・旅館、航空・鉄道会社、飲食店などは、経営が圧迫されています。サプライチェーンに依存する製造業でも、生産継続が難しくなっているようです。この状況が続けは、医療や福祉の人員不足も深刻になり、社会機能を維持することが困難になり、経済的なダメージも大きくなります。出口が見えない中、特別な対応を解除するための条件も予め明示しておくことが必要です。筆者も、出張、会議、講演会、懇親会の殆どがキャンセルになり、大学の卒業式や入学式も中止になりました。多くの学生は卒業旅行をキャンセルし、就職を控えて不安げです。新年度の授業再開ができるか心配です。

 今起きていることは、南海トラフ地震臨時情報が発表された時の課題そのものです。その時のことをできる限り想像し、予め対応行動を定めておくことが、冷静で効果的な対応に繋がります。台湾の対応から、事前準備の大切さがわかります。日本でも、予め事業継続計画を作っていた企業などでは、時差出勤やテレワークを積極的に活用し、SkypeやZoomを利用したWeb会議を使って、感染を防ぎつつ事業を継続しています。十分な備蓄をしていた企業や家庭は狼狽えることなく平静を保っています。気を引き締めて、この困難を乗り越えると共に、この経験を将来の地震対策に活かしていきたいものです。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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