南海トラフ地震の新たな津波予測地図と地震本部

地震調査研究推進本部のHPより

阪神・淡路大震災で設置された地震調査研究推進本部

 先月、1月24日に、地震調査研究推進本部(略称、地震本部)から「南海トラフ沿いで発生する大地震の確率論的津波評価」が公表されました。地震本部は、1995年阪神・淡路大震災を受けて、議員立法で制定された地震防災対策特別措置法により設置された政府機関です。法律の目的の中に、「地震に関する調査研究の推進のための体制の整備等について定める」と記されており、これに基づいて、1995年7月18日に地震本部が設置されました。現在は、文部科学省研究開発局地震・防災研究課が所管しています。

地震調査研究推進本部の役割

 地震本部は、「地震に関する調査研究の成果が国民や防災を担当する機関に十分に伝達され活用される体制になっていなかったという課題意識の下に、行政施策に直結すべき地震に関する調査研究の責任体制を明らかにし、これを政府として一元的に推進するために設置された政府の特別の機関」とホームページに紹介されています。

 具体的には、1)総合的かつ基本的な施策の立案、2)関係行政機関の予算等の事務の調整、3)総合的な調査観測計画の策定、4)関係行政機関、大学等の調査結果等の収集、整理、分析及び総合的な評価、5)上記の評価に基づく広報、の5つの役割を担っており、今回の評価結果の公表は4)に相当するものです。

地震本部の組織と津波評価

 地震調査研究推進本部には、政策委員会と地震調査委員会が設置されています。政策委員会は、関係行政機関が行っている地震調査研究や地震観測について、政策立案、予算配分調整、広報方針などを決定する役割を担っています。一方、地震調査委員会では、他機関の情報を集約しつつ、日本国内の主な地震活動について政府としての評価を行っています。地震調査委員会には、長期評価部会、強震動評価部会、津波評価部会が設置されており、それぞれ、地震発生の長期評価、地震動予測地図、津波評価を担っています。今回の評価結果は、津波評価部会で検討されたものが地震調査委員会から公表されました。

南海トラフ沿いで発生する大地震

 西日本の太平洋岸に位置する南海トラフ沿いでは、100~200年程度の間隔で繰り返し大規模な地震を起こしてきました。古文書で確認できる最古の地震は684年白鳳地震で、それ以降の地震発生履歴が残された世界で最も過去の履歴が分かっている地震です。地震の発生の仕方は多様で、同時にほぼ全体が破壊したこともあれば、2つの地震が比較的短い時間間隔で連続して発生したこともあります。今まで最大の地震だと考えられていたのは1707年宝永地震ですが、宝永地震と同規模の地震が300~600年間隔で起きたことが分かってきました。また、津波堆積物の調査などから、宝永地震の津波より巨大な津波が約2,000年前に起きた可能性があることが分かり、東北地方太平洋沖地震のようなM9クラスの最大クラスの地震発生も否定できなくなりました。

南海トラフ沿いの地震の震源域

 このように、地震の発生の仕方が多様なことが分かってきたので、2013年5月に地震本部から「南海トラフの地震活動の長期評価(第二版)」が公表されました。

 ここでは地震の震源域を、東端は富士川河口断層帯の北端付近、南端は南海トラフ軸、西端は日向灘の九州・パラオ海嶺、北端は深部低周波地震の震源域の北端とし、この領域で発生するM8~9クラスの地震の発生可能性を評価しています。

 震源域は西から、Z都井岬~足摺岬、A足摺岬~室戸岬、B室戸岬~潮岬、C潮岬~大王崎、D大王崎~御前崎、E御前崎~富士川の6つの領域に区分けし、南北には、大地震の震源域と考えられていた固着が強い中部に加え、大津波を生み出す可能性の高いプレート境界浅部、深部低周波地震の発生領域の深部を加えた3領域に区分しています。

 この6×3の領域を組み合わせることで、地震の発生の仕方の多様性を考慮することができます。ちなみに、全ての震源域で発生するのが、最大クラスの地震に相当します。

地震発生の長期評価

 南海トラフ沿いでの過去の地震の履歴を見ると、1361年正平地震以前には200年程度の間隔で、正平地震以降には100年程度の間隔で地震が発生しているように見えます。正平地震を境に活動の仕方に変化があったのか、昔の地震が見つかっていないのか、あるいは、間違って南海トラフ地震と認定しているのか、良く分かりません。

 これに対し、近年の3つの地震の発生の仕方は、大規模だった宝永地震の後は147年、中規模だった安政地震の後は90年で起きており、地震規模によって次の地震までの時間が決まるようにも見えます。これを時間予測モデルと言い、小規模だった昭和地震の後は早く発生すると考えられます。

 時間予測モデルに則ると、今後30年間の地震発生確率は70~80%と評価されますが、地震の発生の仕方がランダムだと考えれば、確率は数十%に下がります。現時点では、決め手がないため、南海トラフ沿いの地震については、時間予測モデルの考え方で評価されています。ちなみに、最大クラスの地震の発生の可能性はさらに一桁小さくなるようです。

 世界で最も素性が知れていると言われる南海トラフ沿いの地震ですら、未だ正確な予測ができる段階には達していません。そのことを踏まえ、防災対策を進める必要があります。

確率論的な津波評価

 確率論的津波評価に当たっては、長期評価で与えられた地震発生確率を用い、震源域の組み合わせを考え、2017年に策定した津波レシピ「波源断層を特性化した津波の予測手法(津波レシピ)」に基づいて、確率論的な津波評価が行われました。震源域の組み合わせパターンは176種類で、それぞれに重みづけをしています。重みづけは、安政地震や昭和地震のように分かれて発生する重みが2/3、宝永地震のようにほぼ同時に発生する重みが1/3となっています。また、深さ方向には中部のみで地震が起きる重みが4/5、浅部や深部を含む重みが1/5となっています。ただし、浅部・中部・深部で同時に起きる地震は考えていません。したがって、最大クラスの地震は除外されています。

津波の評価結果

 確率論的津波評価の結果は、今後30年以内に海岸の津波高(津波による最大水位上昇量)が3m以上、5m以上、10m以上になる超過確率として示されました。確率は、0~6%、6~26%、26%~100%の区分で表現されています。津波高10mで6~26%の確率となっているのは、伊豆半島の一部、渥美半島の一部、紀伊半島、高知県などで、津波高3mの場合には伊豆半島から四国までの沿岸の広い地域が26%以上の確率になっています。3mの浸水深があると住家が流失や全壊をはじめます。26%という確率は決して低いものではありませんから、改めて津波対策の重要性が認識できます。

望まれる防災行動に誘導する丁寧な解説

 今回は、海岸での津波高が3区分の超過確率で示されましたが、専門家以外には分かりにくい表現で、防災行動にはつながりにくい印象があります。自治体が具体的な対策をするには、それぞれの場所での具体的な超過確率や、計算したすべてのパターンの津波高の開示が必要です。また、住民の具体的な防災行動のためには、陸上の浸水深や津波の到達時間などの情報が必須です。

 現在の南海トラフ地震対策は、中央防災会議が公表した最大クラスの地震による津波想定結果に基づいています。中央防災会議による検討との位置づけの違いや、予測結果の差について丁寧な解説をしないと社会の混乱を招きかねません。的確な防災対策や災害対応に繋げるには、受け手の立場に立った活用法についての検討が不可欠です。

 南海トラフ地震防災対策推進地域の自治体では、南海トラフ地震臨時情報が発表されたときの対応について、春ごろをめどに対応策を定める必要があります。とくに沿岸自治体では、事前避難対象地域の指定について悩みを深めています。そういった中での公表ですから、より一層の丁寧さが求められます。今後に期待したいと思います。