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北海道だけではない大地震での大規模停電の懸念

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
苫東厚真火力発電所、著者撮影

強い揺れで震源近くの発電所が停止しブラックアウトへ

 昨年9月6日午前3時8分頃に発生した北海道胆振東部地震では、強い揺れによって、震源近くにあった苫東厚真火力発電所の2号機と4号機が、タービンの振動を検知して停止しました。その後、連鎖的にすべての発電所が停止して、ブラックアウトし、全道が停電するという事態となりました。

 苫東厚真火力発電所は石炭火力発電所で、地震発生時には、300万キロワット余の需要のうち、150万キロワットをまかなっていました。北海道は、他地域と比べ、面積が広いわりに供給量は多くないので、送配電のコストがかかります。泊原子力発電所の停止と電力の自由化とで、発電コストの低い新鋭の火力発電所に大きく依存することになったようです。

発電から配電まで

 私は電気に詳しいわけではありませんが、私なりに勉強したことを交えて、少しだけ電気について解説してみます。普段コンセントから使っている電気は交流です。交流は電圧を変えやすく、高圧なほど効率よく電気を送れます。発電所には、水力発電所、火力発電所、原子力発電所などがあります。今は火力発電所が主体で、石炭火力、石油火力、LNG火力などがあります。燃料や冷却用の海水を得るために、ほとんどが沿岸部に作られています。

 発電所で作った高電圧の電気は、超高圧変電所、1次変電所、中圧変電所を介して減圧しながら配電用変電所まで送電線で届けられます。さらに、電信柱に架かる配電線を通って、変圧器を介して私たちの家庭に届ききます。

電気の周波数

 交流は時間変動の周波数を持っていますが、日本では富士川と糸魚川を挟んで、東側が50Hz、西側が60Hzになっています。日本列島を構造的に分ける糸魚川~静岡構造線で異なるのが面白いです。周波数が異なるのは、最初に輸入した発電機が、東京はドイツ製、大阪がアメリカ製だったことが原因のようです。

 電子機器を壊さないためには、この周波数をある範囲内に維持することが必要で、そのために需要と供給のバランスを保たなければいけません。電力会社は、運転・停止が容易な火力発電所を利用して、需要に応じて供給量を調整するという難しい作業を日々しています。

連鎖的に発生した発電停止

 苫東厚真火力発電所の2号機と4号機の発電停止により、115万キロワット余りの供給が失われ、需要と供給のバランスが崩れて周波数低下が起きました。さらに、道東とつなぐ送電線が、強い揺れで地絡事故を起こし、道東地域が系統から遮断されました。これにより、道東地域の周波数が高まり、電力設備の損傷回避のため水力発電が停止しました。発電用の様々な機器は、周波数の変動が大きくなると機器が損傷するため、それを避けるために、系統から遮断して発電を停止するようです。その後、苫東厚真火力発電所の1号機がボイラー管損傷などで停止し、再び周波数低下が発生したため、他の火力発電所、水力発電所も電力設備の損傷回避のため停止し、ブラックアウトに陥りました。

電気が無くなって使えなくなった本州とつなぐ送電線

 この間、北海道と本州を結ぶ北本連系線を通して本州から電気が緊急的に融通されていました。しかし、この連系線は他励式変換器を用いた直流送電だったため、直流から交流への変換に必要な交流電源を失ったことで、送電ができなくなりました。この結果、地震発生18分後の3時25分に、北海道全域が停電するという事態に陥りました。その後、復電までに45時間を要しました。ブラックアウト後の復電も一筋縄ではいかなかったようです。

火力発電の開始には電気が必要

 ブラックアウトの状態から発電を始めることをブラックスタートと言うそうですが、大きな火力発電機を再稼働させるには、発電所内の給水ポンプやファンなど、様々な設備を動かす必要があり、相当量の安定した電力が要ります。そのため、最初は、小さな発電機を動かして、次に、機器に必要な電気を供給する能力のある大きめの発電機を複数稼働させ、その後、発電所の発電機を起動し、電圧を調整しつつ発電・送電を増やしていくことになります。北海道の地震では、道東の水力発電所を起点としてブラックスタートし、系統電力を確保しつつ、順次火力発電所を起動していきました。そして、45時間後に99%で停電が解消したようです。

電気がなければ何もできない

 電気を失った北海道は完全にマヒしました。エレベータを使えなくなったビルやマンション、医療機器が使えなくなった病院、電車が止まりや空港が閉鎖され、北海道が孤立してしまいました。信号が無ければ、怖くて車も走れません。中には、非常用発電装置への切り替えがうまく行かず、停止したデーターセンターもあったようです。大きな発電機の場合、発電所と同様、発電機を動かすために電気が必要なのですが、その準備が無くて使えなかった発電機も多かったようです。燃料の調達にも苦労したようです。

 もしも、この地震が、暖房が必要な冬に起きていたら、水道管が凍結して破裂したり、凍死したりする人も出て、想定外のことが波状的に発生しただろうと考えられます。

東西で周波数が異なる串団子状の電力システム

 電力の自由化で送発電が分離されましたが、主要な電力供給と送配電は、各地の電力会社が担っています。日本ではそれぞれの地域ブロックの中で需要と供給のバランスを保ち、それを補完するために地域ブロック間に連系線が整備されています。ですが、この連系線は必ずしも十分ではありません。日本は欧米と違って南北に細長いので、四方八方と繋ぐことができず、串団子状になっています。

 中でも最も脆弱なのが北海道と本州との間で、容量60万キロワットの北本連系線しかありませんでした。もう一つの弱点は、東京ブロックと中部ブロックの間です。東西で周波数が異なるため、周波数変換が必要になりますが、現時点の容量は120万キロワットしかありません。西日本が広域に被災する南海トラフ地震や、首都周辺で大地震が起きれば、東西の電力融通が不足し、大規模な停電が起きる可能性が否定できません。

都道府県による需要と供給のアンバランス

 都道府県別に需要と供給の関係を見ていくと、需要に比べて供給が極端に少ない都県があります。東京都と、海のない内陸の県です。東京都は需要の1割程度しか都内で発電していません。神奈川県と千葉県の火力発電所に大きく依存しており、両県は県内需要の倍近くを発電しています。両県が被災するような災害では、東京都の電力供給は中央省庁に限られ、民間企業は大きな影響を受けると予想されます。燃料の輸送が困難になると、自家発電も限界があります。

 一方、南海トラフ地震が起きれば、西日本の火力発電所の多くが強い揺れで停止することが予想されます。東西の周波数変換能力には限りがあるため、被災地内の火力発電所の回復が必要になります。

火力発電所が同時停止する巨大地震では何が起きる?

 発電所を一旦停止すると、再稼働に先だって機器の点検が必要になります。東日本大震災に比べ、遥かに多くの発電所の被災が予想される南海トラフ地震では、電力会社や重電メーカーの技術者も不足します。このため、重要度が高く再稼働が容易な発電所の稼働が優先されます。石炭火力発電所は工程が複雑なので、LNG火力発電所などが優先されそうです。

 発電には、燃料、工業用水、冷却用の海水などが不可欠です。点検・修理の人材・資機材の運搬も必要です。このため、道路や航路の確保が前提になります。ですが、浄水・送水・下水処理には電気や燃料が必要ですし、ガスや石油燃料の製造には電気や水が必要になります。このように、電気・水・燃料は3すくみの関係にあります。

 こういった中、復旧は、発電所、高圧な送電線や変電所から順次行っていくはずです。地理的に発電所から遠い所、低圧の所、重要度の低い所は復電が遅れることが予想されます。このため、内陸部などでは長期の停電への備えが必要になります。

長期間の停電に備えて

 南海トラフ地震では、内陸部は沿岸部に比べて揺れや津波の被害は少ないので、医療や避難などの支援が望まれます。しかし、電気が無ければそれも困難になります。長期の停電や燃料の供給不足に備え、太陽光発電や風力発電、小水力発電などの自然エネルギーを蓄電池と組合せ、さらに井戸などを整備しておくと心強いです。今では、家庭でも、太陽電池、燃料電池、蓄電池などを生み合わせた自立住宅を容易に実現できます。発電や蓄電ができる車も増えていますから、個人での対策も可能になりつつあります。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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