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「2030年問題」と「南海トラフ地震」は無縁ではない

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(写真:Fujifotos/アフロ)

2030年問題

 「2030年問題」とは、2030年の日本で生じると予想される社会的問題のことを言います。国民の1/3が高齢者になり、日本の人口が現在よりも1千万人も減って、様々な社会的変化が起こるというものです。高齢化と少子化による労働力不足、年金を支える若年者の減少による高齢者の貧困、限界集落などの過疎地域の増加といった問題が生じ、国内総生産も低下すると予想されます。働き手の不足によって、担い手を必要とする介護や、観光、医療、IT、航空などの業界が、深刻な事態になることが予想されています。

縮む日本と膨らむ世界

 2030年には、空き家率は3割を超し、債務も膨らんで、社会インフラの老朽化がさらに進行していると予想されます。日本が縮む一方で、世界の人口は85億人まで増加するとされます。このため、世界的に、水や食料、エネルギーが不足すると思われます。現在の日本のエネルギー自給率は8%、食料自給はカロリーベースで38%でしかありません。今は、自動車などを輸出することで稼いだお金で、石油やLNG、石炭、農畜産品を海外から購入していますが、労働者人口が減り、製造業の国際競争力が低下すれば、高騰が予想されるエネルギー源や食糧を海外から購入することが難しくなります。

高い発生確率で甚大な被害が予想される南海トラフ地震や首都直下地震

 地震調査研究推進本部によると、今後の地震発生確率は、M8~9の南海トラフ地震は、10年で30%、30年で70~80%、M7程度の首都直下地震は、10年で30%、30年で70%と評価されています。土木学会は、最大クラスの南海トラフ地震が発生すると、最悪、20年間で1,410兆円、首都直下地震では778兆円の経済被害となる懸念があるとし、日本は世界の最貧国になると警鐘を鳴らしています。一方で、道路や港湾、堤防、建物などの耐震化などを進めれば、被害を3~4割減らせるとし、ハード対策の必要性を訴えています。

2030年問題と大規模震災

 今後10年の間にこれらの地震が発生し、甚大な経済被害を出せば、日本社会は大きな困難に直面し、2030年問題どころではなくなります。経済が破たんし、国が貧困化して海外からエネルギーや食糧も購入できず、国難とも言える事態に直面します。

 一方で、地震が起きていなければ、地震発生確率は益々高まっています。今後10年の間に西日本を中心に活断層による地殻内地震が複数発生し、場合によっては、南海トラフ地震の震源域周辺で比較的規模の大きな地震やゆっくり滑りが起きると思われます。その場合には、南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)が発表され、社会的な混乱が予想されます。

南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)

 臨時情報(巨大地震注意)の発表によって、日本社会が狼狽えれば、わが国の国際的信頼度が低下します。臨時情報(巨大地震注意)が発表されても、1週間以内に地震が発生する確率は決して高くありません。必要以上に社会機能を止めると、その経済的ダメージは計り知れません。日本社会の動揺を見て、海外の大型船が入港を躊躇すれば、日本は孤立し、エネルギーや食糧、原材料の輸入が難しくなります。さらに、株価や為替が変動すれば、経済的な困難にも陥ります。社会が狼狽えないために、あらゆる人が事前の対策を進めると共に、社会の基本となる道路・鉄道・港湾・空港などの人流・物流、行政機能、病院・社会福祉施設、保育園・幼稚園・学校などを機能維持する必要があります。

進まない事前対策

 本年5月31日に開催された中央防災会議で、南海トラフ地震への対策のフォローアップ結果が公表されました。それによると、耐震化などの対策はある程度は進んでいるものの、当初の目標に比べ相当に遅れていることが分かりました。2012年~13年に実施された被害想定に比べ、予想死者数は約33万2千人から約23万1千人へと30%程度減らすことができたようですが、10年間で6万1千人まで減らすという目標には遠く及びません。耐震化や津波避難施設の整備など、ハード対策をさらに推進する必要があります。

リニア中央新幹線と自律・分散・協調の国土構造の実現

 2027年にはリニア中央新幹線が開通しそうです。東京と名古屋が40分で結ばれ、途中に神奈川県、山梨県、長野県、岐阜県に4つの駅ができ、スーパーメガリージョンが形成されます。南海トラフ地震の震源域近くを通る新幹線のバックアップもできます。自然に恵まれた自律力の高い途中駅に人口が分散し、テレワークが普及すれば、東京一極集中の是正も期待でき、安全な自律・分散・協調型の国土へと近づきます。

 災害は、hazard(ハザード)、vulnerability(脆弱性)、exposure(曝露)によって生じます。中山間地は揺れ・液状化・津波などのhazardが小さく、低層の家屋が増えればvulnerabilityも減り、人口集中の是正でexposureも改善されます。自然を活用した再生エネルギー利用や地産地消が進めば自律力も高まります。2030年問題克服の一つの武器になりそうです。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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