南海トラフ地震、予知前提の防災見直し 不確実な情報を対策にどう活かすか?

(写真:Shutterstock/アフロ)

わが国の将来を左右する南海トラフ地震

 南海トラフ地震は、今後30年間で70%の確率で発生するとされ、その被害は、最悪、32万3000人の死者、220兆円の経済損失と試算されており、国難とも言える事態が懸念されています。1755年リスボン地震によって衰退したポルトガル、1923年関東大震災の壊滅的被害で金融恐慌、太平洋戦争に突入した我が国など、過去の歴史を紐解くと、南海トラフ地震対策の成否が、我が国の将来を左右することが分かります。その対策のあり方について、昨日は、大きな転換の日でした。

 南海トラフ地震は100~150年の間隔で繰り返し発生してきました。前回の東南海地震が小ぶりだったため、割れ残りの駿河湾域での地震が切迫しているとし、1976年に東海地震説が唱えられました。静岡県下で地震が続発するという異常な雰囲気もあり、1978年に直前予知によって被害軽減を図る「大規模地震対策措置法(大震法)」が施行されました。

 一方で、1995年阪神淡路大震災や2011年東日本大震災などで甚大な被害を受け、さらに東南海・南海地震から70年が経過したことから、東海地震に加え東南海・南海地震との連動を考える時期になりました。そこで、南海トラフ全域に対して総合的な地震・津波対策を推進するため、2013年に「南海トラフ地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法(南トラ法)」が制定されました。この結果、東海地震の直前予知を対象とする大震法と、南海トラフ全域の防災対策を対象とする南トラ法が並立することになりました。

前向きなバラ色の時代に推進された地震予知

 地震予知の経緯を振り返ってみると、地震予知へのロードマップとも言えるブループリントが報告されたのは1962年です。その後、1963年に文部省測地学審議会に地震予知部会が設置され、1964年に建議「地震予知研究計画の実施について」を提出、1969年に地震予知連絡会が作られ、1974年に地震予知研究推進連絡会議を設置、1976年には地震予知推進本部に改組され、予知推進体制が整備されました。この時期は、プレートテクトニクス理論が確立された時に重なります。地球のダイナミックな営みがどんどん明らかになり、誰もがワクワクして見ていた、そんな地球科学のバラ色の時代です。

 プレートテクトニクスは、1912年にヴェゲナーが「大陸移動説」を唱え、1915年に「大陸と海洋の起源」を著したことに遡ります。1928年には、アーサー・ホームズが移動の駆動力として「マントル対流説」を唱えましたが、当時の学界には受け入れられませんでした。しかし、1962年に海嶺から岩盤が生み出され両側に海底が拡大するという「海洋底拡大説」が提唱され、さらに、これらを統合する形で「プレートテクトニクス」理論を1968年にトゥーゾー・ウィルソンが示し、プレート運動と地震との関係も明確になりました。

 この時代には、1964年に商用汎用コンピュータIBM System/360が開発され、1969年にアポロ11号が月面着陸するなど、科学技術の面で画期的な前進がありました。我が国でも、1964年の東海道新幹線開通や東京五輪、1970年の大阪万博、1972年の札幌五輪、1975年沖縄海洋博など、時代が前に進みました。

 この時期は大学が最も荒れていた時でもあります。1960年の安保闘争、1963年ケネディ暗殺、1968年の東大紛争、1970年よど号ハイジャック事件、1971年あさま山荘事件などが起き、その後、学生運動が収束し、1972年の沖縄返還、日中国交正常化、1973年のオイルショックなどへと時代が移り変わりました。当時の時代の変化は凄まじい速さでした。

整備充実した観測網で地震予知の限界が明らかに!

 地震予知の機運が高まった時期と東海地震説が重なり、大震法が制定され、地震観測網が整備されました。その後、阪神淡路大震災や東日本大震災を契機として、南海トラフ地震の震源域でも観測網が充実しました。地震計、ひずみ計、陸上の地殻変動観測、海底の地震・津波観測や、地殻変動観測(これのみオフライン)のシステムなどです。

 これらの観測網によって、短期的・長期的ゆっくりすべり、浅部・深部低周波地震など様々な発見がありました。過去の地震の調査も進み、南海トラフでの地震発生の多様性が明らかになってきました。しかし、地震の理解が進むに従って、直前予知の困難さが分かるという、矛盾した結果になりました。

 その結果、2013年に「南海トラフ沿いの大規模地震の予測可能性に関する調査部会」が、「現在の科学的知見からは、確度の高い地震の予測は難しい。」と見解を示し、昨日公表された「南海トラフ沿いの大規模地震の予測可能性に関する調査部会」の報告でも、「現時点においては、地震の発生時期や場所・規模を角度高く予測する科学的に確立した手法はない。」と、大震法の警戒宣言の前提となる地震予知に対し否定的見解が示されました。

昨日の政府発表

 昨日、「南海トラフ沿いの地震観測・評価に基づく防災対応検討ワーキンググループ(WG)」が最終報告を小此木防災担当大臣に提出しました。これを受けて、菅官房長官は「確度の高い地震の予測は難しく、そのことを前提に対応を考えることが重要だと確認された。政府としてはこれまでの対応を早急に見直し、新たな防災対応の構築を急ぐ必要がある」と発言し、静岡県・高知県・中部経済界を「モデル地区」として対応課題を検討することになりました。

 これを受けて、気象庁は、「南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会」を設置し、11月1日から南海トラフ全域を対象として「南海トラフ地震に関連する情報」を発表することになりました。情報には、「臨時」と「定例」があり、「臨時」情報は南海トラフ沿いで異常な現象が観測された場合などに発表されます。具体的には、下記に示すケース1,2,4の場合が対象になるようです。「南海トラフ地震に関連する情報」(臨時)が出された場合には、内閣部(防災担当)が、関係省庁災害警戒会議を開催し必要な対応を行うと共に、国民に今後の備えについての呼びかけを行うとの方針が示されました。ただし、これは暫定措置で、今後モデル地区での検討が進み新たな防災対応が定まれば見直されるとのことです。

 このように、直前予知を前提にした警戒宣言に基づく防災対応は40年ぶりに凍結されました。これは我が国の防災施策にとって画期的な転換点でもあります。

想定される4つのシナリオ

 WGは、南海トラフ沿いで発生する可能性のある4つのケースを取り上げて具体的な検討をしています。

 (ケース1)は、南海トラフの東・西どちらかの領域で大規模地震が発生した場合です。昭和東南海地震では2年後、安政東海地震では32時間後に南海地震が発生しています。また、東南海地震の1か月後に三河地震が、安政南海地震の2日後には豊予海峡地震が隣接して発生しました。このことから、心理的にも極めて切迫した事態になると想像されます。最初の地震での被災地への救援をどうするか、残っている側ではどのような対応をすべきかなど、議論すべき点が多々あります。

 (ケース2)は、南海トラフ沿いでM7クラスの地震が発生した場合です。東日本大震災のときも2日前にもM7.3の前震がありました。熊本地震でも2日前にM6.5の前震がありました。いずれの場合も、前震のときには、本震の発生についての注意喚起はありませんでした。一方、昨年4月1日に東南海地震の震源近くの三重県南東沖でM6.5の地震がありましたが、南海トラフ地震にはつながりませんでした。肝を冷やした人は多かったと思います。過去の南海トラフ地震でM7クラスの前震が起きた事例は知られていません。

 (ケース3)は、ゆっくりすべりや前震活動などの現象が観測された場合です。東日本大震災後に観測データを確認したところ、種々の先行現象があったようですが、現時点では、同様のデータを観測しても、大規模地震発生につながると判断するのは難しいようです。

 (ケース4)は、東海地震の予知情報の判定基準としているプレート境界面での前駆すべりや大きなゆっくりすべりが観測された場合です。現状の厳しい対応をするのには無理がありそうですが、十分な警戒が必要な状況には変わりありません。

不確実な情報を災害対応にどう生かすか

 大規模地震が短期的に発生するかどうかを確度高く予測するのは困難だとしても、国難とも言える南海トラフ地震の被害を少しでも軽減するため、起こり得る事態を想定し、観測される異常現象に応じて、予め対応を議論しておくことは大切です。

 充実した観測網でデータがリアルタイムで公表され、普段と違う観測データが得られれば、多くの学識者が様々な見解を発すると思われます。これは好ましいことですが、意見の幅や違いについて公の場で議論するようにすることが必要になります。

 不確実な情報をどのように災害軽減に活かすかも問われてきます。状況の切迫度や、災害危険度、脆弱度、社会的影響度などによって対応レベルは変わるはずです。社会全体で対応の統一を図るべきか、トリガーをどうするか、事態の収束の判断をどうするか、など議論を深めなければいけません。対応が長期にわたる場合には、命を守ることに加え、個人の生活や産業などの生業の維持、受忍限度などの視点も重要になります。

今後の議論の方向性

 状況の切迫度については、上記の4ケースを基本に、丁寧な検討をする必要があります。対応レベルは切迫度によって変わります。ケースによる切迫度の違いや、警戒すべきエリアや時間などの判断が大事になります。不確実な情報の中、観測データに基づく状況認識と被害軽減効果とのトレードオフの中での決断が問われます。

 災害危険度については、揺れ、液状化、津波・浸水、火災、土砂などの危険事象の中で、命を守る暇のないハザードに対しては退避も考えなければいけません。特に、津波到達時間が短いところや急傾斜地などについては、特別な配慮が必要だと思われます。

 脆弱度については、個人とハードの両方を考える必要があります。災害時に早期避難が困難な人、耐震性が十分ではない建物の居住者などの対応が問われます。

 社会的影響度については、災害時にも機能を維持すべきもの(防災・消防・医療機関)、失うと災害後対応や復旧に困難を伴うもの(医療機器、重要データ、金型など)、文化財他の貴重品などについて検討が必要です。産業界では、建設重機の浸水危険地からの退避や、サプライチェーンの工場での部品・素材の備蓄など、波及の最小化を図ることになります。

 いずれにせよ、社会全体として統一した対応が望まれます。隣同士の自治体で対応が異なったり、サプライチェーンやグループ企業内で不統一だと混乱が生じるでしょう。また、災害発生時にも必要となる電気・ガス・水・通信などのライフライン機能は最低限維持することが原則になります。交通機関が機能しなれば社会が止まり、災害直後に対応の中心になる防災行政機関、医療機関、建設業なども即応できません。状況に応じて何から止め、何を最後まで残すのか、十分な検討が必要になります。

 とは言え、人も社会も、非日常を長期間続けることは困難です。観測データを注視しつつ、人や社会の受忍限度を考えながら、特別な対応の解除方法も検討しなければなりません。その場合も、時間経過とともに長期的な地震発生確率が高まっていること念頭に、短期的対策から本格的対策に転換すると解釈したいと思います。

 このような検討は、地域特性の違いに応じて、多様かつ丁寧な議論をし、合意形成する必要があります。これをきっかけに、国民一人一人が地震と向き合い、今後の南海トラフ地震との付き合い方について、国民的議論を深めていきたいと思います。