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南海トラフ地震の予想死者数は過大か〜昔の地震の死者を現代の人口に換算すると?

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
東京都慰霊堂

明治以降の地震

明治以降の地震については、地震による犠牲者の数が概ね正確に記録されています。死者・行方不明者が2000人以上だった地震を並べてみると下記のように9地震あります。

1 1923年関東地震(M 7.9)の105,385人(当時の人口は5,758万人)

2 2011年東北地方太平洋沖地震(Mw9.0)の22,118人(人口12,780万人)

3 1896年明治三陸地震(M8.2)の21,959人(人口4,199万人)

4 1891年濃尾地震(M 8.0)の7,273人(人口4,025万人)

5 1995年兵庫県南部地震(M7.3)の6,437人(人口12,557)

6 1948年福井地震(M 7.1)の3,769人(人口8,001万人)

7 1933年昭和三陸地震(M8.1)の3,064人(人口6,688万人)

8 1927年北丹後地震(M7.3)の2,925人(人口6,114万人)

9 1945年三河地震(M6.8)の2,306人(人口7,220万人)

ダントツに多くの犠牲者を出したのは関東地震(関東大震災)、2番目が東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)、5番目が兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)で、この3つが大震災と呼ばれる地震です。これ以外に、南海トラフ地震として、1944年東南海地震(死者1233人)と1946年南海地震(死者1443人)がありますが、戦中戦後の混乱期の地震のため、死者が過小評価されている可能性があります。

明治以降の地震の死者を現代の人口に換算

これらの地震の死者を現代の人口12,700万人に換算し直すと、下記の順になります。

1 1923年関東地震、232,440人

2 1896年明治三陸地震、66,416人

3 1891年濃尾地震、22,948人

4 2011年東北地方太平洋沖地震、21,980人

5 1995年兵庫県南部地震、6,510人

6 1927年北丹後地震、6,076人

7 1948年福井地震、5,983人

8 1933年昭和三陸地震、5,818人

9 1945年三河地震、4,056人

このように、順番が大きく変化します。被害の要因は、関東地震は火災、明治三陸地震と東北地方太平洋沖地震、昭和三陸地震は津波、他は活断層の地震に伴う揺れが主たる被害原因でした。

ちなみに、関東地震での東京府と神奈川県の死者は、それぞれ70,387人と32,838人でした。1925年の両府県の人口は448万人と142万人で、現在はそれぞれ1,365万人と914万人ですから、人口比換算すると、21万4千人と21万1千人となり、合わせると40万人を超えてしまいます。

江戸以前の地震

江戸以前の地震については、資料が十分では無いこともあり、死者の数は余り正確には把握されていません。とくに、昔の地震では数字の信憑性は低いと思われます。とはいえ、多くの研究者が過去の地震について調べていて、下記のような数が示されています。ただし、この数字は、資料で見つかったものを積算したものですから相当な幅があると思います。死者が大きいと思われる順で並べてみると、

1 1498年明応地震、死者4万1千人、人口1,200万人程度(南海トラフ地震、3~4万人と言われている)

2 1707年宝永地震、死者4万1千人、人口2,800万人程度(南海トラフ地震、最近大阪で2万人強が犠牲になったとの報告あり)

3 1293年鎌倉大地震、死者2万3千人、人口700万人程度(鎌倉時代の地震で不明な点が多い、相模トラフの地震らしい)

4 1792年島原大変肥後迷惑、1万5千人、人口3,000万人程度(雲仙普賢岳崩落による有明海の津波の犠牲者)

5 1771年八重山地震、1万2千人、人口3,000万人程度(津波遡上高85mとの記述も)

6 1703年元禄地震、1万人、人口2,800万人程度(大正関東地震より規模の大きな関東地震、死者20万人との説も)

7 1855年安政江戸地震、1万人、人口3,200万人程度(町人だけで4千人、武士を含むと1万人を超えると言われる)

8 1847年善光寺地震、1万人、人口3,200万人程度(善光寺御開帳で旅人が多く犠牲)

9 1611年慶長三陸地震、5千人、人口1,300万人程度(死者の幅が大)

10 1611年会津地震、4千人弱、人口1,300万人程度(不明な点が多い)

11 1854年安政南海地震、数千人、人口3,200万人(東海・南海合わせて3万人との説も)

12 1854年安政東海地震、2~3千人、人口3,200万人(東海・南海合わせて3万人との説も)

となります。人口は何れも推定値です。そのほかにも、1096年永長地震、1605年慶長地震、1662年寛文近江・若狭地震などが相当の死者を出していたようです。

江戸時代以前の地震を現代に換算する

これを現代の人口に当てはめると、1498年明応地震や1293年鎌倉大地震は、1923年関東地震に匹敵する40万人を超える犠牲者を出したことになります。また、1707年宝永地震も約20万人にもなります。さらに、1792年島原大変肥後迷惑、1771年八重山地震、1703年元禄地震、1611年慶長三陸地震、1855年安政江戸地震、1847年善光寺地震、1611年会津地震などは5万人程度であり、明治三陸地震程度の犠牲者に相当します。1854年安政東海地震と安政南海地震は1万人程度の犠牲者を出したことになり、合わせると東日本大震災相当の犠牲者になります。

過大ではない南海トラフ地震の被害

このように、過去の南海トラフ地震や相模トラフ地震の中には、現代に換算すると40万人相当の犠牲者を出していた地震が複数あります。従って、南海トラフ巨大地震の最悪ケースの予想死者数32万3千人は、決して荒唐無稽な過大な数字ではないことが分かります。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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