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命を守るため、何としても進めたい住宅の耐震化

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

多くの家屋が倒壊した熊本地震

昨年の4月14日と4月16日の二度にわたって震度7の強い揺れが熊本地方を襲いました。この揺れが直接の原因で、50名の方が亡くなりました。中でも、震度7の揺れに見舞われた益城町と西原村、地盤変状の激しかった南阿蘇村で多くの犠牲者がでました。そのうち、37人の方は家屋の倒壊が原因で、14日の前震で7人、16日の本震で30人が亡くなっています。また、土砂崩れによる死者10名は全て南阿蘇村の村民でした。ちなみに、地震後に関連死でお亡くなりになった方は147人で、直接死の3倍にもなります。

家屋被害は兵庫県南部地震の約1/10

熊本地震での全壊家屋数は、8,424棟で、約10万棟の全壊家屋を出した1995年兵庫県南部地震の1/12です。これは、震度7に見舞われた益城町と西原村の人口が合わせて4万人程度で、兵庫県南部地震での震度7地域に比べて、家屋数が少なかったためと思われます。ちなみに益城町と西原村の全壊家屋数は約4,000棟です。神戸市の人口は東灘区・灘区・中央区・長田区の4区だけでも60万人にのぼり、震度7の自治体の人口は全部で180万人にもなります。戸建住宅の割合は集合住宅が多い神戸市よりも多いと思われますが、家屋被害数が1/10以下であることは納得できます。

家屋が原因で亡くなった方の割合は兵庫県南部地震の1/10

熊本地震での直接死の数50人は、兵庫県南部地震の5,502人の110分の1です。何れの地震も多くの人が就寝している時間に起きた地震ですが、熊本地震では、全壊家屋数に対する直接死者数の割合が10分の1程度になっています。これは、前震の強い揺れで、多くの人たちが、避難所や車中に避難していたからのようです。本震の揺れがいきなり襲っていたら、犠牲者は十倍程度になっていたとも思われます。そういう意味で、関連死の割合が過去の地震と比べて多い原因は、前震の発生のため直接死が少なかったためと言えそうです。

2000年以降の家屋の被害は微少

国土技術政策総合研究所と建築研究所が日本建築学会と協力して実施した益城町の激震地域での家屋被害調査によると、1981年5月より前の木造住宅の無被害率は5.3%、1981~2000年は20.3%、2000年以降は61.3%と大きな差がありました。

木造住宅の耐震基準は、地震被害を経験しながら改善されてきました。震度7の揺れを2度も経験したのに、6割もの住宅が無被害だったということは、新しい木造住宅は、通常の建築物よりも遙かに耐震性が高いということにもなります。

その秘密の一つは、木造戸建住宅は構造計算が免除されているからとも言えそうです。木造戸建住宅は、住宅数の対し構造設計を行う建築士や建築確認の審査を行う建築主事の人数が圧倒的に不足していること、構造計算の信頼性が低いこと等が理由で、家屋の床面積に応じた耐力壁の壁量によって安全性が規定されています。このため、安全性の余裕度が高いと考えられます。

時代によって異なる木造住宅の壁の量

例えば、屋根及び壁の重い2階建て住宅の場合、床面積(m2)当たりの1階の必要壁量(壁長さm)は、建築基準法が制定された1950年時点では16cm/m2、1959年以降は24cm/m2、新耐震基準が導入された1981年以降は33cm/m2となっています。ただし、必要壁長さは、壁長さに壁種類に応じた壁倍率を乗じることになっていて、壁倍率も時代によって変遷してきました。例えば、2つ割の筋かいの場合には、3つの年代で、3.0、3.0、2.0となっています。すなわち、2つ割の筋かいを使った場合には、実際の壁長さは、5.3cm/m2、8cm/m2、16.5cm/m2となり、1981年以降は、1950年代の約3倍もの耐力壁が確保されています。

2000年以降はさらにバランスと金物補強も

2000年には、地盤の硬軟に応じて基礎の仕様を定めたり、耐力壁をバランスよく配置することや、柱や筋かいと梁や基礎との間を堅結する接合金物などについて仕様が定められました。これによって、さらに耐震性が向上しました。また、木造住宅の場合には、蟻害や腐朽による老朽化の問題もあります。このため、同じ新耐震基準の木造住宅でも、2000年を境に被害率に大きな差ができました。

逆に言えば、熊本地震では、兵庫県南部地震時と比べ、新しい建物の割合が増えたため、震度7の揺れを2度も経験したにも関わらず、全壊家屋数が減っていると考えられます。

兵庫県南部地震を契機として作られた耐震改修促進法

兵庫県南部地震での直接死5,502 人のうち、約 9 割の 4,831 人の死因は住宅・建築物の倒壊等が原因で、古い木造家屋が中心でした。このため、震災後1995年12月25日に、新耐震基準を満足していない既存不適格建築物の耐震改修を促進するため、「建築物の耐震改修の促進に関する法律(耐震改修促進法)」が制定・施行されました。

住宅に作用する力は、住宅の重さに比例します。この力に主に抵抗するのが耐力壁です。古い木造住宅は、土葺きの瓦屋根や土壁などが使われ、重さの割に壁量が不足気味で、腐朽などの老朽化の問題も抱えています。このため、同じ揺れを受けても被害が大きくなります。

現在では多くの自治体で、1981年以前の住宅に対する無料耐震診断や、耐震改修への補助が行われています。また、一部の自治体では1981年以降2000年以前の住宅に対しても補助が行われるようになってきました。

完璧でなくても安全性向上を

一般に、耐震改修の補助は、新耐震基準相当の耐震性を確保することが前提になっています。ですが、耐震性が大きく不足する住宅では基準を満足することは難しく、高齢者の方々を中心に費用負担のため躊躇する場合も散見されます。このため、一部の自治体では、寝室などの部分改修(一室補強)や、暫定的な補強を許容した2段階改修に対しても補助を行うようになってきました。また、家屋が倒壊した場合にも安全空間が確保できるよう、部屋の中に耐震シェルターや防災ベッドを設置する場合についても、補助をする自治体も増えてきています。

まずは、家具の転倒防止や水や食料の備蓄から始め、徐々に、家屋の耐震化へと安全対策を進めていきたいと思います。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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