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糸魚川市の大火から考える消防力の現状

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(ペイレスイメージズ/アフロ)

糸魚川市での火災

1976年10月29日に山形県酒田市で1800棟弱が焼失した「酒田の大火」から40年を迎え、都市大火への注意が喚起されていたところでしたが、残念ながら、年の瀬の12月22日、糸魚川市で大きな火災がありました。この火災で、約4万平米の面積、約150棟の家屋が焼失しました。

これだけの大火にもかかわらず、死者を出さずにすんだことは、幸いでした。火災が発生したのが日中だったおかげかもしれません。

年が押し迫った中、被災された方々には、心よりお見舞い申し上げます。

強風と家屋密集による延焼の拡大

最初に出火したのはラーメン店でした。通報は10時半ごろにありました。糸魚川市消防本部は6台の消防車を派遣しましたが、風速10m前後の強風(平均風速9.1m/s、最大風速15.6m/s)に煽られ、狭隘な道路も重なり消火に手間取りました。この間、複数箇所に飛び火し、木造家屋が密集していたため、延焼を食い止めることができなくなりました。その後、新潟県下の他地域の消防や、隣接する富山県や長野県の消防、地元消防団も含め、100台を超える消防車が消火に当たり、約10時間半で鎮圧、さらに約30時間で鎮火しました。

糸魚川市では過去にも大火災がありました。1928年には105棟、1932年には380棟を全半焼する火災が起きていたようです。家屋の耐火性能や消防力は向上しましたが、強風下の木造密集地域では未だに大火を免れないということを肝に銘じ、耐火性のあるまち作りや、初期消火の大切さを実感します。

歴史的まち並みの観光と防災

現場は、糸魚川駅北側の古い木造家屋が密集する地域で、新潟県最古の酒蔵や創業200年の老舗割烹などがある歴史と伝統のある地域でした。また、家の軒を庇のように道路側に突き出させた雁木造(がんぎづくり)も、雪国・新潟ならではの風情を醸し出していました。

古い木造家屋は耐火性が十分でなく、家屋が密集すれば容易に延焼拡大します。さらに軒を連ねた雁木が延焼を助長したようです。

世は観光ブームですが、観光資源でもある歴史あるまち並みの維持・保存には、まちの防災力を格段に向上させる必要があります。

ジオパークの糸魚川市

新潟県糸魚川市は、日本の東西を地形的に境する糸魚川-静岡構造線(糸静線)の北端に位置する日本海に面したまちで、面積746.24平方キロ、人口4万5千人弱の小規模な市です。糸静線のことは中学校で学びますので、日本人ならだれもが知っている地名です。この糸静線は、地震を起こす元である大規模活断層でもあり、災害と言えば地震を思い浮かべます。糸静線は、大規模地溝帯のフォッサマグナの西縁に当たり、特徴的な地形や地質を持っています。このため、日本での最初の世界ジオパークとして2009年8月にユネスコから認定も受けています。ジオパークとは、「地球・大地(ジオ:Geo)」と「公園(パーク:Park)」とを組み合わせた言葉で、地球を学び、丸ごと楽しむことができる場所を言うそうです。

糸魚川市の消防力

平成28年版消防装備情報と平成28年版消防現勢データによれば、糸魚川市の消防力は、消防署、分署、分遣所が合わせて4か所、消防職員(定員)は93名で、消防車両はポンプ車4台、はしご車1台、化学車1台、救急車4台を保有しています。消防団員(定員)は1190名です。この消防力で、一年間に16件の火災、1923件の救急、76件の救助の活動をしています。すなわち、今回焼失した家屋棟数は市の10年分の焼失棟数に相当し、市の消防力では対応できないことが明らかです。

我が国の消防力

我が国の常備消防の職員数は約16万人で人口800人に1人程度、消防団は90万人で140人に1人程度の人数になります。また、常備消防が保有する消防車両はポンプ車が7千台弱、救急車は5千台強です。それぞれ、人口1万9千人弱に1台、2万5千人に1台になります。この消防力で、年間、火災で約4万件、救急で600万件、救助で9万件の出動をしています。

これに比べると、糸魚川市は、消防職員数(500人に1人)と消防団員数(40人に1人)、ポンプ車数・救急車数(1万人に1台)は、全国平均に比べ多めです。元々、小規模自治体でも最低限の消防力を措置しているために、人口1万程度の能生町・青海町と合併した糸魚川市では、市の規模に比べ優遇措置が取られているためと思われます。

一方で、大都市の例として名古屋市を見てみると、230万人の人口に対して、常備消防職員は2402人(千人に1人)、ポンプ車81台(3万人に1台)、救急車40台(6万人に1台)、消防団員は6820人(340人に1人)で、火災558件、救急119996件、救助1059件の対応をしています。大都市では効率よく消防力を運用していることが分かります。

消防の広域化

我が国の消防は、元々、町火消から出発しており、ボトムアップ的に作られてきました。このため、市町村単位で消防本部を持つ場合が殆どで、地域と密着した活動に特徴があります。トップダウン的な組織の警察とは対照的です。

ですが、大規模火災や大地震のような大規模災害では、1市町村の消防力の力を超えてしまいます。例えば、糸魚川市にはポンプ車は4台しかありませんが、新潟県全県下のポンプ車を集めれば168台になりますから、県域全体での広域連携をすれば強力になります。とはいえ、離れた場所からでは時間がかかりますから、隣接市町村との協力が効果的です。例えば、糸魚川市の規模のまちでは、1か月に1件程度しか火災は発生していていませんから、多くの場合は隣接市町村への協力が可能です。こういったことから、最近では消防の広域化による組合消防化が行われています。

地震火災に備える

1923年関東地震では、136か所から出火し、21万棟が焼失しました。10万人余の犠牲者のうち、9割が火災によるものでした。また、1995年兵庫県南部地震では7千棟が全焼しました。また、懸念されている南海トラフ巨大地震での焼失棟数は、最悪75万棟程度と予想されています。我が国の常備消防のポンプ車は全部で7千台であり、国の総力を集めても消火は困難です。

国土交通省は、2012年に「地震時等に著しく危険な密集市街地」を公表しました。これによると、東京都の 113地区 1,683haと大阪府の11地区 2,248haが突出しています。中でも東京都の墨田区や北区、大阪市の西成区、阿倍野区、生野区、東成区などは、深刻な状態になっています。木造密集地域の解消に向けて、あらゆる手を尽くす必要があります。

これから

糸魚川市での延焼拡大の原因は、木造密集地域、強風、消防力の不足の3つが考えられます。他都市でも同様のことは起こりえます。火災を防ぐには、火災を出さない、すぐに消す、家屋を燃えにくくする、焼け止まりの広幅員道路や公園、不燃の防火建築帯などで防火帯を整備する、などが不可欠です。これには、自助、共助、公助のすべてが必要になります。個人でできることは、火の始末、火災報知器と消火器の準備、初期消火の訓練などです。

強風が多く、火をよく使う年末年始を迎えます。今一度、都市火災の怖さを認識し、万全な備えをしていきましょう。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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