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鉄のメリットと課題を克服して作られた地震に強い鉄骨構造

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(写真:アフロ)

500年もの歴史を持つ鉄

学生のとき、先史時代の区分として、道具の材料によって、石器時代、青銅器時代、鉄器時代と習ったことを思い出します。新しい道具の発見が、農業生産の効率化や新しい武器の獲得に繋がるため、道具の名前が文明を画す時代の名前になるのでしょうか。鉄が利用されるようになったのは5000年くらい前のようです。3500年前には、ヒッタイトという民族が鉄器により勢力を拡大しメソポタミアを支配しました。

木炭とふいごで作るたたら製鉄

鉄鉱石は酸化鉄でできていますから、金属の鉄を作るには、酸化鉄から酸素を奪い取る必要があります。これを還元と言います。かつては、鉄鉱石と木炭にふいごで空気を送って燃焼させることで、炭素と酸素を結合して還元をする「たたら製鉄」が行われていました。このため、鉄を作るには、鉄鉱石と大量の木材資源が必要になります。

日本には弥生時代に鉄が輸入されはじめたようです。鉄器の農具を利用することで農業生産量が画期的に増えました。古墳時代には、砂鉄を利用した「たたら製鉄」が本格的に行われるようになりました。たたらの高品質な鋼から作られるのが玉鋼です。これを叩いたり伸ばしたりして鍛錬することで不純物を除去し、日本刀を作りました。今でも島根県仁多郡奥出雲町で日立金属により玉鋼が生産されて、我が国の伝統技術の日本刀作りが受け継がれています。

産業革命を支えた製鉄業

1700年代半ばに始まった産業革命を支えたのは製鉄業でした。木炭を使った製鉄では森林資源を枯渇させてしまいます。このため石炭の利用が始まりました。ですが、石炭に含まれる硫黄が鉄を脆くしてしまうのが課題でした。ここで登場したのが石炭を蒸して作るコークスでした。当時、開発された蒸気機関を利用して送風することで、鋳鉄(銑鉄)を大量に作ることができるようになりました。これが現代の高炉に相当します。

鋳鉄は炭素が沢山含まれていて脆いことが問題でした。この時期に作られた鉄の建造物・アイアンブリッジ(写真)は、引っ張りに弱い鋳鉄を利用したので、圧縮力のみが働くアーチ構造を採用していました。

鋳鉄の脆さを克服するため、鋳鉄に酸素を沢山吹きかけて炭素を奪い取って鋼鉄や錬鉄を作る方法が生み出されました。これが転炉と呼ばれる方法です。鋼鉄と錬鉄とでは炭素含有量が異なります。錬鉄は鋼鉄に比べ、炭素含有量が少なく、軟らかく粘り強い材料です。現在、一般に建築構造材料に使っているのは堅さと粘り強さを併せ持つ鋼鉄です。ちなみに、エッフェル塔は錬鉄で、東京タワーは鋼鉄でできています。

産業革命により、鉄を利用した機械化が進み、さらに蒸気機関を利用した蒸気船や蒸気機関車が開発され新たな交通革命を生み出しました。1800年代はまさしく技術革新の時代と言えそうです。我が国でも、江戸末期に洋式の製鉄法が導入され、その後、日清戦争の後、1901年官営八幡製鉄所が操業を開始し、本格的な洋式高炉ができました。

利用価値の高い金属・鉄

鉄は産業の米とか、鉄は国家なりと言われます。鉄は、加工がしやすく大量かつ安価に作れるため、金属材料のうちの95%は鉄が占めています。このように、鉄は私たちにとって何より大切な材料です。

そもそも、鉄は、外核や内核の主成分で、地球の重さの1/3を占めています。地殻の5%くらいは鉄でできています。このため、多くの鉄鉱石が生産されます。また、鉄のスクラップである鉄くずは、ほぼ100%リサイクルされています。鉄くずを利用して製鉄するのが電気炉(電炉)です。現在、日本で生産されている鉄の75%は高炉で、25%は電炉で作られています。さらに、鉄を作った残りのスラグは、セメント材料や道路の路盤材料にも使われており、廃棄物利用も十分に行われています。まさに鉄は金属材料の優等生です。

鉄の長短を利用した鉄骨構造

鉄は、重さに比べて強度が大きい(比強度が大きい)ので、少ない材料で大きな建造物を造ることができます。このため、高層ビルや長大橋、体育館など、大規模な建造物の多くは鉄骨構造で作られています。鉄骨部材は工場で作られますから、品質も安定しています。建設現場では、工場で作った鉄骨部材を組み立てるだけですから、鉄筋コンクリート構造に比べて、工期も短くなります。また、解体後の鉄骨は再利用も可能ですから、リサイクルが容易で解体費用も安くなります。

一方で、鉄は、高温になると急激に強度を失うので、耐火被覆が必須になります。断熱性も低いため、別途、断熱材を利用する必要があります。かつて耐火被覆材や断熱材として用いられていたアスベスト(石綿)は、健康上の問題が指摘されており、社会問題になっています。また、鉄は錆びやすいため、防錆処理を施す必要があり、外気に露頭している場合には塗装などの維持管理が欠かせません。さらに、性能が高い故に、部材断面が小さくなりがちなため、圧縮の力がかかると座屈しやすく、また、相対的に軟らかい構造となるため地震の時に揺れやすくなります。

このように、鉄はその素晴らしさと裏腹に課題もある材料です。これを克服して、沢山の鉄骨構造建造物が作られています。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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