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建物の規模や用途によって、耐震安全性に差は? その確認方法とは

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(写真:アフロ)

建物と人間

人類は大昔から建物の中で暮らしてきました。竪穴式住居は、縄文人が住んでいた1万年くらい前から使われていたようです。また、巨大建造物の古代ピラミッドは今から5000年も前に建設されています。

「目には目を、歯には歯を」で有名な4000年前のバビロニアの法典・ハンムラビ法典には、建築に関わることとして、「家を建てたものは、建築が適切に行われなかったことにより家が壊れ、その住人を死なせることがあった場合には死罪に処す」と記されています。科学や技術が芽生える前から、建築物の安全性が重視されていたことが分かります。

建築の3要素

建築を志す学生が学校で最初に学ぶのは、2000年前のローマの建築家・ウィトルウィルスが建築十書に残した「強無くして用無し、用無くして美無し、美無くして建築では無い」と言うメッセージです。建築の3要素は「強・用・美」であると明快に述べています。自然の厳しさから私たちの命・生活・財産を守るシェルターとしての役割が最初に記されています。次に使い勝手、最後に美しさ、そして全てが揃っていないと、良い建築では無いと言っています。

耐震設計の始祖・佐野利器の名言

耐震設計の基本を作った佐野利器は、1923年関東大震災を受けて、建築雑誌の1926 年 10 月号に「耐震構造上の諸説」と題する論文を著し、その中で「然しながら、諸君、建築技術は地震現象の説明学ではない。現象理法が明でも不明でも、之に対抗するのが実技である。建築界は百年、河の清きを待つの余裕を有しない。」と述べています。実学としての建築技術の役割や、建築物の安全に対する責任感を感じます。

様々な建物

私たちの周辺には色々な建物があります。在来軸組構造で作られた小規模の木造住宅から、高さ300mに及ぶ鉄骨構造の超高層建物まで、規模、高さ、構造、材料、用途が異なる建物が多数建設されています。我が国では、建築基準法がこれら全ての建物の耐震安全性を法的に規定しています。ただし、建築基準法は、あくまでも、建築物の構造に関する最低限の基準を法律として定めたものです。建物の規模や用途に関わらず、法的に要求する安全性には基本的に同じです。ただし、安全性を照査する方法は、建物規模や高さによって異なっており、戸建て住宅や規模の小さな建物では、詳細な計算や審査を行う手間を省くことができます。

建物の規模と耐震基準

耐震基準では、建物の延床面積や高さによって、耐震設計の方法が区分けされています。小規模で低層のものは、構造計算を個々に確認することは免除されていいます。一方で、大規模な建物では高度な検証法を用いることが義務づけられています。

例えば、60mを超える高層建物は、設計で想定すべき地震動に対して、時刻歴応答計算によって安全性を検証しています。これに対し、60mを下回る建物では、静的に建物に力を加えることによって安全性を確認しています。ただし、その検証方法も建物高さや規模によって異なります。鉄筋コンクリート造や鉄骨造の建物の場合には、31mを超えるかどうか、20mを超えるかどうかによって、用いる計算方法が異なり、小規模なものほど簡略な方法を用いることができます。とくに、規模の小さい2階建て以下の木造建物の場合には、構造計算の手間や審査の手間を省くため、構造計算は義務づけられていません。

なお、詳細な方法を使う方が安全とは限りません。簡略な方法ほど余裕をもった判断をしていますので、耐震的な余力が大きいとも言えます。震度7の揺れを受けても無傷の戸建て住宅がある理由がこんなところにありそうです。

建物の構造材料

建物の構造に用いられている材料には、木造、鉄筋コンクリート造、鉄骨造などがあります。それ以外にも、鉄骨鉄筋コンクリート造、レンガ造、ブロック造などもあります。強度と重さの比を比強度と呼び、材料の性能の善し悪しの尺度として用いています。上の3つの中で最も比強度が大きいのは木材です。一方で、一番性能が悪いのは鉄筋コンクリートです。木造は燃えやすいこともあり、戸建て住宅に使われる場合が多く、高層事務所ビルは鉄骨造で作られる場合が多いようです。鉄筋コンクリートは、性能は悪いですが、安価で沢山の材料を使うので、建物が堅く、壁の遮音性や断熱性に優れているので、集合住宅や学校などで多く使われています。

建物の構造形式

建物の構造形式には、耐震壁を主とした耐震要素とした壁式構造と、柱を耐震要素としたラーメン構造があります。前者は頑強に強度で耐えるタイプ、後者はしなやかに靱性(変形性能)によっていなすタイプです。前者の典型は原子力発電所の原子炉建屋、後者の典型は超高層建物です。壁の代わりにブレースや筋交いが用いられることもあります。東西に長い一般的な学校の校舎は、教室と教室の間に壁がありますから、南北方向の揺れに対しては壁式構造、東西方向の揺れに対してはラーメン構造になっていることが多いです。また、体育館などの大空間構造では、屋根の構造形式によって、トラス構造、シェル構造、空気膜構造などの構造形式も使われています。

免震構造と制振構造

地震の揺れに対して強度や靱性によって耐えるのが耐震構造です。これに対して、建物の下に積層ゴムなどの特殊な装置(免震装置)を入れて、地盤の揺れを建物に伝えないようにするのが免震構造、建物の中に揺れのエネルギーを吸収する装置を入れて揺れにくくするようにしたのが制振構造です。免震構造は揺れを大きく減らすことができるので病院や役所の庁舎に多く使われています。一方で、制振構造は高層ビルに良く使われています。一般に、免震構造や制振構造の設計では、想定すべき地震動に対して、時刻歴応答計算によって安全性を検証しています

建物の用途

世の中には様々な用途の建物があります。住宅、病院、役所、消防署、警察署、学校、体育館、事務所、商業施設、工場、倉庫、飲食店、集会場や市民会館、映画館や劇場、遊戯施設などです。これらの中には、不特定多数の人が利用する施設や、災害時にも重要な役割を果たす施設があります。建築基準法では、利用者の多少や重要度に応じた安全性の割り増しは行われていませんが、1995年に制定された耐震改修促進法や国土交通省が定めた「官庁施設の総合耐震計画基準」などには、用途による規定が含まれています。

耐震改修促進法では、学校、病院、ホテル、事務所その他多数の人が利用する建物のうち、3階建以上でかつ床面積が1,000平米以上の建築物に対して、耐震診断や耐震改修に努めることを求めています。また、「官庁施設の総合耐震計画基準」では、地震災害時の災害応急対策活動の重要度に応じて、耐震性を割りますことを定めています。

このように、多種多様な建物に対して、耐震安全性の検証が様々な方法で行われています。全ての建物が同じ方法で確認されているわけでは無いので、確認方法によって安全度合いには差が生じることが分かります。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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