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男子サッカーインターハイ準優勝校 米子北高校のチーム作り(その3)

福富信也東京電機大学理工学部/(株)ヒューマナジー代表取締役
写真:米子北高校ホームページより

2度のPK戦を制してベスト4へ

8月14日、ついにインターハイ男子サッカー競技が開幕した。

米子北高校は「(今大会は)何度も死にかけた」と中村監督が語るとおり、難しい試合が続いた。初戦の帝京高校(東京都)戦は、2度もリードを奪われる劣勢を、持ち前の粘りで跳ね返した。後半アディショナルタイム3分に同点弾を叩き込み2-2、PK戦に希望をつないだ。緊張感あるPK戦では、6人全員成功の米子北が辛勝した。

1日の休養を挟み、続く2回戦は東海大山形高校との対戦。こちらも先制される苦しい展開だった。しかし、直後に追いつき、追加点で突き放し、2-1で勝利した。

再び1日の休養を挟み、3回戦の日章学園高校(宮崎県)との対戦は、お互いが異なる持ち味を出しながらも得点が生まれず、スコアレスドローでPK戦へと突入した。米子北は初戦同様、5人全員が決めて見事に勝利した。2度のPK戦で合計11人全員が成功というのは決して簡単ではない。3回戦までで2度のPK戦、「粘りの米子北」に勢いが出てきた。

激闘を制した翌日、準々決勝は神村学園高校(鹿児島県)との対戦。今大会初めて先制し、3点をリードしたものの、後半14分に失点。逆転を狙って相手が勢いづくことを警戒し、「選手交代に躊躇した」と中村監督が言ったように、2点差での勝利だったものの、スコア以上に難しい試合となった。結局、追加点を与えることなく3-1で勝利したが、ここまでの4試合で選手たちの疲労もピークに達していたことだろう。

全国屈指の強豪 星稜高校との準決勝

1日の休養日を挟み、準決勝は星稜高校(石川県)との対戦。全国制覇を成し遂げたこともある実力校を相手に、満身創痍のなか、自慢の走力を生かして立ち上がりから一方的に攻め込んだ。前半10分までに2点のリードに成功。その後も、相手陣内に押し込み続けたが、追加点は奪えなかった。

疲労の色が見えた後半の半ば過ぎ、星稜も意地を見せて1点を返す。米子北は徐々に劣勢になる。それでも、縦に早い攻撃で、どんな状況でも1発を感じさせるのが米子北の特徴。その後も何度か鋭くゴールに迫ったものの、なかなかゴールを割れない。迎えたアディショナルタイム3分、まさかの失点。すぐそこまで来ていた決勝進出が遠のく瞬間だった。命拾いをした星稜はPK戦に備え、すぐさまGKを交代する策に出た。その直後のプレーで、再びスコアが動いた。アディショナルタイム5分、ロングスローから劇的な決勝弾が生まれて3-2、米子北の決勝進出が決まった。

米子に残された仲間たち

実は、準決勝のキックオフ直前に城市総監督から、心を揺さぶられる話を聞いた。

「学校の近所の方から、『サッカー部員がとても大きな声を出して、練習に熱が入っている』という話が届いたんですよ」

残された100名弱の選手たちも、遠く離れた地で思いを1つにして闘っていたのだった。7月下旬に私が力説した「背後のチーム」の重要性が浸透したのかもしれない。試合前のこのエピソードで、チームに「一体感」が増したのは事実だろう。

高校サッカー界の横綱 青森山田との決勝戦

大会9日目にして6試合目。決勝戦は高校サッカー界の横綱とも言える、青森山田高校が相手だ。ここまで5試合で28発、名だたる名門校をことごとく大量得点で退けてきた。スコアだけ見れば、ゆとりをもって勝ち上がったと推測される。おそらく、米子北ほど疲労もたまっていないはずだ。多くの方が青森山田の勝利を確信していたのではないだろうか。

試合は、意外な形で動いた。持ち前の速攻から米子北がPKを獲得。ここまで得点のなかったチームの大黒柱、佐野が落ち着いて決めて、開始10分でリードを奪った。ここからは自陣ゴール前でひたすら耐える時間が続くが、どんな状況でも1発を狙える米子北は、時折見せる鋭いカウンター攻撃で相手に脅威を与え続けた。ヒリヒリとする緊張感のまま時計の針は進み、勝利へのカウントダウンが始まろうかという後半残り1分、スローインから一瞬の隙を突かれて、まさかの失点。そのまま10分ハーフの延長戦へ突入した。

米子北は延長戦でもしぶとく闘った。堅い守備で相手の猛攻を跳ね返し、延長戦でもカウンターを繰り出して2本のシュートを放った。延長戦でのシュート数は、相手と同じだった。延長後半アディショナルタイムはなし。すでに10分を経過し、PK戦濃厚と思われた。ボールが出てスローインになったが、まだ笛は吹かれない。再びボールが出たが、コーナーキックを指し示す主審に、笛を吹く様子はない。どう考えてもラストワンプレーだということは、全員が分かっていた。そのコーナーキックで失点。全員がペナルティエリア内で倒れ込み、米子北の夏が終わった。

写真:米子北高校ホームページより
写真:米子北高校ホームページより

サポートメンバーの躍動

今大会の準優勝は、サポートメンバーによってもたらされたと言っても過言ではない。まさに、背後のチームの重要性が浸透していた。試合会場に入っても、彼らは選手たちと別行動で、試合に向けた準備を淡々と行う。試合のクーリングブレイクでは、選手全員がユニフォームを脱いで体を冷やすのが米子北のスタイルだったが、選手の背中を氷でさするサポートメンバーを何度も見た。会場を去るときは、最後まで残りゴミや忘れ物の確認をしてから現場を離れた。

決勝戦直前、中村監督から「トミさん、何か伝えた方がいいことあればお願いします」と言われており、5つにポイントを絞って用意していたが、私から伝えるよりも苦楽を共にしてきたサポートメンバーから伝えてもらった方が価値があると判断し、5つのポイントを彼らに託した。

私が彼らに1つ目のポイントを伝えると、「それは俺がみんなに伝えます!」と名乗り出る。2つ目のポイントを伝えると、「これは僕に任せてください!」と分担が決まっていく。普段では絶対に見せない積極性だった。これぞ一体感だ。この連載「その2」でも触れてきたが、一体感とは「脇役が本気になっている状態」を指す。サポートメンバー5人がそれぞれ1つずつを担当し、ロッカールームでしっかりと伝えてくれた。勝利を約束することだけはできないが、悔いのない試合になることはこの時点で確信した。

トーナメント方式を勝ち上がるチームの条件

私は大会期間中、トーナメント方式を勝ち上がるチームにはいくつかの条件があることを、チームに知らせていた。米子北はそのほとんどに当てはまっていたので、ここでそのいくつかをご紹介する。

①大会中に絶体絶命の危機を乗り越える

「何度も死にかけた」と中村監督が言うとおり、絶体絶命の崖っぷちに追い詰められたことが何度あったことか。勝利した5試合のうち、ギリギリで制した試合は実に3試合(1回戦、3回戦、準決勝)だった。短期決戦のトーナメント方式では、劇的な勝ち方がチーム状態に大きく影響する。そして、次にまた絶体絶命のピンチが訪れても、「あの勝利を思い出せ!俺たちは勝てる!」と全員で団結できる。今大会は、苦しい初戦を勝ち進めたことがすべてだったかもしれない。

②日替わりのヒーロー

絶対絶命を救ってくれるヒーローが日替わりで現れると、チームはますます雰囲気が良くなり、自信に満ち溢れる。高校生の場合は、その自信が成長に繋がる。1回戦は後半アディショナルタイム3分で奇跡的な同点ゴールが生まれた。そのゴールは、途中出場となった中井選手だった。

準決勝では、「ゴールを奪えていない」と中村監督が心配していたエースの片山選手に待ち望んだゴールが生まれたし、後半アディショナルタイム5分での劇的なスーパーゴールは、途中出場の牧野選手によってもたらされた。そして決勝戦、敗れはしたものの、先制点を挙げたのは佐野選手。攻守にわたって大黒柱としてけん引し続けたチームの象徴に、大会初ゴールが生まれた。得点者ばかり書き連ねたが、失点を覚悟しなければならないシーンで、体を投げ出して死守したディフェンダーもいる。得点以上に価値のあるシュートブロックを何度も何度も見た。お互いに称えあいながら、日替わりのヒーローが誕生した。

③明確な目標と徹底されたタスク

私は米子に行くたびに、「日本一になるために俺は来ている!」と選手たちに言い続けた。選手たちもその覚悟をもっていた。明確な目標をもつことで、人の力は最大限に引き出される。そして、チームスタイルもシンプルで、個々の戦術的タスクも明確だったため、選手たちは迷いなくプレーしていた。限りあるエネルギーを何に注ぐか、それが明確で、なおかつ納得感があれば選手たちは躍動する。「この闘い方なら勝てる」と思わせる監督と、それを信じる選手、双方の信頼関係も大切だと思う。

④背後のチームの熱量

この連載で何度も書いてきたが、背後のチームの熱量が大きいほど、チームはパフォーマンスを発揮する。福井県のインターハイ会場から遠く400キロ離れた米子の地で、声を張り上げ、熱量のある練習を繰り広げた仲間たちの存在については先ほど触れたとおりだ。それ以外にも、米子に残る仲間たちから福井の選手へ、応援動画も届いていた。試合に出られないサポートメンバー、コーチ、トレーナーも寝る時間を削って主役を支えた。

⑤緊張 < ワクワク

勝ち進むにつれ、選手たちの顔つきが自信にあふれていった。「緊張してる?」と私が聞いても、笑顔で「楽しみしかないです!」と皆が答えてくれた。気の緩みも過緊張もパフォーマンスを下げる要因になる。心地よい緊張感を保てたこと、それがパフォーマンスに多分な影響を与えたと思っている。

私が米子北高校に初めて関わった春先の取り組み、そしてインターハイ全国制覇に向けた7月下旬の取り組みは、「その1」「その2」で書いたとおりだ。そして今回は「その3」として、大会開幕から9日間の激闘をチームビルディングの視点からまとめてみた。全国制覇を目指した米子北の挑戦は準優勝で終わった。次回「その4」は最終回として、米子北高校の今後の展望についてお伝えしようと思う。

東京電機大学理工学部/(株)ヒューマナジー代表取締役

横浜F・マリノスコーチを経て、現在は東京電機大学理工学部の教員。 Jリーグ監督に必要なS級ライセンス講習会の講師を務める。2016-17年北海道コンサドーレ札幌(J2優勝、J1昇格)、2018-19年ヴィッセル神戸(天皇杯優勝)、2020-21年ラグビーNTTdocomo(リーグワン参入)、2022-23藤枝MYFC(J2初昇格)、2024年からはFC東京のアドバイザーに就任。 スポーツチームのみならず、大企業から中小企業まで研修実績多数。その他、講演・メディア出演・雑誌連載など。著書→脱トップダウン思考(2019)、チームワークの強化書(2022)など。(株)ヒューマナジー代表取締役。

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