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男子サッカーインターハイ準優勝校 米子北高校のチーム作り(その1)

福富信也東京電機大学理工学部/(株)ヒューマナジー代表取締役
写真:米子北高等学校ホームページより

コロナ禍での2021年度サッカーインターハイは、今大会6試合で30得点という爆発的な攻撃力を誇った青森山田高校が見事に優勝を飾った。青森山田高校は、1回戦3-0、2回戦8-0、3回戦8-0、準々決勝5-2、準決勝4-0という圧倒的な強さで決勝戦に駒を進めた。この時点で、優勝を確信している人も多く、もはや「どれだけ得点して優勝するか」が関心事だったかもしれない。

いっぽうの米子北高校を見てみると、1回戦は1-2の絶体絶命からアディショナルタイムの劇的同点弾で追いつき、なんとかPK戦に持ち込みしぶとく勝利。2回戦も2-1で辛勝、3回戦も決着がつかず再びPK戦で勝利を手繰り寄せた。準々決勝は3-1と初めて2点差をつけたものの、スコアほどのゆとりはなかったように思う。準決勝はリードを保ったままアディショナルタイムに突入したが、+3分で追いつかれる悲劇。ところが+5分での劇的ゴールでまたしても命拾いをした。表現は良くないが「何度も死にかけた」と言った中村先生の言葉が、今大会の厳しさを物語っている。

そんな両チームの決勝戦は多くの人にとって意外な展開だっただろう。なんと米子北が序盤にPKで先制。青森山田の猛攻に耐えつつも、時折見せる鋭い速攻で相手ゴールを脅かすという展開だった。そのまま時計の針は進み、後半のアディショナルタイムが近づいた。このまま米子北が勝利するかと思われた矢先、痛恨の失点。そのまま10分ハーフの延長戦へ突入することとなった。厳しい試合展開には慣れている米子北だが、何度か訪れた決定機を逃し、延長後半の最終盤まで同点。優勝の行方はPK戦による決着が濃厚かと思われた。「アディショナルタイムなし」にもかかわらず、延長後半10分を経過しても笛が鳴らない。ボールが出たタイミングで笛が吹かれるかと思われたが、まだ試合は続きコーナーキックが行われた。そのラストワンプレーで力尽きた。米子北高校の夏の挑戦が終わった。

実はこの春から、私は米子北高校サッカー部に関わり始めた。チームビルディングの指導のためだ。私が懇意にさせていただいている佐賀東高校の蒲原先生が全日本高校選抜の監督をしており、米子北高校の中村先生がコーチとして入閣していたことがきっかけで知り合った。間もなく、私は米子北高校から指導依頼を受けた。ここでは、米子北高校での私の取り組みと準優勝までの道のりを “チームワーク” という視点に焦点を絞ってお伝えしようと思う。

写真:米子北高等学校ホームページより
写真:米子北高等学校ホームページより

チーム立ち上げの2021年の春先、私は初めて米子北高校へ赴き、選手へのミーティングとサッカーのトレーニングを行った。私のチームビルディング手法の1丁目1番地とも言える「凡事徹底」「心の安全」「違いを武器にする」という3つのテーマで、チームワークの全体像をわかりやすく伝え、そのままサッカーのトレーニングに落とし込んだ。その後、何度か中村先生と連絡を取っているなかで「インターハイで全国制覇したい!」という熱意を受けとり、日本一に向けた意識改革を敢行した。そんな経緯がある特別なインターハイだったわけだが、全国制覇にはあと一歩届かなかった。しかし、全国の名だたる強豪校をまったく寄せ付けず圧倒的な強さを誇った青森山田を、土俵際まで追い詰めた唯一のチームが米子北だ。今回の記事では、私がチームに関わり始めた春先、最初に取り組んだ3つのテーマについてご紹介する。

凡事徹底

読んで字のごとく、「平凡な事(=誰でも知っている当たり前なこと)を、誰も真似できないレベルで徹底する」という意味だ。サッカーをやってきた人であれば、「体を寄せろ!」「攻守の切り替えを早くしろ!」「ゴールが見えたらシュートを打て!」等の言葉は、きっと何度も言われてきたはずだ。そんな誰でも知っている当たり前のことを、誰も真似できないレベルで徹底することで、チームの基準をワンランク上に引き上げようと試みた。チームビルディングといえども、最初にやるべきことは個人の意識改革である。個々が凡事を徹底することによってチームの基準を高めていくことが狙いなので、結果的にチームビルディングの領域だと思っている。守備で相手に1mまでアプローチしていた選手が50cmまで距離を詰める。攻守の切り替えに1秒かかっていた選手が0.5秒になる。それができるようになったら、もっともっと極限まで凡事を徹底する。基準が引き上げられたチームだけが、次の景色を見ることができるのだ。

心の安全

これは、チームのメンバー全員がお互いに大切にされている状態を意味する。言い換えれば、「こんなことを言ったら評価を下げられるのではないか」「馬鹿にされるのではないか」「責任を負わされるのではないか」など、様々な精神的な不安がない状態を言う。心の安全が担保されていないチームでは、自分らしく振る舞うことはできず、常に誰かの目を気にして、思うことがあっても発言を躊躇する。私は、その状態を「偽りの平和」と呼んでいる。米子北高校サッカー部全体に心の安全が担保される必要性を理解してもらい、誰もがピッチ上で対等にコミュニケーションできる関係性を目指した。

違いを武器にする

「自分とは異なる人・コト・考え方を大切にし、化学反応を起こし、シナジー(相乗効果)を発揮すること」である。私たちはとかく、自分と違う考えの人を敵だと思い、アレルギー反応を起こしてしまう。しかし、チームメイトが敵であるはずがない。アレルギーを示すのをやめ、むしろ違いを歓迎するよう促した。多様性を削がれたチームは、想定内の状況では強さを発揮するかもしれないが、想定外には極めて弱い。インターハイは短期決戦、9日間で6試合をこなす。消耗が激しいだけでなく、全国から猛者が集い、様々なタイプのチームと闘わなければならない。プレーの特徴や性格面の違いを認め合い、多様性を武器にして、想定外にも適応していくことが、勝ち上がる秘訣である。

以上が、春先のチーム立ち上げで行ったチーム改革である。

写真:アフロ

様々なチームに関わっている私が、一体どのようなスタンスでチームをサポートしているか、という話でこの記事を締めくくろうと思う。

私はこれまで、サッカーJリーグでは北海道コンサドーレ札幌のJ1昇格・定着(2017-18)、ヴィッセル神戸の天皇杯優勝(2019-20)など、一定の成果に恵まれてきた。また、自身初挑戦だった今年のラグビートップリーグNTTドコモでも、チーム史上初の快挙となるベスト8進出(2020-21)という結果が得られた。高校サッカーでも、上田西高校(長野県)をサポートした年に全国高校サッカー選手権3位(2017年度)という見事な結果を出してくれた。

もちろん、私のサポートはあくまでスパイス程度のものにすぎないことは自覚している。すべては、選手やチーム関係者の努力の賜物である。とはいえ、サポートしたチームが目に見える成果を出してくれていることは素直に嬉しい。そんななかで、「結果を出すためにどんなアプローチをされているのですか?」と聞かれることも多いわけだが、私は基本的に「勝利がすべて」というスタンスではない。

今回ご紹介した3つのテーマは、すべて一人の人間としての「成長支援」をするものだと確信している。人としての幅や深みが増していくことで、チームワークが高まり、結果として勝利の確率が高まっていくのだと私は考えている。スポーツを教育のツールにするつもりはない。スポーツはあくまでスポーツなので、純粋に勝敗を競うものだと思っている。しかし、勝利を目指すうえでチームワークは不可欠で、それを体現するためには結果的に人としての成長支援をしなければならないのだろう、と感じていて、今のスタイルに辿り着いた。

米子北高校サッカー部のチーム改革は、2021年春にこうして幕を開けた。

次回は、全国制覇を期したインターハイ直前の取り組みと、決勝戦まで上り詰めた粘り強さの秘訣について、チームワークという視点からお届けしようと思う。

東京電機大学理工学部/(株)ヒューマナジー代表取締役

横浜F・マリノスコーチを経て、現在は東京電機大学理工学部の教員。 Jリーグ監督に必要なS級ライセンス講習会の講師を務める。2016-17年北海道コンサドーレ札幌(J2優勝、J1昇格)、2018-19年ヴィッセル神戸(天皇杯優勝)、2020-21年ラグビーNTTdocomo(リーグワン参入)、2022-23藤枝MYFC(J2初昇格)、2024年からはFC東京のアドバイザーに就任。 スポーツチームのみならず、大企業から中小企業まで研修実績多数。その他、講演・メディア出演・雑誌連載など。著書→脱トップダウン思考(2019)、チームワークの強化書(2022)など。(株)ヒューマナジー代表取締役。

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