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心臓に持病があった男性の胸ぐらをつかんで死亡させた場合の法的責任は??弁護士が解説

福永活也福永法律事務所 代表弁護士
(ペイレスイメージズ/アフロ)

1月1日午後10時25分頃、東京都港区新橋の路上で、男性が2人組の男とトラブルになり、胸ぐらをつかまれた後に意識を失い、搬送先の病院で死亡するという事件が起きました。なお、被害者には心臓に持病があったようです。

胸ぐらつかまれ…その後死亡 出頭の男逮捕

すでに、被害者の胸ぐらをつかんだ加害者の男性は自首しているようで、今後、事件の真相が明らかになっていくと思いますが、今回のケースのように、心臓に持病があった男性の胸ぐらをつかんで死亡させた場合にどのような法的責任を負うことが考えられるのでしょうか?

(本稿はあくまでも一般的なケースについての解説であって、上記事件についての具体的なコメントではありません)

暴行行為と死亡結果との間の因果関係は認められるか?

問題は、加害者が被害者に対して実際に行った行為は、胸ぐらをつかむという暴行行為だけであって、一見それだけを見ると直ちに人の死亡結果を招くほどの危険な行為とは言えなさそうな点です。

そして、被害者が亡くなってしまった原因として、不幸にも被害者の心臓に持病があったことが一因となっている場合に問題となります。

(上記事件がこのような前提事実にあったかどうかは定かではなく、一般論として、このような事情を前提とした法的責任について解説します)

なぜなら、刑法において加害者に処罰を科すことができる根拠は、一定の危険な行為をしたせいで結果が生じてしまった以上、きちんと責任はとりましょうと言える点にあるのであって、逆に、それほど危険性のない行為なのに、たまたま重い結果が生じてしまった場合に、同様に責任を追及していいのかについて疑問が生じるからです。

つまり、加害者の行為と、それにより生じてしまった結果との間には、一定の原因・結果の関係(因果関係といいます)がなければならないと考えられています。

例えば、極端なケースでは、AがBに暴行したためBが病院へ行こうとした場合にその途中で交通事故にあって死亡した場合、AによるBへの暴行がなければBが死亡することはなかったのですが、一般的に考えて、Bが病院に行く途中で交通事故に遭うことまで想定することはできず、Aには、Bの死亡結果の責任を問うことはできません。

では、どのような場合に因果関係を認めても良いかについては、学者の方々の間でも議論が盛んで、様々な意見の対立があります(刑法に関する論点では最も大きな議論の一つとなっています)。

しかし、判例では、比較的広範囲に因果関係を認める傾向にあります。

例えば、

・被害者が暴行を避けようとして水中に飛び込んで溺死した場合(大正8年7月31日大審院判決)

・被害者が老齢の上、脆弱性骨質であったために、通常人であれば傷害に至らない程度の暴行によって骨折し、出血して死亡した場合(昭和22年11月14日最高裁判決)

・頸部を圧迫された被害者が、特異体質であったためショック死をした場合(昭和32年2月26日最高裁判決)

・被害者の心臓に重い病変があったため、暴行によって心筋梗塞を起こして死亡した場合(昭和36年11月21日最高裁決定)

・被害者に加えた暴行は通常は死亡結果を招くほどに強度なものではなかったが、たまたま被害者の心臓に高度の病変があったため急性心臓死をした場合(昭和46年6月17日最高裁)

等の事案では、いずれも暴行と死亡結果との間に因果関係が認められています。

特に、最後の判例(昭和46年判例)では、被告人の暴行行為は、被害者の重篤な心臓疾患という特殊事情さえなければ死亡結果を生じなかったであろうと認められ、しかも、被告人が犯行時にその特殊事情のあることを知らず、かつ、予見することができなかったとしても、暴行行為がその特殊事情とあいまって死亡結果を発生させた以上、因果関係は認められる、と明確に述べられています(しかも、この裁判では、被害者やそのかかりつけ医師さえも心臓疾患の存在を知らなくてもよいことが前提とされています)。

上記の判例を参考にすれば、仮に、加害者の暴行行為が、被害者の心臓の持病という特殊事情がなければ死亡結果を招くようなものではなく、また、加害者が被害者側の特殊事情を全く知らず、かつ、知り得なかったとしても、加害者による、被害者の胸ぐらをつかむという行為と、死亡結果との間には因果関係が認められることになりそうです。

何罪が適用されるか?故意について問題となる

以上のとおり、今回の事件のようなケースで、加害者の暴行行為と被害者の死亡結果との間に因果関係が認められたとすると、次に、何罪が適用されるかが問題となります。

考えられる罪状としては、殺人罪、傷害致死罪、暴行罪等がありますが、殺人罪と傷害致死罪の違いは、加害者に、殺意つまり被害者を死亡させることについてまで故意があるといえるかどうかです。

そして、故意の具体的な内容をどのように考えるかについても様々な意見が対立していますが、犯罪の実現を意欲的に欲することまでは必要ではないが、犯罪事実を認識しつつも敢えてその行為を行う場合に故意を認め、単に犯罪事実を予見できたというだけでは足りないという考え方が一般的です。

例えば、殺人罪でいえば、積極的に殺したいとまで思っていなくても、こうしたら死んでしまうかもしれないがそれでも構わないと思っていれば故意は認められるが、単に死亡結果を予見できたというだけでは故意は認められません。

今回の事件のようなケースでは、加害者と被害者は元々何か人間関係があったわけでもなさそうで、突発的な喧嘩をきっかけに胸ぐらをつかんだわけですから、一般的には、加害者において、被害者が死んでしまうかもしれないがそれでも構わないと思っていたことまでを認定するのは難しいのではないかと思います。

ですから、適用される罰条としては、殺人罪ではなく、傷害致死罪になることが予想されます(傷害致死罪は、暴行についてのみ故意があれば、傷害については故意があってもなくても成立します)。

なお、被害者に傷害以上の結果が生じていることは明らかですが、検察官が裁量で暴行罪や傷害罪についてのみ起訴をすることは可能です(検察官が、やはり暴行行為と死亡結果との間の因果関係が認められるかどうかが難しいと判断した場合等には、傷害罪による起訴が考えられます)。

処断刑の予想は?

今回のようなケースで傷害致死罪が適用される場合、法定刑は3年以上20年以下の有期懲役刑となり、基本的にはこの範囲で具体的な処断刑が選択されます(自首等の効果として、法定刑が減軽される可能性はあります)。

そして、加害者の暴行行為の態様が、一定の危険性のある行為ではあっても、その他多数の被害者死亡事案における行為と比べると違法性の程度は小さいと言えるような場合で(被害者の胸ぐらをつかんだものの、一般的には直接的に被害者に死傷結果を生じさせる行為ではない場合)、かつ、加害者が事件直後に自首していたり、加害者に特段の前科前歴がなかったりする場合には、執行猶予が付されるのではないかと思います。

もしこのような前提で傷害致死罪で起訴されれば、おそらく、懲役2年~3年、執行猶予3年~5年程度の判決になるのではないかと予想されます。

民事責任については?

以上が刑事責任についてでしたが、民事責任についてはどのように予想されるでしょうか。

民法における損害賠償責任(不法行為責任)を考える際にも、加害行為と被害結果との間に因果関係が認められるかどうかは問題となります。

ただ、一般的に、民事事件は刑事事件よりも立証の程度が低くても認められることから、今回のようなケースでは、民法上も因果関係は認められるものと思われます。

もっとも、不法行為においては、被害者側に心臓の持病のような特殊事情があって被害結果に影響したような場合には、発生した損害の全責任を加害者に負担させるのは公平ではないとして、一部が相殺として損害額が減額されることがあります。

減額の割合は、具体的な事情次第ですが、今回のようなケースであれば、一般的には5割前後は減額されるのではないかと思います。

ちなみに、仮に、被害者が死亡時54歳で独身、年収500万円であったとすると、死亡慰謝料2000万円程度、死亡逸失利益2500万円程度で、損害合計は4500万円程度となり、これの5割程度の2000~2500万円が賠償金額になります(仮定に仮定を重ねた試算であり、今回のケースとは一切関係ありません)。

また、加害者側が、被害者側に対して、きちんと民事責任を果たして賠償を行ったか、あるいは、賠償する予定があるかどうかについては、刑事責任にも大きく影響し、例えば、被害者遺族にきちんと賠償責任を果たして示談することができれば、処断刑は軽くなりますし、不起訴処分になる可能性もゼロではありません。

以上、今回の事件については、まだまだ明らかになっていない事実が多いですが、現状でわかっている事情を題材に、一般的な解説をさせていただきました。

いずれにしましても、実際に被害者の方が亡くなられていることは痛ましい事件であることは間違いありません。少しでも早い事件解明と被害者の冥福をお祈り申し上げます。

※本記事は分かりやすさを優先しているため、法律的な厳密さを欠いている部分があります。また、法律家により多少の意見の相違はあり得ます。

福永法律事務所 代表弁護士

著書【日本一稼ぐ弁護士の仕事術】Amazon書籍総合ランキング1位獲得。1980年生まれ。工業大学卒業後、バックパッカー等をしながら2年間をフリーターとして過ごした後、父の死をきっかけに勉強に目覚め、弁護士となる。現在自宅を持たず、ホテル暮らしで生活をしている。プライベートでは海外登山に挑戦しており、2018年5月には弁護士2人目となるエベレスト登頂も果たしている。MENSA会員

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