雀荘や客が賭博の罪で処罰されない理由は??弁護士が解説

(写真:Fujifotos/アフロ)

さて、前回の記事では、福岡県飯塚市の市長らが賭け麻雀をしていて問題となったことを題材に、市長らの処罰可能性について言及してみましたが、今回は、世の中に無数にある麻雀店(雀荘)のほとんどが実は違法な店で、そこで賭け麻雀をしている人達はみんな賭博罪で処罰されるのではないかという疑問についてコメントしてみたいと思います。

前回の記事:賭け麻雀が発覚した市長らは賭博罪で処罰されるのか??弁護士が解説

雀荘やその客は違法!?

まず、賭博の罪は、賭博をした人に適用される賭博罪だけでなく、賭博場を開いて利益を得ようとした人にも適用される賭博場開帳等図利罪があり、海外ではむしろ賭博自体は自由で、賭博場だけを制限しているケースも多いようです。

参照「刑法第186条第2項:賭博場を開張し、又は博徒を結合して利益を図った者は、三月以上五年以下の懲役に処する。」

さて、町中に溢れかえっている雀荘や、その客についてですが、判例の考え方によれば、金銭を賭けている限り、金額の多少にかかわらず違法であり、雀荘は賭博場開帳等図利罪、客は賭博罪に該当すると言わざるを得ません。

(ちなみに、高額賞金を取り合う麻雀大会は、賞金の原資を参加者ではなくスポンサーが出している場合には、賭博罪には該当しません。)

では、どうして平然と雀荘が営業を続けているのか?

それはズバリ警察が見逃しているからです。

そもそも、世の中の犯罪が全て捜査の対象となり、起訴されて、刑事裁判にかけられるかと言うとそうではなく、捜査についても起訴についても警察・検察には一定の裁量が与えられています。

意外と思われるかもしれませんが、捜査機関に一般的な捜査義務を明示した法律はありませんし、特に事件を刑事裁判にかけるかどうかの起訴の判断については、基本的に検察官の裁量に委ねられています。

参照「刑事訴訟法第248条:犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。」

実際に賭博の罪が科される水準は?

法律家の間では、少なくとも、1000点200円以上のレート(1時間で3万円程度は優に動くレート)で麻雀をする店は摘発されると言われており、実際、某漫画家の中目黒氏(仮)は、歌舞伎町で1000点200円の東風戦(普通のルールの半分の時間で勝敗の決着が付くルールで、実質的に時間当たりの賭金は2倍になる)をしていたところを現行犯逮捕され、10万円の罰金刑を科されました。

賭博って、凄くイメージの悪いものと思っている人からすれば、10万円の罰金だけで済むんだって思った人もいるかもしれませんが、賭博罪はそもそも最大で50万円以下の罰金しか科されない罪です。

一応、賭博罪には、常習賭博罪という加重された罪もあり、「常習性」は、賭博行為の性質、種類、賭け金額等を総合考慮して、賭博の習癖を帯びているかどうかを判断するとされていますが(昭和24年2月10日最高裁判決)、某漫画家の広尾氏(仮)は、逮捕された店に週2で通っていても、常習賭博罪は適用されませんでした。

参照「刑法第186条第1項:常習として賭博をした者は、三年以下の懲役に処する。」

話を戻しますが、某漫画家の六本木氏(しつこい)が逮捕されたレートよりも緩いレートを用いている雀荘については、基本的には、捜査機関の判断で事実上不問とする状態が続いているようです。

とはいえ、全く摘発されないかと言えばそうではなく、2011年4月27日には、1000点50円(テンゴと呼ばれており、全国の雀荘の平均以下のレート)の店が摘発され、経営者と従業員が逮捕されて話題となりました(客については不問とされているようです)。

ただし、この時に摘発された店は、従業員である女性を用いて、風営法の許可が必要な営業形態の業務を行っていたとか、広告用に配布していたティッシュペーパーに堂々とレートを記載していた(普通は、風速0.5のようにボカシて書く)等と、単に他の店と変わらない運営していたにもかかわらず摘発されたというわけではないという噂も出ています(真相は不明)。

同様に、賭博の罪ではなく、雀荘が深夜営業の規制を守らずに、風営法で注意されるようなケースは普通にあるようです。

しかし、いずれにしても、店側だけでなく、客までもが逮捕されるケースは、今のところ、街では簡単には見かけない1000点200円以上の高レートの店等の特別なケースのみで、平均的な雀荘で客までが逮捕される可能性は少なそうです。

どうして違法性があるはずの雀荘が放置されているのか?

現に賭博の罪が規定されていて、判例も存在する以上、いざ摘発されれば有罪とされる可能性が高いにもかかわらず、どうしてこのような雀荘の違法状態が放置されているのでしょうか。

これには、賭博の罪が設けられた趣旨が関係しているように思います。

前回の記事でも書きましたが、判例では、賭博の罪の存在理由について、勤労等の正当な原因によらず、単なる偶然の事情によって財産を獲ようと射幸心(努力をせずに幸運を得たいと願う感情)が煽られてしまうと、怠惰で浪費な風潮が蔓延し、健康で文化的な勤労の美風を害するばかりでなく、暴行、脅迫、殺傷、窃盗、強盗等を誘発したり、国民経済の機能に重大な障害を与えたりする恐れすらあるためであると述べられてきました。

しかし、いくらなんでも、賭博を認めることが、殺傷や強盗を簡単に誘発するとは思えませんし、そもそも日本には公営ギャンブルが多数揃っており、賭け麻雀のみを規制したところであまり意味がありません。

公営ギャンブルとは、刑法で禁止されている賭博について、例外的に個別の法律によって認められているギャンブルのことで、競馬、競輪、競艇、オートレースがあります。

さらに、法律上はギャンブルとはされていませんが、パチンコ・パチスロも存在しています。

しかも、パチンコ・パチスロの市場規模は約23兆円にも上ると言われており、競馬や競輪等の公営ギャンブル全体の市場規模が約4兆円であることと比べてもかなり大きな規模であることがわかります(金額は、参照するソースによって多少異なります。以下同じ)。

そして、麻雀の市場規模は約500億円程度と言われており、パチンコ等の社会に与える影響力と比べると極めてわずかであることがわかります。

なお、各ギャンブルの市場規模の考え方が異なっており、パチンコ・パチスロは貸し玉や貸しメダルの金額、公営ギャンブルは馬券等の購入額、麻雀は雀荘へ支払うゲーム料額であり、単純比較はできませんが、それでも、少なくとも、公営ギャンブルやパチンコ・パチスロが存在する時点で、賭け麻雀だけを規制しても、賭博による社会への影響度に大きな差はないことがわかります。

さらに、射幸性を煽るかどうかという点でも、公営ギャンブルは一回のレースで全財産をつぎ込むことも可能で、ハイリスクハイリターンを選択することが可能ですし、何よりも競馬では100円で買った馬券が2000万円以上になるほどの大当たりがありえます。

パチンコ・スロットでも、機種によっては一日勝負して10万、20万円が優に動くこともあるようです。

さらにいえば、ギャンブルではない、金融商品の取引も、常に偶然性が影響し、大きな金銭が動くことはよくあり、強い射幸性があります。現に僕も昨年末に南極大陸に登山に行っている間に、FXでロスカットされて多大な損失を被りました・・。

それに対して、賭け麻雀では、プレイヤーの全員の合意の下にレートが設定されるので、自分の好き勝手に高いレートに吊り上げることはできませんし、多くの雀荘の平均的なレートである1000点100円や50円では、せいぜい1日数万円が動く程度です。

このように、賭け麻雀は、形式的には賭博の罪に該当するものの、多くの店が採用しているレートであれば、公営ギャンブル等に比べると、さほど健康で文化的な勤労の美風を害するものとは言えず、実質的な違法性は少ないと評価できます。

その結果、捜査機関が、おそらく内部的に一定の基準のようなものを設けて、基本的には摘発しなくても良いラインをおよそ引いているのではないかと思います(友人の検察官にヒアリングしたものの、明確な基準はないとのことでしたが)。

その上で、賭け麻雀をしていること以外に、収益が反社会的勢力に回っていたり、風営法の順守に問題があったり、客や従業員とのトラブルが多い等といった場合に、特別に摘発されているのではないかと思います。

もっとも、このような場合にも、摘発される対象は店とその従業員に留まり、平均的なレートであるにもかかわらず、客までもが処罰されるケースは、きわめて稀ではないかと思います。

しかしながら、賭博の罪の規定が、国民経済の機能を維持するために設けられているのであれば、これに一応該当する賭け麻雀はきちんと取り締まらなければならなさそうですが・・・、これを徹底していないというのは、つまり法律が現実の実態と乖離してしまっているということです。

本来、賭け麻雀を民営のギャンブルであることを法的にも認め、レート等についても許可制にして管理し、実態と法律を合致させるべきではないかと思います。

余談・カジノ法案について

12月15日にいわゆるカジノ法案(IR推進法案・特定複合観光施設区域の整備の水産に関する法律案)が国会で成立し、同月26日に公布・施行されました。

IR推進法案は、あくまでもカジノの設立・運営の基本方針を定めるものであって、具体的な内容は、今後一年以内を目途に策定を目指しているIR実施法によります。

これら法案の成立過程では、カジノ合法化によるデメリットとして、ギャンブル依存症を誘発することが指摘されてきました。

まさに、判例が唱えてきた、射幸心が煽られてしまうと、怠惰で浪費な風潮が蔓延し、健康で文化的な勤労の美風を害するばかりでなく、暴行、脅迫、殺傷、窃盗、強盗等を誘発したり、国民経済の機能に重大な障害を与えたりする恐れすらある、というやつです。

しかし、すでに本稿でも述べているように、すでに日本には市場規模約23兆円ものパチコン等のギャンブルが存在しているのです。

そして、この市場規模の計算は、貸し玉等の金額ですが(売上高に相当)、パチンコ店が貸し出しした玉やメダルから、客が遊戯の結果獲得した玉等の金額を差し引いた金額(粗利益に相当)で見ても、約3.3兆円と言われています。

これに対して、同様に比較したラスベガス全体の粗利益は約6500億円、マカオ全体では約2.5兆円と言われており、日本にはすでにラスベガスやマカオを上回るギャンブルが国内に存在しているのです(しかも、パチンコ店は物理的に散らばっている分、国民のアクセスが容易で影響が大きい)。

それにもかかわらず、これまでパチンコ・パチスロについては法的にはギャンブルであるという区分をせずに野放しにしておきながら、初めて正面から民営ギャンブルを認める段階になり、降って湧いたように、ギャンブル依存症を誘発するというデメリットに大きく焦点が当たってしまうのは合理的ではないと思います。

また、依存症という意味では、カジノに限らず、酒、タバコ、ブランド品等、様々な嗜好・娯楽について同様のことが言えるわけで、カジノについてのみ依存症問題を厳しく指摘する必要はなく、基本的にはこれらに対する依存症が直接的に他人に害を与えるものではない以上、国民の自由な選択に任せるべきではないかと考えています。

※本記事は分かりやすさを優先しているため、法律的な厳密さを欠いている部分があります。また、法律家により多少の意見の相違はあり得ます。